~はじめに~
本話は、本文篇と挿絵篇の二本立てであっぷいたします。
挿絵篇も、こうご期待。
※追記 やっぱり本文のなかに添えてみることにしました。^^

変わった少女だった。
小学校4年生のころから、「あたし、吸血鬼に血を吸われたい」と言っていた。
親たちがあわてて、「由梨ったら、何を言い出すの!?」と咎めても、平気なようだった。
ただ顔をまっすぐにあげて、澄んだ瞳をきらきらさせながら、
「あたし、吸血鬼に血を吸われたい」
と、言いつづけるのだった。

それは、この街にかぎっての、特異な現象だった。
なん年か前、この街に吸血鬼が棲みついて、多くのものが毒牙にかかってきた。
中には吸血鬼と意気投合して、自分の妻や娘の血を与えて、自らも吸血鬼化する市民まで現れるほどだった。
それでも事件とならなかったのは、生命を落としたものが一人もいなく、
なおかつ被害届も出ないからだった。
名家の令嬢や令夫人が、真っ先に、次々と襲われていった。
少なからぬ令嬢が嫁入り前の身体を汚され、令夫人もまた夫に顔向けのできない辱めを受けたのに。
そんなことがあってさえ、夫や婚約者を含めただれからも、被害届は出されないのだった。
その日も由梨は、夕やみ迫る公園を、一人歩いていた。
いったん家には戻ったので、手ぶらだった。
読書家だった彼女はそんな風に散策をして、
いままで読んだ本とか、これから描いてみたい小説の筋書きとかを、気分に任せて空想するのが日課だった。
小説の筋書きには、むろん吸血鬼に襲われるお話も含まれていた。
伯父の一人が家族もろとも血を吸われて吸血鬼になったと聞かされたとき。
入学祝いに訪れた伯父の前、紺のハイソックスに包まれた大人びた脚を見せびらかすように体育座りをして、
「あたし、伯父さまに血を吸われてみたい」
などと、口走ったものだった。
そのときはさすがに、親たちがあわてて止めに入ったし、
伯父さんももちろん、年端もいかない由梨のことを咬もうとはせず、
目を細めて笑い、おだやかに引き下がったものなのだが。
「伯父さま、家族もろとも血を吸い取られたんだ――」
由梨の想像力は、五月晴れの空にむくむくと湧き上がる積乱雲のように、どんどん広がってゆく。
だとすると、香子伯母さまも、香織姉さんも、吸われてしまったにちがいない。
いったいどんなふうに、伯母さまや香織姉さんは咬まれて、うら若い血を吸い尽くされてしまったのだろうか?
そんな想像をすると、由梨はついゾクゾクと、胸を昂らせてしまうのだった。
彼女の妄想する吸血鬼は、決して水もしたたるような若い男ではなくて、
どちらかというと醜く老いさらばえた、血の気も失せて干からびたようなみすぼらしい男だった。
そういう男に羽交い絞めにされて、強引に迫られて、
干からびた血管をうるおすために、由梨のうなじを咬んで生き血をゴクゴクとむさぼる――
そんな光景をなん度も思い描いては、不可思議な昂りに震えるのだった。
なので、山名の伯父さまなどは、彼女の妄想では格好の主役になっていたのだ。
山名の伯父さまみたいな、齢の長けた吸血鬼に襲われて、
首すじを咬まれ、由梨の若い血をじんわりと味わわれてみたい。
ぐいぐい、ぐいぐいと、美味しそうに飲み味わわれて、足腰立たなくなるほど血を吸い取られてしまいたい――
制服のスカートに隠された由梨のまだ稚なすぎる秘密の園が、じんわりと潤いを帯びてくる。
どうしてこんな想像をすると、昂ってしまうのだろう?
由梨は不思議でならなかった。
けれども、妄想を止めることは、思いもよらないことだった。
おや――?
由梨はふと、足取りを止めた。
だれかがこちらに、視線を送ってくる。
そんな気配を感じたのだ。
少女の六感は、とても鋭い。
まして、想像力豊かな由梨はとりわけ、そうしたことに鋭いほうだった。
どうしたのかしら?もしかして、吸血鬼・・・?
彼女のなかに、期待とも恐怖ともつかないものが、黒雲のように湧き起こる。
それは、他人が吸われたときに想像をめぐらすときのような積乱雲ではなくて、
梅雨入りしかけたこのごろには珍しくなくなった夕立のときの黒雲のように妖しく、物騒な気配を秘めていた。

ひゅるるる・・・
生温かい風が、由梨の頬をかすめる。
ふくらはぎを包む紺のハイソックスのゆるやかな束縛感が、しなやかに皮膚を這うのをおぼえた。
制服は、〇学生の女の子にとって、ひとつのファッション。
ハイソックスも、年頃の女の子の足許を引きたてる、大人びたアイテム。
そんなふうに思っていた。
そうした服装が、血に飢えた吸血鬼をそそることもまた、彼女はハッキリと自覚していた。

