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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

少女ヴァイオリニストの”受難”

2020年08月09日(Sun) 17:26:06

追い詰められたホテルの一室の隅で、ひろみはそれでも相手を睨んで、「だめ」と言いつづけていた。
相手の正体は分かっていた。吸血鬼なのだ。
吸血鬼の多いこの街では、ひろみの母もすでに、その毒牙にかかっていた。
信じたくない噂だが――おなじヴァイオリンの学校に通う本条洋子がいうには、
ひろみの母はひろみがまだ幼いころ、浮気相手の吸血鬼に、邪魔な夫を始末させたのだという。
その吸血鬼と同じやつではないことは、わかっていた。
ひろみは母の浮気相手の顔を、なん度も見ていたから――


母の浮気相手がまだひろみを襲わないでいるのは、理由があるはずだ。
ひろみの母親がいっていた。
私が襲わないようにって頼んでいるから、あなたは大丈夫――
そんなこと、あてになるものか。
ひろみは思っていたし、自分の直感は正しいと感じていた。処女の直感は、鋭いのだ。
きっと、卒業祝いか入学祝いを名目に、あたしのことを母親に無断で襲うつもりに違いない。
一定の年頃にならないと、血の味が熟成しないのだと、そいつは閨がたりに、母親にうそぶいていたっけ。


「すまないが、少しだけ吸わせておくれ」
ホテルの一室で、その年老いた吸血鬼はひろみに懇願した。
「やだって言ったら・・・?でもどうせ吸うんでしょう?」
ひろみはすっかり、意地悪い気持ちになっていた。
覗き見した母親の情事を通して、ひろみは彼らのやり口を知っていた。
ストッキングを穿いた脚に食いついて、ストッキングを破りながら吸血するのだ。
おおかた、ひろみが履いているストッキング地の真っ白なハイソックスが、男の目を惹いたに違いない。
「勝手になさって」
ひろみは大胆にも、自分からベッドのうえにうつ伏せになった。
「この街で吸血鬼が人間にどんなことをするか、知らない女の子はいないんだからっ」
男の掌が自分の太ももと足首を抑えつけてくるときに、どうしてドキドキしてしまったのか。
ひろみは自分の醜態を恥じた。
冷たい唇が、薄地のハイソックス越しに圧しつけられて――
けれども彼は、必要以上に少女を辱めようとはしなかった。
ほんの少し滲んだ唾液に、彼女はとび上がるほど動揺したけれど、
その動揺を唇で感じると、すぐに牙が彼女の素肌に埋め込まれた。
緊張に硬直したふくらはぎを、たんねんにほぐすように、毒液を含ませて力を抜かせて、するりと忍び込ませるようにして。
破けたハイソックスに、うら若い血のりがじわっとしみ込むのを、ひろみは感じた。

「テスト・・・」
「え・・・?」
思い出したように呟いたひろみに、吸血鬼は顔をあげた。
ひじ掛け椅子に行儀よくおかれたヴァイオリンのケースに、ひろみの視線がいった。
「ヴァイオリンのテストがあるのかね?」
「え?あ・・・はい・・・」
温かで穏やかな声色に、ひろみは自分でもびっくりするほど従順に、肯定の意をつたえていた。
「それは、いつなのかね?」
「明日の午後」
「しまったな」
吸血鬼はそう呟くと、少女にいった。
「待ってて御覧、もう少し」
そして、少女のふくらはぎにつけた咬み痕にもういちど唇を吸いつけると、
吸血鬼の唇を通して、暖かなものが戻ってくるのをひろみは感じた。

「吸った分、ほとんど返してくれたんじゃない?」
「明日の試験はがんばりなさい」
吸血鬼は、父親のようなことを言うと、少女を促して部屋を出た。

「ハイソックス、汚しちゃったね」
自分でそんなことをしておいて、今さら何をと思ったが、ともあれ彼女は
「うん」
と言って、うなずいた。
「小父さんが代わりを買ってあげようか」
といわれたが、もうこれ以上いっしょにいたくなかったので、
「ううん、このまま帰る」
といった。語尾が自分でも驚くくらいはっきりしていたのは、
吸血鬼といっしょにいたくないというよりは、
血の着いたハイソックスを母親や彼氏に見せつけてやりたいという気持ちになったからだ。

もともと、吸血鬼はそのつもりだったのだろう。
真っ白なハイソックスに血が撥ねた状態で少女を帰すことをためらうのなら、
最初から履き替えのハイソックスの用意をしておくだろう。
急にそんなことを言い出したのは、
少女に情が移ったのか、
少女と少しでも同じ刻を過ごしたかったのか――


十年の月日が流れた。

追い詰められたホテルの一室の隅で、ひろみはそれでも相手を睨んで、「だめ」と言いつづけていた。
相手はあのときの、吸血鬼だった。

十年前のあの日の夕刻、血の着いたハイソックスを履いて帰宅した娘を、
愛人との情事に耽っていた母親は驚いて迎え入れ、
「この子に手を出すな」というメッセージを読み取った母親の愛人は、
年頃になった娘をみすみす横目で見逃しながら、母親との情事だけに耽っていった。

