淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
人妻宅配倶楽部 ――妻・志乃の場合――
2022年08月28日(Sun) 22:18:38
はじめに
このお話は、チャットで知り合ったある方と話し込んでいるうちに構想がまとまったものです。
その方から伺った「若妻宅配倶楽部」という言葉に触発されて、こんなものを描いてみました。
なので、「宅配倶楽部」のプライオリティは、小生に属するものではないことを、お断りしておきます。
追記:いささかねたばれ。
お話の展開から、必ずしも「若妻」ではなくなったため、タイトルは「人妻宅配倶楽部」とさせていただきました。
第一話 扉の向こうの悪夢
悪夢の光景だった。
ずるをして出張先から直接家に戻った代償が、こんなに高くつくとは思わなかった。
自分の行いを、心から反省した。
インターホンを鳴らしてもだれも出なかったので、留守かと思って自宅のドアを開けた。
それが地獄に通じる扉とは、つゆ知らないで。
夫婦の寝室からうめき声のようなものが洩れてきて、何気なく足音を忍ばせ覗いてみたら――
妻の志乃がよそ行きの服装のまま、ベッドのうえにいた。
俺以外の男と。
それも、3人もの男と。
えび茶のタイトスカートに見覚えがあった。教師として中学校の教壇に立つときに、いつも着けているものだった。
ボウタイ付きの白のブラウスは確か、結婚記念日にプレゼントしたもののはずだ。
だから、ベッドのうえにいる女は、志乃に違いない。
几帳面なだけが取り柄のような女だった志乃は、いつもきちんとした服を、行儀よく着こなしていた。
ところがどうだ。
いまベッドのうえにいる女は、
黒髪を振り乱し、息せき切って、腰を大胆に振りながら、
のしかかってくる男の欲求に、自分のほうから応えつづけているではないか。
ブラウスは胸もとまではだけ、
引きちぎられたブラの吊り紐が二の腕に垂れ下がり、
あらなになった乳首は、男のうちの一人の、貪婪に吸いつけられた唇のなかにすっぽりとおさまっている。
片方だけ脚に通した肌色のパンストはふしだらに弛み、脛の半ばまでずり降ろされて、
悩まし気な足ずりをくり返しては、シーツをいびつに波打たせていた。
思わず息をのんだ時。
気配を察して四人の人間がいっせいに、こちらを振り向いた。
志乃は気の毒なくらい、狼狽した。
「ご、ごめんなさいっ・・・!でも仕方がなかったの!」
志乃の言葉に、こんどは俺が狼狽する番だった。
男どもは、こうなることを察していたかのように、強い目線でこちらのほうを見返してくる。
これは手ごわい――と、俺は思った。
「ど、どういうことなんだッ!?」
そう叫ぶ権利はあると思った。
驚きと怒りとをあらわにする俺に、男どもはいかにもそれは当然・・・という顔つきをして、
「昼間からお騒がせして、申し訳ない」
とだけ、いった。
必要なわびは入れるが、てこでも動かない――そんな態度だった。
「ここは俺の家だ。妻と話がしたい。あんたがたはひとまず、出ていってくれ」
声が震えているのをみじめだと思った。
けれども精いっぱいの虚勢に男どもは意外に素直に頷き返してきて、
「すべて我々がよろしくない。ご主人の憤慨はごもっともだ。つぐないに、精いっぱいのことはさせてもらう」
と、静かな声色でこたえた。
殺気のこもった声だ、と、俺はおもった。
志乃を組み敷いて欲望の限りを尽くしたうえに、夫には素直に振る舞う。
どういうことだ――と思う矢先、男のひとりがいった。
「こちらの弱みを白状しよう。じつは女ひでりで、困っている。
厚かましいのは百も承知だが、もう少しだけ辛抱してもらえまいか。
ここはご主人のお宅だから、もちろん家のなかにおられても差し支えない」
???
この男は、なにを言っているのだ?
