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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

レトロな喫茶店の女

2021年03月29日(Mon) 07:26:33

喫茶店”昭和”は、午後六時が閉店である。
マスターが淹れるコーヒーを目当ての客は、
だいたいそれくらいまでには退散して、
心は晩ご飯に移るからである。

マスターの妻兼ウェイトレスの華子は、きょうも「準備中」の札を玄関に出して、
恰好の良い脚を投げ出すようにして亭主のいるカウンターまで戻ってきた。
齢には若作り過ぎるエプロンつきの黒のミニスカートからは、
黒のストッキングに包まれた脚をひざ上10センチまで、
惜しげもなく人目にさらしている。
常連客の半分はマスターの淹れるコーヒーを、
残り半分は華子の脚を目当てに店に来ているというほどだ。

「クリーニング行ってくるわね~」
華子は先日出しそびれたウェイトレスのユニフォームを袋に詰めながら、
くわえ煙草の亭主にそういった。
「ん」
亭主は返事をを返すともなく返し、妻のほうは片手間で、道具の手入れに余念がない。

ジーンズに着替えてから行こうかと思ったが、
きょうのクリーニング店の閉店時間が押せているのに気がついた。
きょうは常連客のひとりがなかなか帰らなかったので、閉店が少し遅くなったのだ。
「じゃ、行ってくる」
華子は亭主に背を向けて、ウェイトレスのユニフォームのミニスカートをひるがえして、店のドアを開けた。

クリーニング店の親父である善八郎氏は、亭主と似た肌合いの律儀な職人だった。
行きつけのクリーニング店だったので、始終顔を合わせていたけれど、
喫茶店に行く習慣を持たなかった善八郎氏は、
いつも洗濯ものを持ち込む華子のユニフォーム姿を見たことが無かった。

「きゃあ~」
クリーニング店の店先で、女の叫び声があがった。
初めて見る華子のウェイトレス姿に、親父が熱をあげたのだ。
周囲の家々は事情をよく心得ていたので、「またか」と思ったらしく、
だれもが店に近づこうとはしなかった。

ミニスカートのエプロンに血を滴らせたままのホラーななりで、
華子は店に戻ってきた。
ちょうど道具の手入れを終えた亭主は、びっくりして妻をみた。
「姦られちゃった~」
華子は投げやりにそういうと、店のボックス席に脚を放り出すようにして腰かけた。
亭主は穏やかな男だった。
華子が常連客相手に浮気するのを、なんども見てみぬふりをしてきたので、
これまた「またか」という想いもあったのだろう。
それでも、首すじから血を滴らせて戻ってきた妻の様子を気遣って、
「だいじょうぶか」
と、近寄ってきた。
見ると、黒のストッキングには幾筋もの伝線が、ブチブチと走っている。
咬まれた痕は楕円の裂け目になって、そこを起点に上下に伝線が走っているのだ。
「なんだかセクシーだぞ、おい」
「いつもはそうじゃないみたいじゃない」
華子はからむように言った。
「いつもセクシーだけどさ」
そういいながら亭主もまた、情事を済ませたほやほやの状態の妻が放つ毒気に鼻白んでしまっていた。

「こっちのクリーニング代は、ただにしてくれるって。そりゃそうよね。
 で、店開けて待っててくれるっていうから、出直すね」
華子は今度こそジーンズに着替えて、もういちど出かけていった。
「行かせていいの?」
店を出ぎわにふり返った妻に、亭主は「気をつけてな」とだけ、いった。
態度はちょっと見には冷淡だったけれど、瞳の奥に渦巻くものを察して、華子は納得したような顔をすると、
「じゃ」
とそっけなくひと言発して、ドアを閉めた。

華子が店に戻るのに、三時間かかった。


――お話に登場する人物、店舗は、実在のものとは関係ありません。念のため――
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