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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

煙草の吸いさし

2021年07月12日(Mon) 09:10:18

勤めから帰宅すると、ダイニングテーブルのうえに置かれた灰皿に、
口紅の着いた吸いさしの煙草が一本、ななめに置かれていた。
情夫の癖で覚えた煙草――妻のものだった。
彼に寝取られるまで、妻が煙草を口にすることはなかったはず。
癖の変化すらもが、妻がほかの男のものになったのだと、さりげなく、毒々しく、伝えてくる。

情事に出かけることを無言の裡に伝えるとき。
妻はいつもこうやって、吸いさしの煙草を残してゆく。
たまらなくなったわたしは、きっとふたりがいるであろうあの土手を目ざして、
ソファに腰を降ろすこともなくきびすを返していった。

夕暮れ刻の薄闇のなか。
煙草の焔が点になって、灯っているのが遠目に映る。
わたしは用心深く物陰を伝っていって、ふたりの腰かけているベンチのすぐそばまでたどり着いた。

煙草を吸っているのは、男。
その男の肩にもたれかかっているのは、妻。
妻は夢見心地になって、さっきまで交し合っていた愛を反すうしている様子。
男はやがて、妻をふり返り、
吸いさしの煙草を、妻に差し出した。
それを自分の唇に含んだ妻は、
うっとりとした表情を消さないままに、煙草を味わった。

もつれ合いながら立ち昇る烟を、だれ追うこともなく、
夕映えにひと群れの影を投げると、
それもつかの間、消えてゆく。

男は妻から煙草を受け取ると、もういちど自分の唇にそれを含んだ。
ふたりの気持ちが通じ合っているのだと、いやでもわかる雰囲気だった。
わたしは足音を忍ばせて、そっとその場を立ち去る。
もう一時間、いや二時間か――
妻をあの男にゆだねておこう。
かりにわたしだけの場所であった処を、
彼が思いのままにしてしまうとしたとしても・・・
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