もう一人の男が、いった。いかにもおだやかで、磊落そうな男だった。
こんなことには不向きな男にさえ見えた。
「気になりますよね?なんなら、覗いてもオッケーですよ。ご主人――そういうの楽しめるほうかな?」
俺は蒼白になって立ち尽くし、男どもは行為を再開していった。
声もなく立ちすくんだ俺をまえに、3人は場違いなほど恭しく俺に頭をさげたけれど、
その礼儀正しさとは裏腹に、志乃に向けられたあしらいは、がつがつと荒々しいものだった。
なぜ、あの時怒鳴り出してでも、とめなかったのか――
あとから何度もそう思ったが、
たとえやめさせたところでもう、事態はあまり変わらなかっただろうとも、その都度おもった。
ともあれ俺はその場を立ち去り、
志乃にのしかかっている男どもの気が済んで、志乃を解放するまでは、
闖入した暴漢たちに、妻を好きなようにさせてしまっていたのだった。
かすかに残る記憶では。
志乃がはだけたブラウスから乳房もあらわに悶える様子とか。
脚に通した肌色のパンストを引きむしられて、すすり泣くところとか。
気品漂うえび茶色のタイトスカートの前から後ろから、怒張した肉棒を突き入れられては、
落ち着いた色合いのスカートのすそを、淫らな粘液まみれにされてしまうところとか、
しまいにはスカードだけを着けることを許された志乃が、俺ですらしたことのない騎乗位を自ら受け容れて、
乱れた黒髪をユサユサと揺らしながら喘いでしまう有様まで、
逐一たどることができるのは――きっと覗いてしまったことの証しなのだろう。
俺は、彼らの一人のいうように、「楽しめてしまう夫」らしかった・・・
2時間後。
男どもは身なりを整えて、俺のまえに鎮座していた。
3人が3人とも、50がらみの男で――
つまりようやく30代に突入したばかりの俺よりも、ずっと年上だった。
だれもが、俺よりも逞しい身体つきで、そのうちどの一人とやり合っても俺が負ける――と容易に想像できるほどだった。
「ご主人悪りぃな、奥さんすっかり借りちまって」覗いても好い――といった、あの磊落な男がいった。
「暖かいご配慮、恩に着ますよ。ご主人いい人ですね」べつのひとりも、そういった。
ふたりとも、場違いなくらいむき出しな好意と賞讃を、俺に向けてあらわにしていた。
「ばか、失礼なことを言うなぃ」
頭だった痩せぎすな男が、配慮のなさ過ぎる仲間を鋭い声でたしなめた。
「悪りぃ悪りぃ」
さいしょのふたりは閉口したようにかぶりを振ったが、しんそこ悔いている様子ではない。
ただそこには、満ち足り切った三体の男の肉体が、みずみずしいほどの輝きを帯びていた。
とはいえ男どもは、必要以上に俺を嬲りものにするつもりはないらしく、
まるで商談でも切り出すように、来訪の趣旨を告げてきた。
「若妻宅配倶楽部 というのを知っている?
