淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
喪服の帰り道。
2022年01月27日(Thu) 07:57:20
男なのに。
婦人ものの洋装のブラックフォーマルを身に着けて、知人の通夜に参列した。
会社の同僚宅だった。
この街に増え始めた吸血鬼に遭って、血を吸われて亡くなったのだ。
奥さんは泣き濡れていたけれど、さいしょに咬まれたのは奥さんのほうだった。
ご主人である同僚は、奥さんを日常的に襲われながらも、相手の吸血鬼の所業を受け容れていて、自らも血を与えるようになっていた。
むしろ、男盛りの吸血鬼が、自分の妻を見染めたことを、誇りに感じているふしさえあった。
彼が亡くなったのは、半吸血鬼になるためだと――だれもが感づいていた。
参列した女性の同僚や同僚の妻たちの少なくとも半数は、土葬された後蘇生するであろう彼に襲われることを予期していた。
今夜、喪主である奥さんが脚に通した黒のストッキングは、
夫の仇敵の舌を愉しませ、むざんに咬み破られてしまうのだろう。
奥さんもそれを、夫婦の床で、嬉々として許すのだろう。
そんなお弔いに、女ものの喪服を身に着けて参列した。
勤め先のものもなん人となく来ていたし、はっきりと見とがめられもしたけれど。
それでもかまわなかった。
チクチクと刺さる視線を、むしろ小気味よく感じていた。
革製の黒のパンプスが、足をかっちりと締めつけるのを、
薄くしなやかなナイロン生地が、ふくらはぎをぴっちりと束縛するのを、
酷く心地よく、感じていた。
コツコツとパンプスの足音を響かせながらたどる夜道を、さえぎる翳がいた。
翳はわたしのまえに立ちはだかると、フフフッと嗤った。
吸血鬼に狙われたこの街の人妻が、戸惑いながらもそうするように、
わたしも彼の欲望に従おうと、おとがいを仰のけて、目を瞑った。
相手は数か月前から、わたしの血を吸うようになっていた。
深夜に自宅をまぎれ出て、女の姿でさまようわたしを掴まえて、
けれども彼は、わたしのことを女として扱ってくれた。
それ以来――ブラウスをなん着、持ち主の血で染めたことだろう。
ストッキングをどれほど、卑猥な舌にいたぶらせたことだろう。
「そういうことだったのね」
冷やかな声色が背後からあがったのは、
首すじに埋め込まれる牙に陶酔させられて、しばらく経ったころだった。
思わず振り向くと、そこにいたのは妻の瑞恵だった。
瑞枝も洋装の喪服姿――夫の同僚の弔いに、今夜は参列するといっていた。
入れ違いになるかも知れない。ばれてしまうかもしれない。でも、もうばれてもかまわない――
そんなふうに思えたのは、同僚がたどった末路をみたためだったのだろうか。
「お似合いじゃないの」
半ば軽蔑したように、半ば意地悪な悪戯心を秘めた笑いが、白い頬をよぎった。
彼は妻のまえ、臆面もなくわたしを女のようにあしらって、
ベンチに腰かけて、すらりと流した黒のストッキングの脛に、器用に舌をヌメらせてくる。
妻は面白そうに、わたしたちの所作を見守っている。
「ストッキング、破いちゃうんだ」
彼がわたしの穿いているストッキングをなぞるように舐めつけたあと、
ふくらはぎに牙を差し込んで、脚の周りに張りつめた薄いナイロン生地をチリチリと咬み剥いでゆくのを、
瑞恵は嬉し気に、見守っている。
「あたしも・・・破ってもらっちゃおうかな~」
いつもののんきな口調で、彼女は軽くハミングするようにして、そう呟いた。
有夫の婦人が吸血鬼に血を吸われたら、犯されてしまう。
この街の人妻なら、だれでも知っていることなのに。
彼女はあえてわたしのまえで、吸血鬼にストッキングを破らせたいと呟いていた。
破ってもらうと良いわよ――わたしは女口調で、妻にいった。
「じゃあ、そうするわね♪」
妻はスキップするような軽い足取りで、わたしの血を吸っていた吸血鬼のほうへと歩み寄ると、
「どうぞ――」
と、さすがに少しだけ声を固くして、告げた。
わたしの穿いていたストッキングをいたぶっていた唇が、妻のストッキングのうえに吸いつけられて、
よだれを滲ませながら這いまわり、薄地のナイロン生地の舌触りを愉しみはじめた。
わたしは自分の妻の足許に咥えられる凌辱を、ただうきうきとした目線で、追いかけてしまっていた。
妻のストッキングハ、ふしだらによじれ、いびつな裂け目を走らせて、みるかげもなく咬み剥がれていった――
礼装の足許を狙わせて、黒のストッキングを気前よく剥ぎ降ろさせてしまうと、
漆黒のスカートのすそから、太ももの白さをさらけ出しながら、吸血鬼を誘った。
「貴方への罰よ。貴方のお嫁さんは今夜、他の男を識るの」
二ッと嗤った口許から、歯並びの良い白い歯をのぞかせると、
鮮やかな朱を刷いた唇を、呑み込まれるようにして、しつような接吻に応じていった。
漆黒の衣裳を剥ぎ堕とされて。
白い肌を闇夜に浮き立たせながら、
柔らかな肢体がわたしのまえで、不倫の交尾を遂げる――
おめでとう。
わたしの情夫と妻との恋が成就したことを祝福しながら、わたしは火照った身体を夜風に晒しつづけていた。
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