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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

四重唱(カルテット)

2020年09月18日(Fri) 08:59:18

ひざ下まで丈のある濃紺のプリーツスカートのすそから、
黒のストッキングに艶めかしく染まった発育のよい脚が、にょっきりと伸びている。
スカートのすそは少女の機嫌を損ねない程度にちょっとだけたくし上げられて、
肉づきのよい太ももが、ちらっと覗く。
その太ももを掌で軽く抑えつけ、
もう片方の掌で、足首をやはり軽く抑えつけ、
男はふくらはぎのいちばん肉づきのふっくらとしたあたりに唇を吸いつけて、
少女の血をチュウチュウと吸い上げていた。

少女は、正気である。
おかっぱに切りそろえた黒髪の前髪に見え隠れさせた濃い眉の下、
黒く大きな瞳を見開いて、男の狂態をまじまじと見つめている。
体内から喪われてゆく血液よりもむしろ、
他愛なく破かれてしまったストッキングのほうが気になるようだ。

男が「あぁ」とウットリとした声を洩らし、少女の脚から唇を離すと、
少女は初めて身体から力を抜いて、「あぁ」と声をあげた。
気の強い少女だった。
プライドのほうも、一人前以上らしい。
「どうしてくださるのよ」
破けたストッキングに縦に走ったいびつな裂け目は、
蒼白い肌を鮮やかに滲ませていた。
相手が無法にも自分の身体から血を啜り取った男でも、丁寧語を使うあたりに、
少女は育ちのよさを滲ませている。
顔をあげた男は、漆黒の黒髪をツヤツヤさせている。
たしか、少女の脚に咬みついたときには、総白髪だったはずだ。
若返った男は、きげんがよかった。
「こうするのは・・・どうかね?」
と応えるやいなや、少女の脚を掴んで、破れ残ったストッキングを余さず引き剥いでゆく。

少女は男の狂態を、やはり冷やかに見守っていた。
男がスカートの奥に手を突っ込んで、腰周りに手をまわして、
ストッキングを脱がそうとしても抵抗ひとつせず、
むしろ腰を浮かせて脱がせやすいようにしてやった。る

「用が済んだら、帰っ下さる?わたしもう疲れました」
少女はどこまでも丁寧で、しかし冷やかな口調であった。
それでも男が素直に部屋のドアを外から締めようととするとき、
目線を合わせてクスッと笑い、「じゃね」と軽く手を振った。

ふたたび閉ざされたドアを、少女は睨みつけていた。
そしてさっきとは違うぞんざいな声をあげて、
「そこのだれか。こそこそしてないで入ってきなさいよ」
といった。
叱りつけられた相手はおずおずとドアを開けて、顔だけを覗かせた。
同じ年恰好の少女だった。
「ばれてた?」
「当たり前じゃん」
ちょっとはリラックスした声色にかえって、室内の少女は横っ面で応えた。
「サナ、入りなさいよ」
「ごめんネ、あきちゃん」
サナと呼ばれた少女は部屋の中に入ってきて、
ドアの外で聞き耳を立てていたことをさほど反省していない口調でそういった。

「身づくろいするくらいの時間は欲しかったな」
日高晶子は首すじの傷を撫でながら、いった。
「入って来いって言ったのは、どなた?」
佐奈川百合絵はすかさず、一本取った。
「来てたんだったら、助けてくれればよかったのに」
この場合助けるとは、いっしょになって血を吸われることだと、百合絵は良く察していた。
「やだもん。だって、あしたはあたしが当番なのよ」
百合絵は親友の急場を救うよりも、自分の体調を優先したのだ。

「破けたストッキング、良く似合ってるよ」
と、晶子の足許をまじまじと見ながら、いった。
真新しいストッキングを穿いた脚を、これ見よがしにぶらぶらさせて。
まんざら、からかっているわけではなさそうだ。むしろ本音なのだろう。
晶子の足許を覆っていたストッキングは、むざんに咬み剥がれて、
縦縞の伝線を幾筋もいびつに走らせ、ひざ小僧がまる見えになっていた。
「レイプのあとみたいだね」
百合絵はふふっと笑った。
釣り込まれて晶子までもが、はははっと笑った。
二人の少女はしばらく、虚ろな声をたてて笑いこけていた。

ドアの廊下側には、「合唱部」という表札が出ている。


その表札を見あげた第三の少女は、おずおずと軽くこぶしを握り、
やっと聞こえる程度の音でドアをノックする。
「日奈でしょう?入んなさいよ」
晶子が新しいストッキングに片脚だけ突っ込みながら、ぞんざいに声をあげた。
水橋日奈はおとなしい少女だった。
下級生らしく「失礼します」と敬語を使って、やはりおずおずと部室に入ってくる。
「なあに?どうしたの?」
鉄火な調子の晶子にとりなすように、百合絵が声をかけた。
そして、日奈の足許を見てアッと声にならない声をあげた。
日奈は真っ白なハイソックスを履いていた。

合唱部の部員は、部活の時には黒のストッキングを着用することになっていた。
だから、晶子も百合絵も、夏服の白いセーラーの足許を、薄地の黒のストッキングで墨色に染めている。
(真冬でも、「黒のストッキングは女学生の本分」といって、彼女たちは肌の透ける薄地のストッキングで通していた)
だから、部室にハイソックスで入ってくるということは、あり得ないのだ――部員であれば。