配偶者のいない男や夫婦のSEXで満たされない男に、若妻を提供するビジネスなんだ。
我々はこの事業に理解ある人妻を探し、女性スタッフとしてスカウトする業務を行っている――」
男の話は、俺の理解力、想像力を越えていた。
男はつづけた。
「奥さんとは、ふとしたことで知り合った。
私の(と、頭だった男はいった)家が、ご近所なんだ。
礼儀正しく、楚々としたたたずまいが以前から気になっていて、思い切って声をかけたのが先月のこと――」
その時からもう…下心ありありだったよな。磊落な男がちゃちゃを入れた。
根は生真面目らしい頭は、こんどは仲間をたしなめようとはしなかった。おそらく3人共通の本音だったのだろう。
「奥さんは身持ちが堅く、用心深かった。
でもふjとした折にわれわれのことを気安くお宅にあげたのが、奥さまの唯一の失敗だった。
奥さんのこと、咎めなさんなよ。
もうひとりが、あとをついだ。
「勿論その場で、犯しましたよ。
奥さまいいお味ですね。
我々はすっかり、奥さまの虜になりました。
奥さまもすっかり、我々の虜になりました。
いうなれば、相思相愛というやつです。
どうかこの甘美な果実を、われわれから取り上げないでもらいたい――」
なんという勝手な言い草だろう?と思いつつも、俺が先を促してしまったのは。
きっとあまりにも常識からかけ離れた話を聞かされて、怒りの感情が麻痺してしまったためだろう。
頭があとを、ひきついだ。
「でも、我々は奥さまにとって、たんなる一里塚に過ぎないのです。
これから奥さまには、背徳的な行脚をしていただくことになるからです。
それが、わが『若妻宅配倶楽部』の趣旨なのですから――」
「奥さまの名誉のために申し添えますが、我々と出遭うまで奥さまは、ご主人以外の身体を識らないお身体でした。
でもきっと、我々とは相性がよろしかったのでしょう。
ご主人お一方のために守り抜いてきた貞操を、
3人の男相手に惜しげもなく振る舞われた奥さまには、心から感謝しております。
我々の奥さまへの恋情をご理解いただき、楽しむひと時をお与えくださったご主人もきっと、
我々とは相性がよろしいに違いない。
このまま真相が外に漏れて、無責任な非難や誹謗中傷に奥さまをゆだねるようなことはなさらないでしょうから、
どうぞ奥さまを、当社の事業にご提供いただきたい――」
これ以上はない厚かましさを帯びた提案をすると、男たちは話を締めくくった。
お願い別れてくださいと、志乃はなん度も俺にいった。
それはお止しになった方が好いと、彼らはいった。
どうして離婚したのかといらぬ詮索をする人はどこにでもいるし、
結局はなにもかもが明るみに出て、お二人が恥を掻くだけではありませんかと。
それに何よりも――ご主人とお別れしたら、「人妻」ではなくなってしまいますからね。
貴女の商品価値が、下がってしまうのです・・・と。
男達のやんわりとした脅迫は、俺にもじゅうぶん通じた。
志乃にもそれは、わかったようだった。
少し時間をください、妻と二人で話してみますとだけ、俺がこたえると、
男どもは案外素直に、それがよろしいでしょう、とこたえてくれた。
男どもが家から出ていくと、俺は志乃にいった。
もう、すべてが手遅れなんだなと。
志乃は泣いていた。
けれども俺の問いかけには、無言だがはっきりと頷き返してきた。
志乃のブラウスは、まだ釦がふたつほど、外されたままだった。
ブラジャーを剥ぎ取られた胸もとがほんのちょっとだけ、衣類のすき間から覗いていた。
俺は無言で志乃につかみかかり、
弱々しい抵抗を苦も無く払いのけると、志乃を犯した。
何度も何度も犯した。
それが俺にできる、唯一の鬱憤晴らしだった。
第二話 娼婦と暮らす俺
翌日は土曜日だった。
俺は志乃を連れて、志乃から教わった頭の家を訪問した。
