淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
クリーニング店の女。
2021年03月27日(Sat) 09:14:04
善八郎氏は、腕のよいクリーニング店主である。
得意はシミ抜き。たいがいのシミは取ってのけるという。
その善八郎氏が腕を磨いたのは、おかみさんの服のおかげである。
三年前、息子が吸血鬼に襲われて血を吸われた。
吸血鬼と、餌食となった少年とのあいだには、しばしばホモセクシュアルな関係が生まれる。
善八郎氏の令息の場合も、例外ではなかった。
それ以来令息は、血を吸われる歓びに目ざめてしまい、
みずみずしい首すじや、ハイソックスの脚をなん度も咬ませ、服を汚されていった。
もちろん、母親にはすぐにばれた。
吸血鬼は、その母親をも襲った。
善八郎氏の夫人は、ふつうのクリーニング店のおかみさんである。
けれども、おかみさんにだって亭主に操を立てるつもりもあれば、意地もある。
徹底的に抗った。
けれどもその態度は、吸血鬼のおかみさんに対する尊敬を増しただけのことだった。
尊敬したご婦人とは必ず関係を結ぶ――それが吸血鬼氏のモットーだったので、
結局のところおかみさんは、吸血鬼に血を吸われ、モノにされてしまった。
なん度もの熱情あふれる吶喊を無防備な股間で受け止めながら、
さすがに気丈なおかみさんもじょじょにほだされてゆき、
さいごにはご主人の眼の前でもっと!もっとォ!と、せがんでしまっていた。
いつもカウンターの陰で見えないけれど、
おかみさんはいつも派手な柄のスカートを穿いていて、
てかてか光るストッキングを脚に通していた。
そのテのストッキングが、彼女を襲った吸血鬼の好みだったから。
居合わせた善八郎氏も夫婦ながら血を吸われ、こちらは洗脳されてしまった。
気がつくと、吸血鬼のまえで手を合わせて、
わしがいるときでもかまわないから、女房を襲ってほしいと懇願していた。
吸血鬼が喉をカラカラにしてクリーニング店に来た時には、令息かおかみさんが相手をすること。
血に濡れたふたりの服で、善八郎氏は職人としての腕をみがくこと。
善八郎氏はそう書かれた証文に、律儀に判を押したのだった。
以来善八郎氏は、情事の痕跡にまみれた女房の服で、染み抜きが得意なクリーニング店主になっていった。
その日はたまたま、おかみさんの血を目当てに、吸血鬼がクリーニング店にあがりこんでいた。
そういうとき、善八郎氏は奥から出てきて、おかみさんの代わりにカウンターに立つことにしていた。
カウンターに立っている間は、女房が吸血鬼に抱きすくめられ、犯されている刻。
自分の背後でなにが行われているのか想像しただけで、
善八郎氏は妖しい昂りを抑えきれなくなるのだった。
木島夫人がクリーニング店に立ち寄ったのは、ちょうどそんなときだった。
「はい、こちら。お願いします」
上品なワンピース姿が、
楚々とした立ち居振る舞いが、
髪を掻き上げてすっきりと露出した首すじが、
善八郎氏の犬歯を疼かせた。
気がついた時にはカウンターを乗り越えて、悲鳴をあげる木島夫人を店先で抑えつけていた。
幸か不幸か、人は誰も来なかった。
どんなふうにかぶりついたのか、よく憶えていない。
なにしろ、初めてのことだったから。
けれども、バラ色のしずくに頬を濡らした木島夫人は善八郎氏の腕のなかで絶息し、
引きずり込まれた居間で脚を大きく開いて、
微かに残った意識をたぐりながら、いけません、いけませんと、囁きつづけていた。
嵐が過ぎ去った後、ワンピース姿は落花狼藉の痕跡にまみれ、
荒々しくずり降ろされたストッキングには、善八郎氏の欲情の残滓が白く濁ってへばりつけられていた。
夫人の着ていた花柄のワンピースの肩先は、血に濡れていた。
首すじには、みごとな咬み痕が、吸い残された血潮をあやしてテラテラと光らせていた。
「これは、とんだことをしたね」
情事を終えて出てきた吸血鬼をみて、善八郎氏はむしろ救いの手を見出した気分だった。
「だいじょうぶ、なんとでもなる」
吸血鬼はそういうと、奥さんに気付け薬を嗅がせ、正気づけてやった。
それから、クリーニングするために持ってきた服に着替えさせて、いま着ていた服を逆にクリーニングするよう善八郎氏に指示した。
「この服をクリーニングしてもらいたかったら、ワンピースを受け取りに来たときに着てくることだな」
吸血鬼は奥さんをやんわりと脅迫した。
その晩、木島夫人は夫に伴われて、クリーニング店を訪れた。
吸血鬼はそんなこともあるだろうと、家に居座り続けていた。
もちろんそのあいだは、素っ裸にされたおかみさんが、吸血鬼に始終付き添っていた。
木島氏は、ものわかりのよいご主人だった。
「家内のことはどうぞご内聞に。その代り今夜はこちらに泊まらせてやってください。
明日の朝、着替えを持参して迎えに参りますので」
クリーニング代をただにするという申し出を丁重に断って、ご主人は一人で帰っていった。
「家内の操はクリーニング代ほど安くはありませんよ」と、笑いながら。
「木島さん、お見えですよ~」
木島夫人が洗濯物を携えてクリーニング店を訪れると、おかみさんの声をいつになく弾みを帯びる。
きちんとした身なりのいいとこの奥さんが、禿げ頭でゆでダコのような頭をした自分のダンナにもてあそばれるのが、いっそ小気味よかったのだ。
ダンナが浮気をする――といっても、自分のことを考えればおあいこではないか。
木島家のクリーニング店の来店頻度は、見る間にあがっていた。
この日も木島夫人は、紅をいつもより濃いめに刷いて、夫婦のまえであでやかに笑う。
健康そうな白い歯が、笑うおとがいのみずみずしさが、自分たちにはもうない若さを感じさせた。
夫人の着てきたスーツは、紺のよそ行きのものだった。
「この格好のまま、クリーニングお願いしますね」
奥の部屋であおむけになると、夫人はそう言って、目を瞑る。
首のつけ根に突き立てられた牙が皮膚の奥深く刺し込まれ、ジュッと撥ねた血がジャケットの肩先を濡らすのを、むしろ小気味よく受け止めた。
吸血鬼が自分の女房に目を留めたことを、いまでは善八郎氏は誇りに思っている。
だから、それまでは冴えない身なりをしていたおかみさんが、
カウンターに隠れて派手なスカートやてかてか光るストッキングを穿くのを、
むしろ好ましいことだと思っている。
無造作に奪われた操だったが、善八郎氏にとっては、最愛の妻のものだった。
仮に料理の前菜や間食のお芋代わりに過ぎなかったとしても、
その瞬間だけは吸血鬼を夢中にさせていることを、好ましくさえ感じている。
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