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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

華恵。

2021年07月13日(Tue) 06:03:28

陰野華恵は、二十年来の愛人だった。
長年の腐れ縁だったのに結婚しなかったのは、俺に形ばかりでも妻子がいたためだった。

その華恵が、結婚するという。

じつは深い結婚願望を秘めていたのだと、うかつにもそれまで、気づかずにいた。
相手は会社の同僚で、華絵と同年代の白藤という男だった。
「いい人なのよ、優しくて」
「そいつはごちそうさん」
さしで飲む機会ももうないのかなと思うと、少し寂しかった。
ところが女の話の方向は、俺の予期していたのとは真逆だった。
「どうして決めたか分かる?」
「いんにゃ」
これ以上ののろけ話はたくさんだと俺が横っ面で応えると、女はいった。
「あのひとね、結婚してからも貴方と逢っていいって言ったからよ」

俺と華恵とのセックスの相性は、抜群だった。
おもに俺の浮気で何度も別れかけたのに、その都度よりが戻ったのは、お互いに相手の身体が忘れられなかったからだった。
身体だけの相性でも、ばかにはならないのだ。
「どういうことだ」
俺は言った。
「言ったとおりの意味よ」
華恵は得意げに、俺の問いを横っ面で受け流す。

どうしても結婚してほしいっていうから、貴男との関係を、しゃべったの。
奥さんいるから結婚できないけど、実は身体の相性がバツグンな男がいるの。
結婚してもきっと、彼との付き合いは断てないわ。
それでもいいの・・・?って訊いたら、
彼ったら、言ったわ。
きみが好きだというものを断てるほど、ぼくの存在は大きくないよね。
週一くらいだったら、逢ってもかまわないよ。
ぼくが週一を許したら、きっときみのことだから、その彼とは月に二度も三度も逢うんだろうけど。
週に二度も三度もだったら、きみがだれの奥さんだかわからなくなるけど、
ぼくよりもセックスの回数が少ないのなら、許すから――ですって。

数ヶ月後。
華恵はめでたく白藤と華燭の典を挙げた。

それからも、俺と華恵との関係に、変わりはなかった。
俺たちはいつものホテルで待ち合わせて、ふたりだけの刻を過ごした。
少し変わっていたのは、ダンナになった白藤の態度だった。
華恵が結婚後、初めてホテルのロビーに姿を現したとき。
そこには白藤の姿もあった。
「このひとったら、どうしてもわたしのこと送り迎えするんだって、聞かないの」
いつも以上におめかしをした華恵は、そういって口を尖らせた。
白藤は、善意に満ちたまなざしで俺を見て、「思ったとおりの感じのかたですね」といった。
うらぶれた五十男が、四十そこそこの白藤からどう見えたのか、俺はちょっとだけ、みじめな気分になった。
けれども白藤は、俺の気を惹き立てるように笑顔で応じると、
「どうぞ家内をよろしくお願いします」
といって、サッと身をひるがえし、ロビーから煙のように消えた。
「待ってるんですって。でも、気にしないでいいからね」
あきれたわ、と言いたげに、華絵は新婚の夫の後ろ姿を目で追いながら笑った。
それからいつものように、俺たちはチェックインを済ませ、ルームキーを受け取って、俺たちだけの部屋のドアを閉めた。

息せき切って、女のブラウスのリボンをほどくと、熱い吐息交じりの接吻が返ってきた。
がつがつと太ももに手を当てて、ストッキングをむしり取ると、そんなの厭・・・と、形ばかりの抗いで応じてきた。
すべてがいつもと変わらない、熱っぽい情事の始まりと終わりが、そこにあった。
旦那がまっているというのに、気にならないわけがない――とか何とか言いながら。
俺はいつもより長く、三時間もの刻を、華恵と過ごした。
「終わったわ、帰る」
口紅を直しながら携帯で夫を呼び出すと、華恵はいった。
まるで従僕に命令する王女様のように尊大だった。
「あの人ね、寝取られフェチなの」
でも軽蔑しないけどね・・・あたしにはちょうどいい旦那だしと、うそぶくことも忘れずに。

再び戻ったホテルのロビー。
ノーストッキングの足取りを、何事もなかったように物静かに進める先で、ご亭主殿はうやうやしく王女様を出迎えて、
こちらのほうは気づきもしないというそぶりで、華恵を自分の車に乗せた。

「監視している訳じゃないんですって。少しでも長く私と一緒にいたいんですって」
さすがに亭主殿送り迎えの情事ばかりは気が引けたので、華恵の勤め帰りに密かに招き寄せると、
「きっと今夜のことも、知ってるわ~。のけ者にしてかわいそうだけど、たまにはいいよね」
と、華恵は自分を言い聞かせるように、人のいない隅っこのテーブルを見た。
そこに座っているご亭主殿に、まるで許しを請うように。
「あたしね、治らない病気持ってるの」
自分の生命が近々終止符を打つことを、女はまるで他人ごとのように語った。