餌食にした夫婦の来訪を待ち受けていたかのように、3人とも顔をそろえていて、俺を鄭重に出迎えてくれた。
「夫婦で話し合いました。妻を、あなた方の仰る『若妻宅配倶楽部』に提供します」とだけ、俺はいった。
賢明なご判断です、と、頭がこたえた。
「ご協力ありがとう。ご主人の理解ある配慮に、心から感謝する」
志乃はよそ行きのワンピースを着飾っていた。
いつもより化粧が濃いと、俺はおもった。
「俺がうちに飼っていた売春婦を、あんたにお預けします。月曜の朝食は要るので、それまでには家に帰してください」
俺の言葉に志乃はびっくりしたようにふり返ったが、
そのときにはもう、花柄のワンピース姿は三対の逞しい猿臂の支配に落ちてしまっていた。
志乃の着ているワンピースは、まだつき合っていたころ、俺が誕生日に飼ってやったものだった。
夫婦になる前のいちばん幸せな記憶が、淫らに堕ちる――
俺はそうおもって、きょう着て行く服を選んだ志乃のチョイスを呪った。
「妻をここまで堕とすとは、たいした腕前ですjね」
もっと皮肉っぽくいうつもりが、なぜか素直に賞讃し得てしまっているのを感じた。
「せいぜいたっぷりと、かわいがってもらうと良い」
俺はそう言い捨てて、5年間連れ添った妻に背を向けた。
背後で女が押し倒される音とちいさな悲鳴、
ブラウスが引き裂かれストッキングが破ける音がした。
身体中の血液が逆流するような昂りを感じたまま、見送るものもいないその家を辞去した。
志乃が家に戻ってきたのは、月曜の明け方だった。
「たっぷりかわいがってもらえたようだな」
俺はいった。
「エエ。この身のすみずみまで、愛されてしまいました」
志乃はよどみなく、こたえた。
俺は思わずゾクリとするのを、こらえきれなかった。
大人しいだけが取り柄の、そして貞淑だっというこの女が、たった一夜で淫らな娼婦へと変貌している。
いや、そうではあるまい。
初めて落ちたというある日の白昼から、すでに妻の堕落は始まっていて、
たまたま夕べ、結実をみたにすぎないのだ。
けれども俺は、やつらに妻を売り渡して、最後のとどめを刺させてしまった。
不思議に悔いはなかった。
むしろ、正体不明のドロドロとした熱いものが、肚の奥底を焦がすのを感じていた。
それはじわじわと、俺の想いをとろ火で焙(あぶ)り、純度の高い透き通るような劣情に変わっていった。
ひととき、惨めな思いも抱えたが、
――俺は娼婦と暮らしている。
そんな感覚が、どこかいびつに心に迫った。
白い素肌に秘めた血潮を淫らに染めた女の夫は、自らの血潮も妖しく湧き立ててしまっている。
呼び出しは、頻繁に訪れた。
週に数回は、妻は着飾って支度をあとにした。
俺が居合わせているときでもお構いなしだった。
彼らはつねに鄭重だった。
俺にはじゅうぶんな敬意を払い、むしろ同好の士と見做しているような物腰だった。
志乃が「人妻」であることを重くみているらしく、志乃の主権はあくまでも俺にあると告げてくれた。
夫婦の交わりは自由だし、志乃は貴方にいままで以上によくかしづくはずだ、とも告げた。
たしかに志乃は、いっそうしおらしくなった。
もともと大人しいのが取り柄の女で、これでよく教師が勤まると思うほどだったけれど。
まるで昭和初期の貞淑妻のそれのように、楚々とした立ち居振る舞いにいっそう磨きがかかり、
俺が疲れて勤めから戻ったときのケアなどは、しんそこ心が癒される思うだった。
そのいっぽうで、夜の営みではべつな面もかいま見せた。
正常位のみで、まぐろのように寝そべって、感じているのかどうか定かでないほどの感度のにぶさが物足りなかったのに、
昼間の淑やかさとは裏腹に、声をあげ、時には叫び、大きく身をくねらせて、
感じているのを身体ぜんたいであらわにするようなあしらいに、
