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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

血を絶やすには・・・

2006年07月30日(Sun) 18:10:21

「餌だ。好きにするがいい」
氷室専務が連れてきたのは、制服姿の若いOL。
水色のチェック柄のベストに濃紺のスカートという服装は、
艶やかな黒髪以外すべてが初々しい彼女によく似合っていたけれど。
大きな黒い瞳はまっすぐに見開かれて。
ワナワナと身を震わせながら、初対面のはずの男を見つめている。
専務はあくまでも、冷酷だった。
「なんなら、死なせても良いのだぞ」
そっけなく言い放つと、女を置いて部屋を出ていった。
素早く鎖された扉の向こう。
冷静な足どりがコツコツと、早くも遠ざかってゆく。

女はひっ、と呻いて、男のほうから飛びすさる。
男が詰め寄ろうとすると、素早く身を翻して、壁を伝って、
なんとか獣との距離を作ろうとしたが、
もちろんかなうはずもなく、追い詰められて。
しっかりと、捕まえられてしまった。
男は慣れた手つきで女の首をねじ上げると、
青白い静脈の浮いたうなじの肉に、無表情に食いついた。
アアッ!
絶望的な悲鳴。かすかな抗い。そして、静寂。
しずかになった女を放すと、
うなじからすすーっ、と、音もなく。
血がひと筋、伝い落ちていった。

「すんだのか」
いつの間にか、専務が舞い戻ってきている。
タイつきブラウスの胸がかすかに上下をしているのを見て、さもつまらなさそうに、
「吸い尽くしても、よかったのだぞ」
「由来を聞いていない」
男はあくまで、ぶっきら棒だった。
その声色の奥に隠しようもない満悦が秘められているのを見抜いて。
専務はフフッ・・・と、かすかな嘲りを洩らす。
それを横っ面で受け流して。
男はタバコに火をつける。
女から思う存分血を吸って、死なせたところで。
どうせさいごまで始末をさせられるのは、自分なのだ。
あくまで手を汚そうとしない、卑劣な男。
けれども彼は、血に飢えた体に若い女を提供してくれる、またとないパートナーでもある。

「で、用件は?」
こういう活きの良い餌を携えてきたときは。
必ず、きな臭い仕事を持ってくる。
感情を込めないで。事務的に処理してきた仕事の数々を。
男は二度と記憶に戻そうとはしない。
幸か不幸か。
専務の依頼した標的は、多かれ少なかれ人非人のような奴らばかりだった。
しかし、こんどばかりは違うようだ。
「なるべく殺めない・・・そいつがあんたの信条だったね?」
試すような、人のよくないこいつの作り笑いを、男はなによりも嫌っていた。

言いつけられた用件は、かんたんだった。
血筋をひとつ、絶やしてほしい。
いざ用件を切り出すときに。
専務の言葉はひどく明解だった。
亡くなった前会長には、まだ若い遺児がいた。
前会長の保有していた株式の大半を受けついでいて、現社長の政権を脅かすことのできる、ただ一人の存在。
いまの社長は、専務のかいらいである。
専務は前会長の娘婿だったのだが。
それゆえに、すぐの社長就任を避けたのである。
なかなか用心深い、策士であった。
「亡き会長の息子、ユウスケくん。夫人の冴子さん。それに会長の未亡人の珠代さんにも、あんたに会っていただく。
  会長のあとを追っていただくもよし。もっと違うテで、社会から抹殺するもよし。お前の腕は信用しているからな。
  どうだね?いい話だろう?良家の子女を牙にかけることができるのだぞ」
ぬるりとした顔で、こちらを覗き込んでくると。
つい、ぶっきら棒に遮っていた。
「ひとつだけ訊く」
なんだ、とあごをしゃくる様子は、飼い犬が主人にたてをつくつもりか、といいたげな倣岸さをもっている。
「あんたの奥方も、そのことは知っているのか」
「未亡人のこと以外は、な」
専務の口調に、嘘はなさそうだった。
「じゃー、わかった。一週間以内に・・・な」
男は、専務から逃れるようにして、部屋をあとにした。

「よく来たね、ゆっくりしていってよ」
ユウスケは訪いを入れた男に気さくに話しかけ、手を取るようにして邸のなかに招じ入れた。
ゴシック調の大邸宅。
会長の遺した遺産は見るからに、若いユウスケには不似合いだった。
「ここに住み込むことになったんだって?」
「エエ。専務の命令でしてね。警護がわり・・・だそうです。
  ご迷惑のかからないように、離れに住まわせていただきますよ」
離れは母親の弓枝の住まいだったのだが。
会長の死去がこたえたのか、先月あたりから体をわるくしている。
もっと身近に面倒をみるために、どのみち母屋に引き取るつもりでいたんですよ。
ユウスケの妻のミチルがにこやかに告げた。
慎ましげに、親しげに、こちらに向けられる視線から。
ちょっと目をそらしてしまっている。
お気の毒ですな・・・
つい洩らしたひと言は、けっして演技ではなかった。