月に一度は、白藤は妻の情事の送り迎えをした。
公式にふたりの関係を認めるのは、月一だという約束を、ひとりで律儀に守っていた。
新婚のはずの白藤夫人は俺とのセックスに耽り抜くと、「終わったわ、帰る」と、旦那を尊大な声で呼び出して、帰っていった。
それ以外の逢瀬は、いままでどおりだった。
白藤が苦情を言いたてているという話は、ついに華恵の口からは聞かれなかった。
「うちでもがんばっているからね♡」
華恵は結婚したばかりの夫との仲睦まじさも、自慢らしい。
家では影さえ寄り添うほどに、頻繁に身体を重ね合っていると、あっけらかんと俺に告げた。

白藤とはその後も付き合いを重ね、連れ立って酒を飲むほどの仲になっていた。
ご亭主殿と間男とは、本来仇敵同士の関係のはず。
けれども白藤は、おなじ女性を好きになったわけですから――と俺に遠慮をさせないで、
その代わり、しっかり割り勘ですよ、と、よけいな気遣いさえもさせなかった。
「嫁を征服された旦那と飲んだご経験、貴男ならありますよね?やっぱり優越感って感じますか?」
そんなことまで、爽やかに言ってのけてしまう男だった。
そうだな、やっぱり肚ん中では、俺はお前の嫁の御主人様なんだって、思っているかもな――俺がそう応じると、
仮にそうでもかまいませんよ、と、白藤は返した。
ぼくね、結婚前からおかしな話なんですけど、もしも自分の妻が浮気をしたら――って考えていたんですよ。
でもそのときには、相手の男とはケンカをしないで、仲良くなりたい そんなこと、考えていたんです。
華恵さんの彼氏が、貴男のような人で良かった――とまで、白藤はいった。
俺の前では、妻の名を呼び捨てにしない気遣いさえ、見せてくれていた。

華恵が入院してしばらくたったとき、俺は白藤の呼び出しを受けた。
少し遅れてロビーに現れた白藤を見て、俺は絶句した。
地味めなグレーのスーツに、白のリボン付きのブラウス。肌色のストッキング。
白藤は、華恵の服を身にまとっていた。

男を相手にするなんて、だれから訊いたんだ?
その問いは、愚問というものだろう。
華恵は俺がしばしば、寝取った人妻の夫を女として愛することを知っていた。

その晩は、それまで過ごしてきた夜のなかでも、屈指のひとときだった。
華恵のスーツを身にまとった白藤は、徹頭徹尾、華恵になり替わっていた。
そう、セックスの癖までも――
俺はやつの脚から華恵のストッキングをずり降ろして、黒のレエスのショーツを剥ぎ取ると、
まるで華恵にそうするように、白藤に対して果てていた。
いつもより長く、相手の身体の中に身体を埋めて、
いつもより余計に、交わした熱情の残滓を、たっぷりと注ぎ込んでしまっていた。
華恵を愛した一物を口に含みたいと願ったときだけ、白藤は夫らしい顔つきになった。
過去に数えきれないほど華恵を愛したそれを、わたしに手入れさせてくださいと、やつは心から願ったのだ。

あくる朝。
しずかに一礼して立ち去る姿は、その楚々とした歩きぶりまで、華恵とうり二つだった。
俺の手には、華恵から――いや白藤の脚から抜き取ったストッキングが、まだ体温を帯びてぶら提げられていた。
華恵の脚から抜き取ってきた数多くのストッキングと同じくらい貴重なものに、思えていた。

華恵がこの世からいなくなったのは、それからしばらく経ってのことだった。

「お待ちになりましたか」
「いんにゃ、いま来たとこだが」
かつて華恵と交し合ったやり取りを、俺はいま白藤とくり返すようになっている。
やつは会社でも、かつて華恵のいたポジションで、OLとなって働いていた。
少しでも過去の華恵と近づきたいと、自分から願い出たという。
華恵は、きりっとしたスーツ姿を好んでいた。
きょうは臙脂のスーツでキメた華恵・・・いや白藤は、俺と腕組みをすると、さっそうとした足取りで部屋へと向かう。
ホテルのロビーにカッカッと響きわたるヒールの音さえ、華恵とうり二つだった。
足許を覆うストッキングは、俺にいたぶられるのを予期して、きょうも真新しい高価なもののはず。
さて、きょうはどんなふうに責めてやろうか?
俺は女の肩に手をまわし、ギュッと横抱きにして、部屋へと引きずり込んでいく。


あとがき
白藤が新妻と頻繁に床を重ねたのは、華恵になり切るためだったのかもしれません。
結婚当初から、華恵なきあと「俺」を慰める役割まで意識していたのでしょうか。。
それにしても、独身のころから嫁が寝取られたときの心の用意をしているとは。
華恵と「俺」とは腐れ縁だったかもしれませんが、「俺」と白藤とも、よほどのご縁だったようです。
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