ざわ・・・
背後で人の気配がした。
さすがの由梨も、ビクッと立ちすくんだ。
こわごわと背後をふり返ると――
そこには、山名の伯父が、うっそりと立ちはだかっていた。
「伯父さま――」
由梨は無理に笑おうとした。けれども、その努力は由梨の頬を、不器用に引きつらせたに過ぎなかった。
なぜなら伯父は、ふだんとはちがって、ひどく蒼白い顔をしていたから。
飢えている。飢えているんだ。伯父さま、あたしの血を狙っているんだ――
由梨は恐怖で立ちすくみながらも、そのいっぽうで、血が騒ぎ立つのを抑えかねていた。
由梨の瑞々しい皮膚の下に脈打つ血管を、若い血潮が昂りを帯びて、めまぐるしくめぐってゆく。
飲まれたい。伯父さまに、飲まれたい。
飲んで欲しい。この身体に脈打つ娘ざかりの血潮を、ゴクゴクと強引に、奪ってほしい――
由梨は恐怖と期待とで喉をカラカラにしながら、
自分を見すえる山名の伯父もまた、干からび切った喉をカラカラにしているのを感じ取っていた。
伯父さま、飲んで。由梨の血で、カラカラになった喉を潤して。
もう、十四歳なんだもの。由梨の生き血、きっと伯父さまのお口に合ってよ。
伯父が両腕を振りかざして、由梨に迫ってくる。
由梨は頬に手を当てて、当惑げにあたりを見回し、
「伯父さま?あら、まあっ・・・」
と、言葉にならない声を発しつづけた。

目の前の少女がうろたえているのが、吸血鬼の目には悦ばしく映ったらしい。
山名の伯父は由梨の背後にするりと回り込むと、怯える姪娘の耳もとに唇を近寄せて、囁いた。
「由梨ちゃん、こんばんは。きょうはきみの血が欲しくて、公園をさまよっていたのだよ――」
怖い。怖いわ・・・
身体じゅうの血をザワザワと騒がせるほどの恐怖に怯えながら、由梨は縮みあがっていた。
怖いのだ。怖くてたまらないのだ。
けれども、脚が根の生えたように動かない。
咬まれたらどうしよう。きっと痛いに違いない。
それに制服が汚れちゃう。
ハイソックスの脚も咬みたがるんだよね?
エッチだ。ぜったい、えっちだよ・・・
血を全部啜り取られたら、もう学校に行けないし、パパやママにも会えなくなる。
どうしよう。どうしよう・・・
由梨は惑い、怖ろしげな上目遣いで、伯父を見た。

「由梨ちゃんは・・・わしに血をくれるんだよね?前からそうお約束していたよね・・・?」
伯父さまの言葉遣いは、あくまで丁寧だった。
そして、由梨に怖い想いをさせまいと、彼なりに注意を払っているようだった。
そのことが、由梨をほんの少しだけ落ち着かせた。
そうだわ、あたし――吸血鬼に血を吸われたかったんだもの。
香織姉さんだって、仲良しの弥生ちゃんだって吸われたのに、
あたしだけまだだなんて、悔しいんだもの。
そうだわ、伯父さまに咬んでもらおう。
どうせだったら、ガブリと力強く食いついて、ゴクゴクと強引に飲んでもらおう――
だって、どうせ飲まれちゃうんだもの。美味しく飲んでいただいたほうが、嬉しいわ――
由梨の妄想は、突然途切れた。
山名の伯父が突然、由梨の首のつけ根に咬みついたのだ。
ぎゅうっ・・・
力づくで圧しつけられた尖った異物が、強引に皮膚を破って食い込んでくる。
ジワッとはじけ鮮血が、どす黒い音とたててヴュッ!と撥ね、
セーラー服の襟首と由梨の頬とを、同時に濡らした。
痛い・・・痛い・・・容赦なく食い込んでくるッ・・・
由梨は初めての痛みに、顔をしかめた。


由梨の白い肌をしたたり落ちる血潮が、セーラー服の胸当てを濡らすころ。
由梨はふたたび、上目遣いで伯父を見た。
伯父は由梨の首すじに取りついて、あふれ出る血潮を、夢中で啜っている。
怖い。怖いわ・・・
由梨は視線を、あらぬかたへと向けていた。
パパやママは、いまごろどうしているだろうと思った。
パパは役場でお勤め。
ママはきっと、いまごろ由梨のために夕食の献立に取り組んでるさい中だろう。
きっと由梨がこんなふうに、吸血鬼に迫られて、生命の泉を涸らしてしまう危機に陥ってるなど、夢にも思ってないに違いない。
(じっさいには、由梨の母親はすでに山名の毒牙にかかり、娘の血の味を想像させる役割を果たしてしまっていたのだが、由梨はそんなことは夢にも知らない)
どうしよう。どうしよう。血を吸い尽くされたら、もうお家に帰れなくなっちゃう・・・
由梨は惑い、悶えた――