障子越しに、影が立った。
「あの。失礼いたしますが・・・」
落ち着いた年配の女の、遠慮がちな声。
ユウスケの母の静代だろう。
きのうは体調が悪くて臥せっているということで、対面は遠慮したのだが。
ユウスケとどこか似通った声の響きで、すぐにそれと察しがついた。
「ああ・・・お母様ですか?どうなさいました」
地味な柄の着物姿の静代は、古風な婦人らしく物腰柔らかに丁寧な礼をしてきた。
じつは忘れ物をしてしまいまして・・・
飛んで火に入るなんとやら・・・だ。
男の不吉な本能が、そう囁いた。
押し入れの奥の、ちょっと分かりにくいところですの。あちらはお使いにならないと聞いたので、整理が間に合わなくて。
老女はくどくどと言い訳をしたが、言葉遣いはあくまでも丁寧で、雅びですらあった。
ついていった小部屋の住みにある押し入れにかがみ込んでいる静代のえり足をじいっと見つめながら。
男は、ふうっ、とため息をつく。

障子の奥から。
あっ、何をなさいます・・・
驚く声は小さく、庭先までしか届かなかった。

昨日とおなじように。
ユウスケはにこやかに、男を洋間に招じ入れた。
男が口許から血をしたたらせているのを見ても、顔色ひとつ変えなかった。
ユウスケの首すじにも、おなじようなしたたりが赤黒い痕をつけている。
「母は苦しんだのですか?」
遠慮がちに、そう訊ねると。
―――なるべくお苦しみのないように、してさしあげましたよ。
ああ、そうですか。
ユウスケは、遠い目になっている。
来てくれたのが貴方で、なによりだったかも。
意志の弱そうな瞳の光が、そう語っているようだった。

父の遺産は私にとって、重圧いがいのなにものでもないのですよ。
子供でもあれば・・・もうすこしがんばったかも知れませんが。
それでも、どこかに限界はあったでしょうな。
あのどん欲な義兄や姉に、所詮かなう勝負ではないのですよ。
そうなるまえに、私の精力が尽きてしまいましたし。
どのみち、父一代で。亡びる家系だったのでしょう。
どうせ亡びるのなら。そう。貴方のいうように・・・そうしてもらいましょうか。
そう、語り終えると。
ユウスケは洋間の向こうを見やった。
半分開いたドアの向こうが、夫婦の寝室になっている。
あちらに、いちばん美味しい獲物が待っていますよ。
そう口にしたときだけ。
悪戯っぽい上目遣いを、子供のように輝かせる。

妻が愛したのは私ではなく。社長一族という家柄だったのです。
だからすすんで、私以上に乗り気になって。こんなご提案を容れたのでしょう。
さあ、どうぞ。ご遠慮なく。できればぞんぶんに、愉しんでください。
あれの終生の思い出にもなりましょうから。
この期に及んで、令夫人の貞操をどうこうされるのは。
もっといやな気分のするものだろう・・・と思ったのですが。
久しく耳にしていない、あれのはずんだ息遣いを思い描くと。
かなり、ドキドキする気分です。
最初はね。
義兄は、親子ほど年が離れているくせに。
あの家内のことを狙っていたのですよ。
家内が誇り高い女だったので、いまでも彼女は私しか知らない体ですが。
娼婦になるわ。
夕べ家内は、そんなふうに私に告げたのですよ。
いとも、愉しげに。
あの晩は。
とうとう体のつながりは持てなかったのですが。
ひと晩寝ずに、いたわり合っていたんです。
もしかすると。
夫婦として想い合えたのは、夕べが初めてのことなのかもしれませんね・・・

帰宅した専務は、あまりの成り行きに頬を紅潮させていた。
もちろん怒りに・・・である。
社内の騒動を取り静めるのに、表ざたにしないために、ひと通りの苦労ではなかったのだ。
朝の社内通用門を入ったすぐのところ。
出勤してきた誰もが通り過ぎるロビーの広間で。
ユウスケの妻が半裸のあられもない姿で。
あの男と、戯れていたのだから。
関係者の制止を振り切って。
あらん限りの痴態を尽くして。
そのあとで。専務の薄汚い所行を、端から端まで語りつくして。
陥穽に落ちて専務の寝室に取り残されそうになったきわどいシーンももちろん、虚実取り混ぜて語られたのだ。
いつもの慎み深さをかなぐり捨てた、あばずれ女のような大声で。
きょうの出来事はなによりも、
策士である妻の耳に入れて、相談しなければならなかった。
「おい。マサヨ、いるか・・・?」
紅潮していた専務の顔が、こんどは蒼白になっている。
「お・・・おいっ・・・?」
専務の叱声は、妻にではなく。妻に取りついている男に向けられていた。
手遅れのようだった。
男は早くも、口許にぬらぬらとした血潮を輝かせている。

血統を絶やせ・・・というご命令でしたな。
だとすると。
ほかならぬ貴方の奥方も、標的に含まれるのですよ。
奥方がいなくなっても。
遺産はそっくり、あなたのもの。
すべて辻褄は、合うことになりますな。
今回頂戴したかたがたは、まだご存命ですよ。
かなり、酔い酔いになっておいでですが。
ですがもう、胤を宿すことはありません。
私の胤・・・であれば。また別の話ですがね。
あなたに、お子さんがいらっしゃらなくて、何よりでした。
娘さんなら、ご自身に。
息子さんなら、花嫁に。
胤をつけてでも、血統を奪う。
それが、われらの流儀ですからね。
先方の姑さんと花嫁御寮は。
ご本人ともども、かわるがわる。そっくり頂戴しましたが。
奥方の血はいま少し、愉しませていただくとしましょうか。
悪女の血、なかなかの味ですから・・・。


あとがき
デカダンな若当主の邸を舞台に、ちょっとダークなお話になりました。^^;
悪役の専務がさいごに皮肉な思いを・・・というところが唯一、救いでしょうか。^^
それにしても、うちでは悪役が多いですな。専務。
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