志乃の身に訪れる数々の淫ら振る舞いを想像する俺は、志乃の熱を伝染(うつ)されたかのように、夜ごとたけり狂うのだった。
呼び出しに応じるときの志乃は、ただひと言、「行ってまいりますね」とだけ、俺に告げて、
黙々と化粧を刷き、ストッキングに脚を通して、ハイヒールの足音をコツコツと響かせて情事に向かう。
まとう衣裳も、立ち居振る舞いも淑やかで。
けれどもいちど夜の闇にまみれると、牝の獣と化してしまう――
それが妻の日常だった。
遠ざかってゆくハイヒールの足音を耳にしては股間を抑え、脱ぎ捨てられた妻の洋服に射精をくり返す。
それが俺の日常になっていた。
第三話 特別会員の紳士
「夕べ、きみの奥さんを買った」
残業が果ててふたりきりになったオフィスのなかで。
支局長はそっと、俺にそう告げた。
「若妻宅配倶楽部 というんだそうだね?ぼく、実はそこの特別会員なのだよ」
プライベートの不祥事が職場に伝わることの悪夢感に、俺は総身に慄(ふる)えを疾(はし)らせた。
そんな俺の心中を見透かしたように、支局長はいった。
「安心しなさい。お互いさまなんだから」
低く落ち着いた穏やかな声色が、俺を本心からの安堵に導くのを感じて、
俺は妻を抱いたという上司に、ほのかに感謝の念をよぎらせている。
たしかにそうだろう。
いまは表向きだけが、よそ行きのしかめ面でまかり通る世の中だ。
社会的立場があればあるほど、部下の細君を買春した などということが、致命傷にならないわけはない。
俺は少しだけ、あの蟻地獄のような奇妙なシンジケートの仲間入りをさせられた上役に、むしろ同情の念を感じた。
あの、家内とは、どこで・・・?
訊いてはならないことを、それでも訊かずにはいられなかった。
結婚当時にも俺の上司だった支局長は、志乃とは結婚前から面識がある。
そんな見知ったどうしでの買春(ビジネス)に、俺はふと気をそそられたのだ。
お見合い写真のようにね、一人一冊ずつのカタログを持っているんだよ。
ぼくはそのなかから、なん人でも選ぶことができる。
ディープな会員ほど、大勢の女性を紹介してもらえるんだ。
ぼくはその中では――けっこう多いほうじゃないかな。
その日も彼らのうちのひとりが、私のところに「お見合い写真」を持ってきた。
もちろん、奥さんのもその中に含まれていたんだ。
ぼくはすぐに決めたよ。きみの奥さんに。志乃さんに――
相手の女性の服装を、お見合い写真のなかから択ぶことができるんだ。
ぼくが択んだのはね――ちょっと特殊な趣味なので友るしてもらいたいのだが――喪服なのだよ。洋装のブラックフォーマル。
清楚に透きとおる黒のストッキングが好みでね。
それに、喪服というもののもつ禁忌感が、たまらないんだ。
人を弔うための装いを淫らに愉しむ――そんな不謹慎な欲望の、ぼくは虜になっているんだよ・・・
そういえば。
志乃はきのう、法事に出るといって家を出た。
たしかに漆黒の衣裳に身を包んだ志乃の、丈長のスカートのすそから覗く薄墨色に染まった足許に、危うさを覚えないではなかったけれど。
さすがにそれは不謹慎だろうと、あらぬ思いを立ち入って出勤したのだ。
俺が勤めに出ているあいだ、志乃は喪服を着崩れさせながら、俺の上役と乱れあっていた。
あの薄黒いストッキングを唾液まみれにいたぶらせ、惜しげもなく引き破らせていた・・・
ズボンを通してさえあらわになる股間の昂りは、塩局長も気づいたらしい。
けれども彼は思慮深く目をそらしてくれて、そしていった。
視てみたいかね?志乃のお見合い写真・・・
そのときたしかに、支局長は俺の妻を呼び捨てにしていた――
それはたしかに、ページのすくないアルバムのような、ついぞいちども手にすることkのなかった、いわゆる「お見合い写真」の体裁をしていた。
開けてはならない扉を恐る恐る解き放つように。
俺は震える手で、ページをめくった。
