淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
和解。
2022年05月11日(Wed) 23:13:05
ゆるい坂道の向こうから、スーツ姿の男が、足早にせかせかと歩いてくる。
それを逃げもせず、じいっと待って凝視していると、
向こうは尖った目線で見すえてきて、なおも距離を詰めてくる。
一発殴られるくらいは、我慢しなくちゃな。
良太はおもった。
いま、自分に迫ってこようとする男は、先日血を吸って犯した人妻の亭主だった。
三十代半ばだというその人妻は、都会育ちの女で、だんなに伴われてこの片田舎にやって来たのだ。
この街に来る都会の女たちは、だれもがわけありだった。
都会にいられなくなって、隠るようにして移り住んでくる者ばかりだった。
かれらは前もって、この村の秘密を聞かされてくるという。
村には吸血鬼が巣食っていて、都会育ちの女や男を食い荒らして愉しむのだと。
それを承知で、あえて村に来る夫婦――いったいどれほどの後ろめたいものを抱えて移り住んでくるのだろう。
だれもが無抵抗で、すぐ堕ちた。
夫たちもたいがい、視て視ぬふりを決め込んでいた。
生き血を啜る代わりに、死なさない。
好みのままに犯されても、その日常を受け容れる。
そんな黙契で、互いの関係が成り立っていた。
村にやってくる都会育ちの女たちは、だれもがストッキングを脚に通していた。
まるで田舎育ちの吸血鬼の気を惹くように、都会ふうに洗練された装いを見せびらかすように、緑豊かな野道を闊歩していた。
女たちの歩みにつれて、薄手のナイロン生地に陽射しが照り返し、痴情に飢えた目線をさらに昂らせた。
頼りなげな薄衣が、しなやかに隆起するふくらはぎの筋肉をしっとりと縁どって、なまめかしい翳りを帯びているのを、
田舎育ちの吸血鬼どもは、とくに好んでいた。
都会の女を蹂躙する。
彼らはそんなことを悦ぶかのように、
ストッキングを穿いた女たちの脚に唇を吸いつけ、舌でいたぶり、牙で咬み剥いでいった。
女たちは、片脚だけ脱がされたパンティストッキングを、足首にひらひらと漂わせながら、
ストッキングにも、スリップのすそにも、スカートの裏地にも、煮えたぎる白濁した粘液を、なすりつけられていった。
良太の狙った人妻は、こぎれいな女だった。
村にやって来て、隣に住むことになったといって、夫婦であいさつに来た時にもう、一目ぼれしてしまっていた。
女ひでりの村でもあった。
けれどもそれを抜きにしても、女の魅力は視るものを虜にした。
長いつややかな黒髪と、透きとおる白さをうわぐすりのように輝かせる素肌とが、
薄っすらとほほ笑む奥ゆかしさと、控えめな態度とが、
上品に装う洗練されたよそ行きスーツに、ねずみ色のストッキングに透ける恰好の良い脛とが、
血に飢えた良太の目の色を変えさせ、
彼女自身の運命も決めてしまっていた。
翌日、亭主が出勤したのを見計らって家に上がり込むと、
良太のまがまがしい意図を敏感に察した女は、うろたえ逃げ惑った。
もちろん、すぐに羽交い絞めにされ、首すじを吸われ、
ブラウスに血を撥ねかしながら、むしり取られるように生き血を吸われ、
そのうえで組み敷かれて、スカートの奥をまさぐられていった。
出来上がってしまうと、もろいものだった。
良太は女をしんそこ愛し抜き、
女はその熱情に染まるようにして、淫らに堕ちていった。
女あしらいには長けていたけれど、それ以上に情の濃さが伝わって、女を惹き込んでしまったのだ。
それが、つい昨日のことだった。
女は夫に忠実だった。
それが、いまの夫の剣幕なのだ。
勤務はよいのだろうか。彼の会社はすでに、始業後のはずなのに。
良太は夫のために、よけいな心配をした。
男は、せっかちで小心そうだった。
細い眉のあいだには困惑の翳りを宿し、目は怒りに輝いてはいるものの、臆病そうなためらいもそこにはみえた。
「あんただな!?」
男はいった。
「わしですよ」
良太はこたえた。
良太のほうが、20ばかり老け込んでいる。
年長者に対するためらいが、男の逡巡を深めているようだった。
男はしばらくためらった挙句、良太の前にひざまずくようにして、スラックスのすそを引きあげた。
淡い毛脛の浮いた脛に、濃紺の薄地のナイロン生地が、薄っすらとした翳りを帯びている。
今どきあまり見かけなくなった、紳士用のストッキング地の長靴下を履いていた。
「家内をよろしく頼みます」
男はいった。
「わたしも、献血に応じます」
良太は、男の申し出を潔いと感じた。
屈従させられた卑屈さを交えずに、こういうことを言える男は、めったにいない。
「あいつは身体が弱いんです。なので、血が欲しいときにはまず、わたしに言ってください」
「恩にきます」
良太は、男を拝むようなそぶりをして、みじかくこたえた。
そこから先は、自分の牙にものを言わせたほうが良いとおもった。
