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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

魅入られた花嫁の一家

2022年01月09日(Sun) 22:17:47

吸血鬼だと自分から名乗る中年男をまえに、ウキウキと瞳を輝かせる女学生――
そんな妹には、すでに別の魂が宿っている。ぼくはとっさに、そう感じた。

あの男、道行く女学生を待ち伏せては、黒タイツの脚に咬みついていたやつだ。
父は苦々しそうに、そう語った。
自分の娘の求婚者の蔭口をいうものではないと、めずらしく父のことを、たしなめていた。
いつもは気難しいぼくが、父にたしなめられているというのに。
それもそのはず、ぼくの首すじには、いちど血を吸われた者しか視ることのできない咬み痕が、くっきりと着けられていた。
妹がすでに着けられてしまっているそれと、サイズは同じはずだった。

この頃寛大になったね。と。
職場の同僚から、いわれるようになった。
それはそうかもしれない。
勤め帰りに襲われて、首すじを咬まれてがぶがぶと生き血を飲み耽られて、ぼくはすっかり、変わってしまった。
ワイルドな飲みっぷりが、むしょうに気に入ってしまって、
いきなり咬んだことを咎められ神妙に頭を垂れる彼に向って、もう一度逢う約束をしてしまっていた。

彼は、薄い沓下を好んでいた。
だから彼が好んだのは、父のいうように、黒のタイツ ではなくて、黒のストッキングだと、ぼくにはわかっていた。
ちょうどその時分には、年配の男性を中心に、ストッキング地の紳士用ハイソックスが、密かに流行していた。

くるぶしが透けて見えるような靴下を履くなんて、とても恥ずかしいとおもっていたぼくが、
彼の好みを受け容れて、そういうものに脚と通すようになったとき。
きっとぼくは、人間と吸血鬼との境目を、くぐろうとしていたのだろう。
ストッキングを穿いた脚に咬みつくのを好んだ男は、相手が男性であっても同じ満足を味わうのだと知ると、
喉をカラカラにしてぼくの勤め帰りを待ち伏せる彼のため、その種の沓下はもう、必需品に格上げされていた。
道行く女学生が戸惑いながら、制服のスカートの下、薄黒いストッキングを咬み剥がれていくように。
待ち合わせた公園の外套の下で、引き上げたスラックスの下、
ぼくは惜しげもなく、濃紺のハイソックスの脚を吸われ、惜しげもなく咬み破らせていった。
きっと二時間前には、下校途中の妹が、そうされたのだと確信しながら。


お前もだったのか。
父さんも、されちゃったんですね。
親子でそんな会話をする日がくるまんて、もの堅かった若いころには、ついぞ予想だにしていなかった。
父の着けられた痕もまた、ぼくや妹のそれと、同じサイズのはずだった。
そういえば父も、出勤するときには薄い沓下を履くようになっていた。


吸血鬼と人間との縁組は、ど派手な華燭の典で結ばれることになる。
その夜、一族同士の懇親も兼ねたその宴で、
花嫁の母親の貞操は最高の引出物とされ、人間の側の出席者の男性は一人残らず、自分の妻を襲われることになる。
彼等の婚礼は、たったひと組の男女を結び合わせるとは限らなかったのだ。
それと知りながら、父は一人娘が吸血鬼に嫁ぐことを、諒承した。
それと知りながら、母は父の決めたことに、異議を唱えようとはしなかった。
それと知りながら、ぼくさえも、新婚三か月の新妻を連れて参列すると、約束してしまっていた――

吸血鬼が気に入ったのは、妹だけではなかった。
父やぼくの血で食欲を日常的に満たすようになった彼は、母やぼくの妻にまで触手を伸ばそうとしていた。
一家全員が、彼に魅入られてしまったのだ。

おなじ咬み痕を着けられたもの同士の、不思議な連帯で。
父は「さきに、母さんを逢わせるからな」といい、
ぼくは、「そのあと必ず美津江を襲わせるからね」と約束していた。
挙式当日は無礼講で、だれとかけ合わせになるかもわからない状況と聞かされて、
ぼくたちは自分の妻の初めての相手として、一家に婿として迎える彼を選ぶことにしていた。
妹はすでに――とうの昔に処女を捧げ抜いてしまっていた。
その母と兄嫁とが、後を追うのは当然のように感じられた。


そろそろ席が、ざわついてきた。
新郎側の顔色のわるい男性たちの雰囲気が、ぐっとケンアクになってきたのだ。
そろそろ始まるね。
同僚のひとりが、ぼくにそう耳打ちをした。
彼もまた、妻を同伴していた。飢えた吸血鬼に、三十代の人妻の生き血を提供するために。
ぼくももはやと、覚悟を決めた。
父は新郎に耳打ちをして、ホールから出ていった。
後を追うように廊下に出たぼくに、会話が筒抜けになった。

――いよいよだね。
――そうですね。
――家内も、娘も、犯されてしまうのだね。
――エエ、ぼくの新婦と姑は、なによりのご馳走になりますからね。
――やはりその場は、視たくはないものだね。
――お義母さんとわたしの密会は、たっぷり御覧になったくせに、そうなんですね。
――冷やかさないでくれたまえ。
――お義母さん、黒留袖が良くお似合いですね。着乱れたお姿も、うるわしいと思いますよ。
  お義母さんのことは、悪友仲間によく頼んでありますから、あとでこっそりのぞいて愉しみましょう。
――ああ、そうするよ。そのまえに・・・
――わかっています・・・

声は途切れた。
タキシード姿の男ふたりが抱き合って、口づけを交し合っているのが目に入った。
おぞましい、とは、おもわなかった。
同性でもいいじゃないか、と、思っていた。
父は花嫁を寝取られる新郎のために、薄地の紺のハイソックスで、足首を染めていた。
別室へと急ぐふたりを、ぼくはやり過ごした。
新婦が純白のストッキングを咬み破かれる刻、
新郎は新婦の父親の靴下に、唾液をたっぷりしみ込ませ、じわじわと咬み剥いでゆくのだろう。
ぼくはそのあとか・・・
そう。
ぼくもまた、スラックスの下、黒のストッキング地の紳士用ハイソックスで、父と同じようにくるぶしを染めていた。


あとがき
正月にふさわしく(ふさわしくないかも)、めでたい席のお話しなどを。^^
前作の関連作です。
前の記事
同性不倫。
次の記事
遠い昔の追憶

コメント

妖艶なる吸血の2022年スタートとしては、正月らしいお話ですね。今年もガンガン飛ばしてくださいね。(お話沢山書いてくださいという意味です^^)
by ゆい
URL
2022-01-17 月 08:45:12
編集
ゆいさん
近年とみに劣化が目立っているような気がしてなりません。
^^;
飛ばせるかなぁ。。(笑)
by 柏木
URL
2022-01-17 月 21:54:10
編集

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