淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
派手な嫁と地味な母
2020年08月18日(Tue) 06:50:27
日経平均株価が大きく値下がりをしてそれまでの半値になってしまったころ。
世間はそれでもいい気になって、バブルの余韻に浸っていた。
光沢入りのストッキングを穿いた脚がそこらじゅうを闊歩していた、最後のころだった。
背中を向けたソファーの向こうから、
ツヤツヤとした光沢をよぎらせたストッキングの脚だけが、
ふしだらにこちらにぶら下がっている。
「あ、あ~ん・・・んんっ・・・」
南都かひそめようと抑えつけた声だけが、夫であるわたしの想像力を増幅させた。
そう、妻の美智留は他の男と、自宅のソファのうえで戯れているのだ。
薄手のナイロンのつま先のなかで、美智留の足指が反り返り、反対に丸まったりする。
本人も意識していないしぐさのひとつひとつが、
彼女の身体をめぐる若い血潮が淫らに燃え上がり、血管という血管を灼きつかせているのだと伝えてくる。
押し入ってきた男は吸血鬼。
この街ではだれかれとなく、人妻を抱くことを許された人々。
彼らにもある程度の礼儀作法があるらしく、
自分がものにした人妻の秘密やその夫の名誉は守るべきものとされているらしい。
すでに夫婦ながら首すじに咬み痕を付けられてしまっているわたしたちに、
もはや抵抗の余地は残されていないのだ。
それでも果敢に彼らに抵抗しようとしたものがいた。母だった。
「何をなさっているのです!?美智留さん、これ一体どういうこと!?
だしぬけにリビングに入ってきた母の永江(ながえ)は、目を三角にしてふしだらな嫁を叱り飛ばした。
ソファのうえからしぶしぶ起きあがった美智留は、ろくに口もきけない状態らしい。
乱れた髪をけだるげに手で梳(す)いて、
「のぞき見とか、やめていただけません?」
と、あくまでもふてぶてしく居直った。
本人は内心、母にみつかったことでビクビクものなのだが、
それでも恐れ入ったふうを見せると女同士の争いでは負けになるということらしい。
「まあっ、なんて言い草――貴男も貴男です。ここはこの人の夫の家です。なさることに気をつけてくださいまし」
どうやら陰部をあらわにしているらしい吸血鬼のほうには視線を据えないでそういうと、
「早く!」と嫁を急かしておいてリビングの扉を閉めた。
きっと仏間にこもって、念仏でも唱えるつもりなのだろう。
その母が、一夜にして変わった。
「お義母さん、なんとかしなくっちゃ」
そう耳打ちしてくる悪い嫁に乗っかって、かねて母にご執心だという吸血鬼――彼女の恋人の兄さんなのだが――を家にあげたのだった。
初めて咬まれたのは、仏間だった――らしい。
わたしの留守中あがりこんだ彼は、絶望的な叫びをあげる母の首すじに咬みついて、存分に血を吸った。
セックス経験のある女性をものにしたときは、ほぼ例外なく犯していくという。
母も例外では、あり得なかった。
まして、ストッキングを穿いた脚を好んで咬むというけしからぬ習性をもつ彼らのまえに、
母はいつもスカートスーツの姿をさらしていた。
そして、地味な――もちろん光沢もテカリもない――ストッキングを穿いた自分の脚にまで、
欲情に満ちた視線が注がれているなど、夢にも思っていなかった。
貧血を起こして母が倒れると、侵入者はうつ伏せになったふくらはぎを抑えつけ、ストッキングの舌触りを確かめた。
地味なストッキングの好きな男だったから、すぐにお好みにあったのだろう。
母の履いているストッキングはたちまち不埒な舌によって舐め尽くされて、よだれまみれにされていった。
自分に対してなされる淫らな振る舞いを声もなく受け容れつづけた母は、
妻が光沢入りのストッキングを、夫に内緒の客人に愉しませるときと同じように、
自身の品格を損なわないための装いを、足許から咬み剥がれていったのだ。
わたしが帰宅してくると、妻は口許に一本指をあてがって、「しーっ」といった。
おどけた調子だった。
ずっと締め切りになっている部屋でなにが行われているのか、察しないわけにはいかなかった。
仏間で咬まれ、父の写真のまえで犯された母は、いまは夫婦の寝室で女が男にする奉仕に耽り抜いていた。
「彼、お義父様と同じ立場に格上げにしてもらえたみたい」
妻はイタズラっぽく片目をつぶり、ウフフと笑った。
永いことずっと父のために守り抜かれた貞操は、夫をウィンクひとつで黙らせる嫁のはからいで、あっけなく奪われていったのだ。
「カラオケ、行ってくるわね。今夜は帰らないかも」
母はのんびりとした声で、嫁にいった。
「は~い、ごゆっくりしてきてくださいね」
妻の声も、ウキウキと明るい。
いまはすっかり嫁姑の仲もよくなって、家の空気ははるかによくなっていた。
妻の声が明るすぎる時は、要警戒である。
この家の主婦が姑の留守をねらって淫乱ぶりを発揮して、当惑する夫の前で、これ見よがしと娼婦のように喘ぐ夜が訪れるから。
母はいつものえび茶の地味なスーツに、やはり地味な無地の肌色のストッキングを脚に通して、夜の街へと出かけていった。
「きょうはね、真面目な主婦のかっこが好いって言われていつものスーツなんだけど」
妻は言い出した。
「このごろ、黒や紺のストッキングの愉しみも、覚え込まされちゃったみたい」
毒液のような囁き声が、わたしの鼓膜をじんわりとした淫らなもので浸した。
「でも、ちょっと無理があるかしら。お義母さま真面目だから――
彼が付きあえと言ったら付き合うし、抱かせろと言ったら黙って目を瞑って仰向けにおなりになるけれど、
そのあといっつも仏間にこもって念仏唱えて、お詫びしてるのよ。根が真面目なひとだから」
いっそ、結婚しちまったらどうなのかなあ・・・
私の言い草に妻ははっとして、すぐに頷いた。「それ、良いかも」
「永江さん、貞操喪失おめでとう!僕も狙っていたんだけど、先を越されました 義弟より」
「永江さん、まだまだ若いんだし、がんばってね!(何を? 笑) 義妹より」
「お母さん、吸血鬼とのお付き合いは、真心が肝心ですよ。お父さんもきっと、慶んでいるはず 娘より」
仏間のお仏壇は、そのままにしておくことになった。
夫の写真のまえで未亡人を崩したがる吸血鬼の愉しみのために、とはわかっていたが。
彼は律儀にも、朝晩かならず線香をあげて、覚えたての念仏を唱えるのだった。
「あのひとと上手く言った理由、わかったわ」
「そうだね」
律儀な吸血鬼は今朝も、黒のストッキングに装われた母の足許にチラチラと目線を落として、
食い破りたそうに舌なめずりをしているのだった。
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