男の足許に唇を近寄せると、彼は少しばかり逡巡したが、脚を引っ込めようとはしなかった。
間近で眺める紳士用のストッキング地の靴下は、女もののそれよりも艶めかしいギラつきを帯びている。
吸血鬼どもの、もうひとつの好物だった。
ぬるり・・・と唇を這わせると、男の筋肉が引きつるのが、ナイロン生地を通して伝わってきた。
良太はゆっくりと、嚙んだ。
ちゅちゅ・・・じゅるうっ。
露骨に生々しい吸血の音に、男は顔をしかめていたが、
それでも脚を差し伸べ続けていたし、
あちこち咬みたがる良太の求めに無言で応じて、脚の向きを変えてやっていた。
片脚から靴下を咬み剥いでしまうと、もう片方も同じようにあしらわれた。
「なかなか・・・ねちっこいんですね・・・」
男は呟いた。
「家内の穿いているストッキングも、こんなふうにあしらったのか?」
「ハイ、とても愉しかった」
良太は、悪びれもせず白い歯をみせた。
「あんたの奥さんは、手ごわかった。最近では記憶がないくらい、抵抗されました。
ほら、ここに引っかき傷が――」
指し示した手の甲には、いく筋か蚯蚓(みみず)腫れが浮いていた。
けれどもその蚯蚓腫れには血の気がおよそないことを、男は冷静にも見抜いていた。
自分の足許になおも食いついて靴下を引き剥ぐのに無言で応じながら、男はいった。
「家内には、もう抵抗しなくて良いと伝えた」
ぶっきら棒な声色だったが、妻の仇敵に対する敵意は、とうに消えていた。
「だから、もう蚯蚓腫れを作る気遣いはない」
良太は男の脚から牙を引き抜くと、顔をあげた。
「でもきっと、あのひとは俺に抱かれる時、きっとあんたに遠慮するんだろうな」
「もちろん、それは期待している」
「俺も、そうであってほしいと願っている」
「あなたは、ひどい人だな」
「人妻というものは、夫に忠実であって欲しいと思うのだよ。だからこそ、値打ちの高い女だと思えるのだ」
じつは――と、良太はいった。
俺もね、十数年前に、都会からこの村に来たのさと。
あんたと同じように、妻が狙われた。
相手は、俺よりひと廻り齢が上の男だった。
ちょうど、あんたと俺との年齢差だ。
さいしょに俺が、身じろぎできないほど血を吸い取られて、
むごいことに目の前で、妻が襲われた。
妻は声をあげて抵抗したけれど、すぐにねじ伏せられてしまって、
首すじを咬まれてブラウスを血で汚しながら、生き血をゴクゴクと飲まれていった。
よほど口に合ったんだろうな。すっかり蒼ざめるほど、血を抜き取られてしまったんだ。
(いまではそれを、嬉しいことだと思っている)
そのあと、やつは妻を犯した。
俺も失血であえいでいたけれど、むごいことにまだ、意識が残っていた。
なので、そいつと妻とのなれ初めを、たっぷりと見届ける羽目になってしまった。
女あしらいに長けたやつだった。
なので、数時間も抱かれているうちに、妻は不覚にも悶えてしまったし、
俺ももはやこれまでだと、観念してしまった・・・
だから、あんたの気持ちはよくわかる。
でも、あんたの気持ちはすぐ変わる。多分――。
俺はそれからそれほど日を置かずに、やつと和解した。
咬まれた後、血管に毒をめぐらされてしまったからね。
淫らな毒――というやつさ。
(俺もあんたに、さっき仕込んでやった)
けれどもそのことで、むしろ夫婦の苦痛は取り除かれた。
俺は和解のしるしに、妻との交際を受け容れると約束した。
それ以来、やつは毎晩のように妻のところに忍んできては、
三夜に一夜は血を吸い取って、
毎晩のように妻を愛し抜いていった。
俺はその関係に、とても満足している――
妻はやつにとっても魅力的で、愛されているということだからな。
「まだよくはわからないし、分かりたいとも正直思えないが」
男はいった。
「要するに、あんたはわたしの十数年後というわけなんだな」
「そういうことになるかな」
初めて打ち解けたような苦笑が、ふたりの間に交わされた。
「靴下を咬み破られるのには侮辱を感じるけれど――」
男はなおも躊躇しながらも、つづけた。
「あんたにだったら、仕方がないような気がしてきた。薄い靴下、こんどまた履いてくる」
「嬉しいね。じつはあんたの血も愉しみに思っている」
男はくすぐったそうに、笑っている。
「もしかすると、家内の身代わりに、家内がいつも穿いている、パンストを穿いてくるかもしれないな」
「楽しみにしていますよ」
良太はしんそこ嬉し気に、笑い返している。
あとがき
久しぶりにお話しがまとまりました。 ^^;
ここんとこなかなか、途中で構想が止まっちゃうことが多くてですね。
長いことあっぷできずにおりました。。 A^^;
まあ、焦って描くこともないのですが・・・
生存証明になれば幸いです。(笑)
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