姪娘の稚ない肢体を腕いっぱいに感じながら、
由梨がその腕のなかで身をよじり、ゆるやかに抗うのを抑えつけながら、
山名はにんまりと、ほくそ笑んでいた。
予想通りだ。いや、予想以上の味わいだ。
由梨の血は、美味い。母親の茉莉恵の血と、良い勝負だ。
この子ならきっと、なん度でも楽しめる。
きっとこの子は、お家に帰れないと心配しているに違いない。
怯える心を落ち着かせ、まずは安心させてやろう。
そしてそのあとの愉しみも、たっぷりと味わってしまおう――
まだ味わったことのないまな娘の香織や、愛妻・香子の血も、似たような香りに彩られているのか。
ならばわが妻や娘を狙った吸血鬼の気持ちも、わかろうというもの。
きっとやつは、いまのわしと同じような気分で、香織や香子を我がものにしていったのだろう。
今宵はこの可憐な姪娘を、妻や娘と同じ目に遭わせてやろう。
お前の母親も、わしの欲望に屈して餌食になったのだ。
それはたんに、お前の血の味をわしに報らせて、味見をさせてくれたに過ぎないものだったけれども、
彼女は彼女なりに、夫に捧げた操を、わしに踏みにじらせてくれたのだ。
(少なくとも、嫁入りのあとには、ほかの男を識らぬ身体であったはずだ)
由梨よ、おまえはわしに生き血を啜り尽くされるために、十四年間育ってきたのだ。
さあ、今こそそのうら若い生き血で、わしを夢中にさせておくれ。
美味い。美味いぞ。
お前の血は、じつに美味い・・・


由梨がこん睡状態に陥るのに、数分とかからなかった――ようにさえ、山名には思えた。
じっさいには、30分くらいは、吸い続けていたはずなのだ。
ヒトが意識を失うほどに血液を喪失するには、それくらいは時間がかかるはず。
わざと急所を外して食いついたのは、この少女がうら若い肢体に秘めた血液を、ゆっくり味わうためだったのだから。
山名は自分の腕の中で眠りこけている少女を抱きかかえると、傍らの樹にもたれかけさせた。
少女のずっしりとした重みは、そのまま彼の獲る血液の量が豊かであることを意味していたが、
両腕でその身を支える必要がなくなると、自由になったその両腕で、
少女の身体を征服の上からなぞるように愛撫をくり返し、
それからそろそろと、足許へと唇を近寄せていく――
紺のハイソックスは、大人びた少女たちのおしゃれなアイテムであったけれど、
同時に吸血鬼の唇を悦ばせるための装いでもあった。
ちゅうっ。
しなやかなナイロン越しにふくらはぎに吸いつけられた唇の強引さが、
少女をほんの少しだけ、われに返らせた。
伯父さま・・・あたしのハイソックスを愉しんでる・・・
制服の一部である紺のハイソックスを、ひざ小僧の下からずり落ちるくらいに意地汚く舐(ねぶ)りまわされながら、
由梨のハイソックスを伯父さまが愉しみやすいように、無意識に足をくねらせ、向きを変えていった。
くまなく舐め尽くしてもらうために――
そして、ほんの少しだけ意識を取り戻しかけた少女は、
ハイソックスを咬み破られてまたも執拗な吸血を受け意識を夢見心地にされていきながら、
たまたまきょう履いてきたハイソックスがおニューで、伯父さまを悦ばせることができてラッキーだった・・・
そんなことをありありと、感じていた。
由梨が吸血鬼の両腕に抱き上げられて公園の森の奥深く連れ去られ、
夕靄(もや)の彼方で受けた儀式――
制服の重たいプリーツスカートをたくし上げられて、
ショーツをつま先まですべらせられて、
まだ柔らかすぎる蕾のような秘所を、手慣れた掌にまさぐり当てられて、
まだお嫁に行くには早すぎる身で、
初々しくも淡い茂みを翳らせながら、
逆立った伯父さまのもうひとつの「牙」に、ズブズブと侵されてゆく――。
口許に生えかけた牙をチラチラ覗かせながら、
由梨は息をはずませ、すすり泣きをし、そのくせ時おりくすぐったそうな笑い声さえ洩らして、
股間から洩れた血潮が太ももを濡らすのも構わずに、
初々しい痛みの彼方にある愉悦に目ざめていったのだった。


あとがき
今回は絵があまりにも素敵だったので、却ってお話を作るのに時間がかかってしまいました。
なのに、いったん描きはじめると、際限なく妄想が止まらなくなり、かなりの長い話なってしまいました。
つまんなくなければ、よろしいのですが・・・。 A^^;