アッ・・・と、息をのんでいた。
さいしょの頁があまりにも、くろぐととした意趣に満ちあふれたものだったから。
キャビネ版と呼ばれる大写しの写真のなかで。
志乃はベッドにあお向けになって、あらぬ方に目をやっている。
それはあきらかに、自宅にある夫婦のベッド。いつの間に、こんなものを撮ったのだろう。
相応の機材を持ち込まなければ、とてもこんな写りにはなるまいと、少しばかりカメラをかじった俺にも、それはわかった。
身に着けているのは、喪服。
たしかに見覚えのある黒一色の地味なスーツが、着崩れさせるとこうも妖しく乱れるのかと、俺はおもった。
そればかりか――。
はだけた喪服のすき間から、こぼれるように覗く白い肌は、真っ赤なロープの縛(いまし)めを受けて、キュッときつくすくんでいる。
漆黒のブラウスをはだけられ、その上から、身体の線があらわになるほどきつく縛られて、
太ももを横切る帯のように太いガーターは、肌の白さをいっそう際立たせ、
珠のように輝く肌には、ところどころ、灼(や)け爛れた蠟燭の痛々しい斑点が、不規則に紅く散らされていた。
目線が惑乱していると、ありありと自覚しているのに、焦げるほど強く、俺は見入ってしまっていた。
俺の変化を悦ぶように観察していた支局長は、頃合いを見計らうように、こう告げた。
「志乃を気に入った。ぼくはまた、志乃をオーダーしてしまった。きみの奥さんだと知りながら――
つぎの逢瀬は、明後日の木曜の夜。場所はきみの家をお願いした。
ぼくはきみに、明日から一週間の出張を命ずる。
いけない上司を、許して欲しい。」
許すなどとそんな・・・と、俺は言いかけた。
俺の妻を、夫である俺の前で呼び捨てにして、
そのうえこれからも妻を犯すと宣言した、仇敵のはずのその男に。
けれども俺は、自分でもびっくりするほどよどみなく、応えてしまっている。
「『若妻宅配倶楽部』に、連絡を取ります。
わたしは出張先で、彼らに誘拐されます。
そして妻を縛ったロープで身体を結わえられたまま、自宅の寝室の押し入れに、転がされてしまうのです」
どうぞ俺のことは気にしないで、妻の肉体を愉しんでください。
なぜって――だんなの前でその妻を犯す愉悦を、支局長にお届けしたいのです・・・」
支局長は、いつもの穏やかな目鼻立ちを、いっそ和ませて、俺をみた。
そして、ちょっためらうふうを見せながらも、口を開いた――
「わかっているのかな?お互いさまの意味」
え?と問う俺に、支局長はいった。
「ここに赴任してすぐのことだった。
ぼくの家内もね、『若妻宅配倶楽部』の餌食になっていたのだよ。
若妻には程遠い・・と、ぼくは遠慮したのだが。もちろんそんな遠慮は無用だと言われてしまったよ。
思い知ったよ。上には上がいるんだ。
ぼくのような始終男には、志乃のような二十代の若妻が要るように、
ぼくの家内を欲しがる年配男も、けっこうおおぜいいるんだということを」
第四話 「お見合い写真」のなかの悪夢
支局長と妻との交際を認めた俺は、何の見返りも欲しなかった。
妻に売春をさせるわけにはいかないから――というせめてもの意地が、俺のなかにもまだ残っていたというわけだ。
けれどもそのいっぽうで、報酬はすでにじゅうぶん享けている――そんな想いも、禁じ得なかった。
喪服マニアの支局長の手で、志乃の喪服は再三汚され、引き裂かれた。
そのつど洋服代を持ちたいという支局長の厚意を、俺は辞退しつづけていた。
自分の稼ぎから、他の男に玩弄されるための妻の衣装代が差し引かれてゆく。
その事実に、俺はマゾヒスティックな歓びをさえ、感じはじめていたのだった。
志乃はたいそう済まながっていた。
引き合わされる直前まで、その日の相手が夫の上司だとは、知らされていなかったのだ。
「相変わらず悪趣味だよな、あいつら」