「私、合唱部辞めます」
日奈がそういうのをさえぎるように、
百合絵は両耳をふさいで、「あ~聞こえない聞こえない!私なんにも聞こえない!」
といって、同級生の退部の意思を拒もうとした。
晶子は対照的に冷静だった。
「そ。じゃ、退部届、そこに置いてって」
とだけ、いった。
「やだ!晶子ったら、止めないの??1人減ったら部員が4人から3人になるのよ?
 アルトはだれが歌うのよ?」
「いいじゃないのよ、なるようになるわ」
晶子は部の将来など無関心なように言い放ち、そっぽを向いて外の景色を眺めた。
「は~、部長がこれじゃ、しょうがないわ。気が変わったらまた戻って来てね」
百合絵はとうてい意思を変えそうにない硬い表情の日奈に優しく声をかけて、
「受け取りたくないけど、あずかっとくね」
と、日奈の持ってきた退部届(大仰にも筆で書かれていた)を受け取った。

「ばかな子ね」
晶子がいった。
「そんな言い方、するもんじゃないわ」
百合絵が返した。手にはまだ、日奈から受け取った退部届を未練がましく持っている。
手放したら日奈が永久に戻ってこないような気でもしているんだろう、と、晶子は思った。
「だいたい、わかってる。血を吸われるのが厭になったんでしょう?」

合唱部の部員は4人いて、4人が交代で、学校に出没する初老の吸血鬼に血を吸わせていた。
黒のストッキングの着用義務も、その吸血鬼の好みに合わせたものだった。
吸血鬼が少女たちの身体から吸い取る血の量はわずかで、
そのかわり制服姿をたっぷりと愉しむのがつねだった。
さいしょ20人いた合唱部員は次々と辞めて、いまや4人が残るだけだった。
もうひとりの部員、餘部貴恵は、昨日”お当番”をつとめ、きょうは体調不良で学校を休んでいる。

10人目が辞めるくらいまでは、「また1人死んだ~!」と面白がっていた部員たちも、
だんだんと”絶滅”の恐怖に駆られてきて、
とうとう4人になったとき、
ただひとりのアルトになってしまった日奈が辞めようとしたのを、
3人がかりでなだめすかして翻意させたのがついこのあいだだった。

「でもどうするう?日奈辞めちゃったら、ワンパートの歌しか歌えないよ~」
百合絵はのんびりとした口調でいった。
「そうねえ・・・でもその心配はたぶんご無用よ」
どこまでものんびりしている百合絵に対して、晶子はどこまでも、冷静だった。


白のハイソックスの足取りは、来るときと同じくらいおずおずとしていた。
もうこれからは、部活で放課後残ることはない。
そう思うとちょっと寂しかったし、空白になった時間を手持無沙汰にも感じる。
これからいったい、なにをしよう?受験勉強?
そう思いながら教室に鞄を取りに行く途中のことだった。
空き教室から人影がふらりと現れて、日奈の前に立ちふさがったのは。

「っ!」
日奈は口許を抑えて、怯えた。
吸血鬼だった。
さっき吸い取ったばかりの晶子の血で、まだ口許を濡らしていた。
むき出した牙も、晶子の血に濡れていた。
その、クラスメイトの血に濡れたままの牙が、日奈の白い首すじを狙ってむき出しになって迫ってきた。
「うそっ!」
立ちすくむ日奈がなにもできずに、猿臂に巻かれてゆく。
「部活を辞めれば、狙われずに済むと思っていたのかね?」
吸血鬼の声は押し殺すように低かったが、からかうような笑みを含んでいた。
三つ編みのおさげをかいくぐるようにして、
セーラー服の襟首から覗いた白い首すじに、黄ばんだ犬歯がずぶりと突き立った。
「ああーッ」
廊下に悲鳴がこだましたが、だれも日奈のことを救いにかけつけることはなかった。

30分後。
おずおずと軽く握られたこぶしが、
やっと聞こえる程度の音で、ドアをノックする。
「日奈でしょ?お入んなさいよ」
晶子がさっきと寸分たがわぬぞんざいな口調で、ドアの向こうの下級生を招き入れた。
日奈は相変わらず白のハイソックスだったが――
ふくらはぎのところどころに血を滲ませていた。
「あら、あら」と言いかけて、百合絵は口をは。
「遅れちゃってすみません」
日奈はいつもの従順な下級生に戻っていた。
「部活のときは、黒のストッキングだよね?」
晶子がいった。
「あ、すみません、きょうお当番じゃなかったんですけど、
 吸血鬼さんが喉をカラカラにしていらして、
 たまには気分が変わるからって、ハイソックスを履くようにおねだりされちゃったんです」
日奈の言うことは、180度変わっている。
首すじには吸い残された血があやされて、セーラー服の襟首には、撥ねた血が白のラインに点々と散っていた。
目つきはしょうしょうラリっていて、健康的な白い歯がやけに眩しかった。
「いまごろあのかたの血管に、晶子先輩の血とあたしの血が織り交ざってめぐっているのかと思うと、ちょっと嬉しいです♪」
日奈はニコニコと笑って、百合絵の隣に腰を下ろした。
百合絵はいまとは別人だったころの日奈が書いた退部届をまだ手に持っているのに気づき、
みんなに見えるように両手に掲げると、ばりばりと音を立てて破り捨てていた。
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