淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
派手な嫁と地味な母 ~羞じらいと戸惑いと~
2020年08月19日(Wed) 20:56:54
海に行って水着になるのにパンツを脱ぐのと同じくらい無造作に、
少女たちの純潔は本人の軽い意思のもと、惜しげもなく捨てられていった。
バブルという時代は、そういう時代だった。
独身時代の妻は――いまでもそうだが――服装に十分すぎるほど投資していた。
かっちりとした肩パッドの入ったジャケットに、
腰のラインがぴっちりとしたタイトスカート。
いわゆる、ボディコンシャスというやつである。
母のたしなんでいたスーツとは、ジャケットにスカート、ブラウスという組合せは同じでも、
似ているようでまるきり似ていなかった。
脚に通しているストッキングも、妻のそれはどこか下品でいぎたない雰囲気が漂っていた。
肌の透ける、まったく同じような薄衣に過ぎないのに、
どうしてあれほどの風情の差が生まれてしまうのだろう。
仕事のできるキャリアウーマンが身に着ける、ばりっとしたスーツ。
そう呼んでも差し支えないのだが、
少なくともわたしの周りにいた女たちの大半は、
勉強も仕事もせずに、スタイルだけはファッショナブルで、
要は楽をしていい給料をもらうことしか、念頭になかったようにしか思えなかった。
ちょうど、米兵のキャンプの周囲に出没する、ある種の女たちと似たような雰囲気だった。
下品で、知性など薬にもしたくなくて、ただ無目的に、毎晩のように遊び歩いていた。
妻を含めた当時の女性全般に対してまともな貞操観念を要求することを断念していたわたしは、
妻に対しては、せめて自分の血の入った子を産んでくれればそれで良いと思うことにしていた。
かりに婚外恋愛をど派手に繰り広げてくれたとしても、
表ざたになって家の評判に傷がつかなければ、それでよしとするつもりだった。
三十までに結婚をと両親からせかされていたわたしにとって、
当時の女性一般に期待できる貞操観念に沿うとしたら、
そこまで譲歩することがどうしても必要だった。
親たちは自分のころの世界観しかもっていなかったので、
そのあたりはまるで夢物語みたいに都合の良いことしか考えていないようだったが――
もはやわたしにとって、彼らが何を考えていようが、それはもうどうでもよいことだったのだ。
とはいえ、吸血鬼との夜に付きあわされている母の姿は、どこか痛々しかった。
いまどき流行らない、肩パッドなしの、
若いころから着倒している、スタイルも色も地味なスーツをきょうも身にまとって、
かつて米兵がパンパンと呼ばれたある種の女性を連れ歩いていたように、
わがもの顔に腰や肩に腕をまわしてくるのを拒みもせずに、出かけていった。
父にはカラオケといっていたが、実際に訪れるのはきっと、ベッドのある「カラオケ」だったに違いない。
そして歌うのは――いや、自分の親についてそれ以上の想像力を働かせるのは、さすがにやめておこう。
もっとも、吸血鬼である母の彼氏は古風な男で、
もちろん母の生き血や身体めあての付き合いには違いないのだが、
母の地味なスーツ姿も、飾り気のない髪型も、きちんとした挙措動作も、大いに気に入ってくれていた。
相手がどういう意図で近づいてきているにせよ、それを拒むことができないものであるのなら、
そういう彼が母に対して一片のリスペクトを抱いていることを嬉しく感じていた。
母も極力、彼とのアヴァンチュールに自分の予定を合わせるようにしていた。
そして、父に謝罪の視線を投げながらも、淫らな破倫の床の待つアヴァンチュールへと、地味なストッキングに包まれた脚を差し向けてゆくのだった。
周りの吸血鬼仲間が、わたしの妻のような女たちを得意げに連れ歩いているなか、
かの吸血鬼氏は奇特にも、地味で時代遅れなスーツの母を誇らしげに連れ歩いていて、
その行き先は、獣じみた声の咆哮するカラオケバーや、下品なインテリアをてんこ盛りにしたあからさまなラブホテルなどではなくて、
むしろ会話を楽しむための音楽喫茶や、母の知性を垣間見るための美術館だったりすることが多かったらしい。
もちろん、干からびた血管の欲する本能や、若い男としては当然すぎる欲求から、
母にふしだらなことを強いる機会は、デートの数だけあった。
そういうときに母が必ず父の名前を口にして謝罪の言葉を呟く習慣を持つことが、
彼にはかえって魅力であったらしかった。
「お父さん、ちょっとカラオケ行ってきますね」
きょうも夕方になると、母はいそいそと着替えをして、
少しでも良い服を、そして良い服の下には少しでも男をそそりそうなスリップを身に着けて、
きっと男に破かれてしまうと知りながら、真新しいストッキングを脚に通してゆく。
父が母のことを気遣った。
「母さんは不当に扱われていないだろうか。
虐められたり、侮辱されたりして、心が傷ついてはいないだろうか。
それならばまだしも、愉しんでくれているほうが気が休まるのだが」
父は寛大な夫だった。
拒み切れずに過ちを犯してしまいましたと三つ指ついて謝る妻に、
「きみに悪いところはなに一つない、女としてこらえ切れないのは当然だ、
だから今度のことは、わたしのほうから彼に話をしよう――
きみに対する彼の恋に男として同情して、きみを誘惑する許可を与えたことにするから」
とまで言った人だった。
彼は自分の妻のことを吸血鬼に訊きさえしたものだ。
きみは彼女に満足してくれているのか、そして、彼女は傷ついたりしていないだろうか と。
彼はこたえたものだった。
「エエ、私は佳世子さんと交際を結べてとても嬉しいです。
少し古風な、羞じらいを知るくらいの奥ゆかしいご婦人が好みなので――
彼女のほうですか?さて、女心はなかなか測りがたいものがありますからねえ。
でもね、私が迫ると必ず、貴方の名前を口にして、助けを求めるのです。
”あなた、あなたあっ、助けてえっ”
と、脚をじたばたさせて、激しくかぶりを振って。
そしてさいごは
”ごめんなさい、きょうもわたくし、守れなかった”
と、涙ぐまれるのです。
エエもちろん、行為の最中は戸惑われながらも抵抗は控えめにして、
しまいにはご自身から腰を振って、”もっと、もっとォ・・・”なんて、仰られます。
奥さまに非礼をはたらく機会をお与えくださり、男として感謝に耐えません」
ウ、ウーム・・・
父はひと声うなって、黙ってしまった。
その想い、推して察すべし。
その後父が、母と吸血鬼の逢瀬を覗きに、たびたびかの邸を訪問し、
吸血鬼もそれを許したといううわさを、風のたよりに耳にした。
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