おれはせいぜい憎まれ口をたたいたが、もとよりさほどの悪意も含まれていないことを、志乃は良く心得ていた。
「今度のボーナスで、喪服買えよ」という俺に、
「喪服のまとめ買いって、割安になるのかしら」と、志乃はいかにも主婦らしい気の廻し方をした。
まとめて買うほどに、志乃は支局長のために喪服を汚したがっている。
俺の発想は淫らに歪み、その晩妻が着けていた花柄のロングスカートは淫らな粘液にまみれて、
翌朝にはクリーニング屋行きの憂き目を見る羽目になっていた。
志乃とは、見合い結婚だった。
もともと感情をあらわにしようとしない、よく言えばたしなみ深く、悪くいえば物足りない女だっただけに、
志乃のみせたあらわな変化は、俺の日常をどぎつい極彩色の彩りをで染めた。
頭が俺のところにやって来たのは、志乃が出かけた後のことだった。
きょうのお相手は、支局長ではなかった。
彼は妻との結婚20周年を祝うため、旅行に出ていた。
見ず知らずの男と妻が、淫らなセックスに耽る。
相手の顔が見えないだけに、そうした日の妄想も、違った意味でどす黒かった。
出かけて至った志乃のいでたちは、学校に着て行く薄茶のスーツだった。
ストッキングも、地味な薄茶だった。
情事に出向くとき、志乃はいつも真新しいストッキングを脚に通していく。
獲った客への、せめてものたしなみのつもりだと、志乃は生真面目に言い訳をした。
「学校の先生だと思うぜ」
若妻宅配倶楽部のメンバーで、さいしょに志乃を犯したその男は、俺にそっと」囁いた。;
学校が聖域ではなく、教師もまた聖職などではないことを、知り抜いた声色だった。
同僚とセックスするときに、いつも学校で見慣れた服装を要求する。
何と歪んだ欲求だろう。
それに応える志乃も志乃だったが――もはやそれは、いつもの日常になり果ててしまっていた。
あんた、知ってるだろ?
男はいった。
自分の女房を宅配倶楽部のスタッフにすると、ご褒美をもらえるの。
「ご褒美」とは、支局長が部下の妻をモノにするような類のことだと、容易に察しがついた。
俺は無関心を装って、「知っている」とだけ、みじかくこたえた。
無造作に投げ出されたものに俺が息をのみ、震える掌で扉を開こうとするのに、数秒とかからなかった。
アッ・・・と、俺は絶句し、我を忘れ、息をのんでいた。
さいしょの頁があまりにも、極彩色の悪意に満ちあふれたものだったから。
キャビネ版と呼ばれる大写しの写真のなかで。
豪奢な黒留袖の襟首をおし拡げられ、もろ肌をあらわにしているのは、ほかならぬ――母の弘美だったのだ。
結婚式帰りを襲った。
ちょうど、あんたの従弟の結婚式があっただろう?
さすがはあんたの親だ。
お父上、何年もまえから、うちの会員でね。
自分の娘くらいの女に血道をあげて、ケツを追いかけること追いかけること・・・
大枚はたいて加入したから、だれも文句は言わなかったけれど。
あのどん欲さには、あきれたものさ。
ほれ、あんた六、七年前に、何度か見合いしたことあるだろう?
あの時の娘どものほとんどは、親父に抱かれた女だったのさ。
危なかったな。
すんでのこと、あんたは自分の親父に処女を捧げた女を、嫁にする羽目になりかけたんだからな。v
だからその息子であるあんたの奥さんを堕落させたときにも、あまり同情は感じなかったのさ。
いまでも、好いことをしたと思っているよ。別bの意味でな。
もうすっかり、あんたは俺たちの仲間だからね――
なのでご褒美に、その女を紹介するよ。
そのうちあんたの親父、志乃に毒牙を突き立てかねないからな。
・・・さきに姦ったもん勝ちだぜ・・・?
あとがき
前編はこれで終わります。
後編をつぎにあっぷします。
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