淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
自宅に侵入した吸血鬼に、ストッキングを穿くよう願われた。
2020年08月09日(Sun) 17:03:57
美憂は、聴き間違いかと思った。
彼女の生き血を目当てに自宅に上がり込んできた吸血鬼は、こう言ったように聞こえたのだ。
ストッキングを穿いてくれないか?
え――?
美憂は仕方なく、訊き返した。
ストッキングを穿いてほしいんだ。
男は繰り返し、そういった。
ストッキングを穿いて、どうすれば良いのですか・・・?
美憂はさらに訊いた。
ストッキングの舌触りを愉しみながら脚を舐めまわして、それから咬んで愉しむためさ。
吸血鬼は薄ら笑った。
この街は、吸血鬼に満ちている。
都会で暮らせなくなった夫との話し合いで、この街で暮らすことになって以来、
いつかはこうなると覚悟はしていた。
なにしろ、自分たちの生き血と引き替えに、豊かで自由な日常を買ったのだから。
引っ越してきて一箇月、何の音さたもなかったけれど。
そのうちに彼らは彼らなりに、相性だのなんだのを、調べ尽くしていたらしい。
そういえば、市民課から郵送されてきた不思議な性格検査にも回答したし、
血液検査もやったっけ・・・
ともあれ、美憂は仕方なく、ストッキングを穿くことにした。
運よく、封を切っていないやつがあったので、それを脚に通した。
あまり穿き古したやつではかっこ悪いと、なんとなく感じたからだ。
考えてみれば、一回で破かれてしまうのだから、
新しいのをおろすのは、もったいなかったはずなのだが。
美憂がストッキングを穿くところを、吸血鬼はじいっと見ていた。
穿きなれないストッキングを穿くために、
ナイロン製のつま先をぶきっちょにさぐるところ。
ストッキングのつま先に自分のつま先を重ねたあと、
くるぶしを包み、破れないように用心深く引っ張り上げるところ。
脛のうえを濃いめの肌色のナイロン生地がぐーんと伸びるところ。
男は舌なめずりせんばかりの様子で、美憂のしぐさを窺っている。
美憂はそれと気づきながらも、わざと放っておいた。
どのみちいまは、美憂の身体は美憂のものであって美憂のものではない。
この年配の侵入者が満足して出てゆくまで、その状況が続くのだから。
美憂がストッキングを穿き終えると、男は美憂に、じゅうたんの上にうつ伏せになるようにいった。
慣れれば立ってても良いのだがね・・・
未知の男のまえで身を横たえる危険に敏感になり過ぎて、
咬まれたときに姿勢を崩してしまう危険を意識しないでいた。
言われてみれば確かにそうだ。
立ちすくんだまま血を吸われるなんて、しんどい以外のなにものでもなさそうだった。
美憂はおとなしく、じゅうたんの上にうつ伏せになった。
真新しい化繊のじゅうたんのツンとした芳香が、彼女の鼻腔をさした。
うふふふふうっ。
男は本省もあらわに、美憂の足許にかがみ込むと、ふくらはぎにしゃぶりついて、唇を這わせてきた。
あっ。
声にならない声をあげて、美憂は身をよじろうとしたが、
すでに太ももの上に乗せられた掌がじゅうぶん過ぎるほどの力で、
彼女の身の自由を奪っていた。
じわじわと物欲しげに這わされる舌が、
ふくらはぎを包むナイロン生地を舐め尽くし、いたぶり尽くして、
唾液まみれにしてゆく。
よそ行きの衣装を辱め抜かれる悔しさを、美憂は歯噛みをして耐えた。
彼女の忍耐は、ごく短時間で済んだ。
男はくまなく舐め尽くしたふくらはぎに咬みついて、血を吸いはじめたからだ。
咬まれた瞬間、きゃあっ!と叫んでしまった。
静まり返った隣家を含め、どこからも救いの手は伸びてこなかった。
閑静な住宅街に時おり主婦の短い叫びが聞こえ、やがて静かになってゆく。
そんな状況に慣れ切っているのだと、すぐに感じた。
まるで喉の渇いた子供がオレンジジュースをむさぼるようなスピードで、
美憂の血は美憂の皮膚の下から男の唇を経由して、男の胃の腑に移動していった。
眩暈がした。痛みが疼きに変わった。身体じゅうがけだるかった。
血液と入れ替わりに注ぎ込まれた毒液が、全身を駆けめぐり、官能が渦を巻いて美憂を圧倒した。
のたうちまわるうちに、吸血鬼が上体にのしかかってきた。
がぶりと首すじを咬まれて、生温かい血潮が、着ていたシャツの襟首に撥ねた。
襟首にしみ込んだ血潮は、ブラジャーのストラップを伝って背中に流れた。
男はなおも彼女にのしかかったまま、無作法な”食事”を続けていった。
ただ、美味しそうな喉鳴りだけが、彼女の記憶に残った。
行為は、当然のように、つぎの段階に移行した。
ヒルの貪欲な唇が、左のうなじにつけた傷口から、右のほうへとうつるとき、
さりげなく唇を奪われた。
折り返し、右から左に移るときは、
もっと長い時間、唇を重ねて、こんどは舌をからめてきた。
女が拒まないとわかると、スカートをたくし上げ、ストッキングを片方だけ脱がせると、
ショーツを引き抜いて部屋の隅に投げた。
ちらと視界をかすめた男の股間は、天狗の鼻のように勁(つよ)く逆立っていた。
手荒に腰を上下させて股間にうずめ込まれた一物は、美憂の理性を突き崩した。
真昼だというのに。
自宅のリビングだというのに。
彼女はだれもこないのを幸いとばかりに、随喜の声をあげていた。
片方だけ脱がされたパンストの脚をばたつかせ、
ブラジャーを剥ぎ取られたおっぱいをぷるんぷるんと震わせながら、
股間の疼きをもはやこらえようともしないで、夫との間にだけ許されたはずの行為を、
この初対面の闖入者の満足いくまで許し尽くしていった。
吸い取られた血の量が一定限度に達したらしい。
彼女の意識は真っ逆さまに、昏い彼方へと堕ちていった。
「いかがでしたか?」
静かになった美憂の傍らにうずくまって、彼女の生存を確かめると、美憂の夫はいった。
「良い味だ。予想以上だ。わしは悦んでいる」
「それはなによりでした」
「あんたも満足したようだね」
「そうですね、パンストを穿いてプレイするのを彼女、すごくいやがっていましたから」
「先にあんたの血を吸ってよかった。あんたの好みどおりの堕とし方をできたようだからな」
「亭主を味方につけてしまうとは、貴男も凄腕ですね」
「なぁに、慣れているからね、こういうことには。けれども、
”パンストを半脱ぎで家内がセックスをするのなら、相手はぼくじゃなくてもいいんです”
って言われたときには、どきりとしたよ」
「あはは・・・本音ですからね・・・」
「これからは、たぶん君ともしてくれるのではないかな」
「たぶん、してくれないでしょう」
「どうして?」
「貴男にだけ許した行為だからですよ」
「じゃあこれからも・・・わしが姦っているところを覗き見して、愉しむことだな。きょうのように」
「エエ、そうさせていただきます」
美憂の夫は、妻を売ったことになんの罪悪感もなかったらしい。
けれども、真相を知っても妻は、おそらく怒りはしないだろう。
さりげなくそれと気づいて、わざと声をあげ、夫の名を呼び、わざと拒みながら、
熱々の媚態を見せつけるに違いない――彼はそう確信していた。
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