十年のあいだに、ひろみの姿恰好も、別人のように変わった。
ただ、気の強そうな大きな瞳と、抜けるような白い肌だけは、あのときと同じだった。
そのときも、彼女はレッスンの帰りだった。


「わかりました。喉が渇いているんですよね!?」
ひろみはやけくそな言葉を相手に投げつけると、自分からベッドのうえにうつ伏せになった。
そして、つぎの瞬間、しまったと思った。
この街の吸血鬼は、セックスを識っている女のことは、吸血したあとに犯す習性があったからだ。
(ツトムくん、ごめんなさい・・・)
彼女は胸の中で恋人の名前を反芻し、キュッと閉じた瞼を震わせながら切実に詫びた。
そして、無駄だと思いながら、男にいった。
「できれば、犯さないでほしいんだけど――彼氏を悲しませたくないの」
吸血鬼は意外にも、
「安心しなさい、その気はない」
というと、ひろみを起きあがらせ、優しく抱いた。
男女の関係を迫るような、強引な抱き方ではなかった。
そして、立って抱かれたまま、ひろみは首すじを咬まれていった。
あのときも実は感じていた官能の疼きを、
恋人に対する後ろめたさも忘れて、ひろみは陶然と受け止めた。
相手を充たしているということへのえもいわれない歓びが、身体に満ちるのを覚えた。

「あ・・・」
吸血鬼の腕の中、ひろみは声を洩らした。
官能の声色ではないことに、吸血鬼は気づいた。
「何かね?」
と問う吸血鬼に、
「演奏会・・・」
と、ひろみがこたえた。
牙を引き抜いた吸血鬼の口許に目をやる遑もなく、
ひろみの視線はひじ掛け椅子に行儀よく置かれたヴァイオリンのケースに注がれていた。
「ヴァイオリンの演奏会があるのかね?」
「はい。チケットいっぱい売っちゃったから・・・どうしよう」
「いつなんだね?演奏会は」
「今夜の6時から・・・少し休ませてくださいませんか?」
「ああ、構わないよ。いや、それよりも――」
吸血鬼はひろみをベッドに腰かけさせると、
ひろみの首すじにつけた咬み痕にもう一度唇を吸いつけると、
あのときと同じように、ひろみの身体に暖かなものを戻してゆく。

「二度とも、吸いそこなっちゃいましたね」
ひろみはすまなさそうに笑った。
「きみの血が、わしの干からびた血管をひとめぐりしただけで、もう充分なのだよ」
吸血鬼は静かにこたえた。
首すじの傷は・・・咬まれた人しか見えないから良いか。
いや、聴衆の中にも、きっとそういう人はいる。
ファンを失望させないために、髪型で隠そう――
そんなことを思いながら、
「お礼、させてくださいな」
ひろみがいった。
「ストッキング、破いても構いませんよ」
え――?
と怪訝そうに訊きかえす吸血鬼の前、ひろみは自分から、ベッドのうえにうつ伏せになった。
ためらいは、数秒に満たなかった。
本能のままにこみあげてくる随喜に満ちた唇が、ひろみのふくらはぎにあてがわれた。
発達した筋肉に沿って食い込まされる牙の痛みは、引き抜かれたとたんに消えるだろうと直感した。
女の子の脚を咬み慣れた牙は、さしたる痛みを与えずに、引き抜かれてゆくに違いない。
その時履いていたストッキングが安物の消耗品ではなくて、
演奏会のために穿いてきた、とっておきのものだったことに、ひろみは安堵していた。
吸血鬼を十分に愉しまてやれるだろうということが、ひろみを満足させたのだ。
本番には、予備のストッキングに穿き替えていけばいい――

吸い取られた血は、ごく少量だった。
そして吸血鬼は、ひろみを犯すことなく、彼女を外へと促していた。

「穿き替えてきますね」
トイレに向かったひろみを吸血鬼はデートの後の恋人のためにそうするように、
さりげない距離をおいて待った。
「恥を掻かせなかったかな」
演奏会のことを気にする吸血鬼に、「脚はドレスに隠れるから大丈夫」とひろみはこたえ、
ありあわせの紙袋に入れたストッキングを手渡した。
「これからも付きあってほしい吸血鬼には、こんなふうにするんでしたよね?
 彼氏にも話します。時々なら、逢ってあげてもいい」
ひろみは少女のころの目線に戻って、あっけにとられる吸血鬼を眩しげに見つめた。
「演奏会、がんばるからね――お父さん」


あとがき
ひろみがまだ幼いうちに、お父さんはお母さんの浮気相手に血を吸われ、吸血鬼になっていた――という設定です。
吸血鬼さんが大人になったひろみを犯そうとしなかったのは、
父娘姦になってしまうからなんですね。
でも、ひろみのほうでは、そういう関係を必ずしも嫌がっているふうではありませんでした。
まだ生硬な少女だったころ、父親は不在、母親は不倫という孤独の中で、
ヴァイオリンだけを頼みに生きていた少女は、
彼女の都合を優先して、せっかく得た血を戻してくれた好意を忘れなかったのかもしれません。

少女のころはテストのことを、
大人になってからは演奏会のことを、
自分の渇きよりも優先してくれたとき、
彼女は吸血鬼と自分との縁故に気づいたようです。

今回は珍しく、ちょっとストイックな吸血鬼像になりました。
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