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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

通勤用の靴下に魅せられた吸血鬼

2022年09月10日(Sat) 01:09:53

はじめに
煮詰まりの第三弾です。^^;


門春貴美也は、うつ伏せに組み敷かれていた。
相手の男は貴美也のスラックスを引き上げて、ふくらはぎに咬みついている。
昨日息子を襲っていた吸血鬼だった。
この街では吸血鬼が出没するとはきいていたが――まさか自分の身に降りかかる災難だとは、うかつにも思ってもみないでいた。
夕べ吸血鬼は、半ズボン姿の息子を抑えつけて、ハイソックスのうえからふくらはぎに咬みついて、血を啜り取っていた。
相手が自分の血を吸い終えると息子は人目を避けるように足早に立ち去ったが、
貴美也はそんな息子に声をかけることができなかった。
あのときの息子の、ウットリとした表情が忘れられなかった。

勤め帰りの貴美也は、丈が長めの靴下を履いていた。
黒地に赤のストライプの入った、凝ったデザインだったが、
吸血鬼はきのう息子にしたのと同じように、
貴美也の履いている靴下を咬み破りながら吸血していた。

ゴク、ゴク、ゴク・・・
男は喉を鳴らして、貴美也の血を旨そうに飲み味わっている。
同時に、貴美也の靴下を破るのも愉しんでいるらしく、
さっきからあちこちと角度を変えてくり返し咬みついては、
赤のストライブ柄の靴下を、持ち主の血で濡らしてゆく。

「あんたは、靴下が好きなのか?」
貴美也は思わず、訊いていた。
男が無言で強くうなずくのが、気配でわかった。
「息子のときも――ハイソックスを咬み破っていたな?」
「すまなかった」
男ははじめて、口をひらいた。
「こういうことが好きなものでね・・・」
ひっそりとそうつぶやき返しながらもう一度、男は貴美也の脚を咬んだ。
血がジュッと撥ねて、またも靴下を濡らした。
「どうしてこんなひどいことをするんだ!?」
貴美也は訊いた。
このままでは死んでしまう――とは、なぜか思わなかった。
相手の男は貴美也の血を愉しんではいたが、殺意は感じなかった。
「俺は人間の血が要りようなのだ。気の済むまで飲ませてくれたら、ありがとうを言ってお別れしたい」
勝手な言い草だ――貴美也は毒づいた。
「ごもっともだ。弁解の余地はない」
男は貴美也の靴下を舐めた。舌触りを愉しんでいるかのような、しつような舐めかただった。
――生命のあるうちに放してもらえるのなら、お礼に別の靴下を履いてきてやろうか?と、ふと思った。
むろんそんな歪んだ想像は、すぐに打ち消したけれど――
男はなおも、靴下を舐めている。
靴下に着いた血を舐め取って、舌触りを愉しみながら味わっているらしい。
いじましいことをするやつだ。 貴美也はおもった。
けれどもどうやらそれは、貴美也の生命を危ぶむ気持ちからそうしているらしい――と、ふと察した。
男は純粋に、貴美也の血を飲み味わい、履いている靴下を舌で愉しみたがっているだけのようだった。
しばらくの間、吸うものと吸われるものとは互いに葛藤しながら、
それでも吸わせることを、吸うことを、無言の押し問答のようにつづけていた。

せめて、息子のことを襲うのはもうやめてほしい、と、貴美也は懇願した。
――お気持ちはごもっともだ。
吸血鬼の声色には、同情がこもっていた。
どうやらそれは、本音らしい。
わしも人間だったころ、息子の血をほかのやつに吸われたからな。
吸血鬼は、ひっそりといった。
そうなのか?
そうなんだ。
息子さんは・・・?
親子ながら、吸血鬼となっている。
「俺も吸血鬼にするつもりなのか?」貴美也は訊いた。
「わしにそこまでする力はない。だが、あんたや息子さんを死なすつもりもない。
 ただ、くり返し恵んでいただきたいだけだ」
男はまたも、貴美也の靴下を舐めた。
しつようないたぶりに弛みを帯びたナイロン生地に、濡れた生温かい舌が愛でるようになすりつけられる。

迷惑だ――貴美也はいった。
男はかまわず貴美也のふくらはぎを吸い、なおも靴下に唾液をなすりつけた。
良い趣味だな。と、吸血鬼はいった。
なにが・・・?と訝しむ貴美也に、
いまどき珍しい、お洒落なタイプだと、男はほめた。
靴下の柄をほめているのだと、やっとわかった。
からかうな――貴美也はやり返した。
そうむきになりなさんな。わしは本気で、ほめている。
這いまわる舌が、薄地の紳士用靴下を、みるみるうちに皺くちゃに弛ませ、ずり降ろしてゆく。

男が貴美也の履いている靴下を気に入っているのは、どうやら本音らしい。
舐めかたにも、咬み破るときの牙の使い方にも、靴下を愉しんでいる気配をありありと感じた。
おぞましい――と、貴美也はおもった。
しかし――たしかにおぞましくはあるのだが・・・と貴美也は反すうした。
反すうの先にある闇の深さを初めて自覚して、意識がくらくらとなった。
失血のせいで、理性が変調をきたしている――貴美也はそう思い込もうとした。

もう少しだけ、愉しませてもらいたい。
好きにしろ――貴美也は自棄になったようにつぶやき返した。
ご厚意に感謝する。
男はにこりともせずに、こたえた。
厚意じゃない――決して厚意などではない。
貴美也はおもった。あくまでもこれは、強いられたことなのだ。
自分の履いている靴下に目の色を変えて、男が物欲しげに唇を、舌をふるいつけてくるのを、
貴美也はだまって耐えた。
丈の長めの靴下は、舌のいたぶりに耐えるように、しばらくの間はピンと張りつめていたが、
やがて淫らを帯びた舌なめずりに蕩かされるようにして弛んでずり落ちて、
吸血鬼の舌が分泌するよだれと持ち主である貴美也の血潮とで、濡れそぼっていった。

もう気が済んだだろう――?
貧血にくらつく頭を抱えながら貴美也が苛立たしげに囁くと、吸血鬼はやっと彼の足許から顔をあげた。
初めて目を合わせたその男は、蒼白な頬をゆるめて、ゆるやかにほほ笑んだ。
険しい顔だちには不似合いな目つきの穏やかさと、口許から滴る鮮血とが、ひどく不似合いにみえた。
「この靴下を譲ってほしい」
「好きにしろ」
投げやりにこたえた貴美也の足許から、片方、もう片方と、靴下が抜き取られていった。
吸血鬼はわざわざ、履き替えを用意してくれていた。
落ち着いたらこれを履いて、家に帰るとよい。
そう言い残すと、吸血鬼は煙のように夜の闇に溶けた――

貴美也の手に残された履き替えの靴下は、ひどく生地が薄かった。
まるで女の穿く黒のストッキングのようだ――と、彼はおもった。


終わりを告げようとする夏の夕風が、一抹の涼しさを過らせて吹き抜けた。
オフィスから出てきた貴美也を待ちかねたように、男がぬっと立ちはだかり、その行く手を阻んだ。
また来たのか――貴美也は内心、あきれている。

あれ以来。
男は三日にあげず貴美也の勤め帰りを襲って、血を啜るようになった。
息子に手を出すのをやめてくれるのなら――と、せがまれる吸血に渋々応じるようになって、
きょうでもうなん度めになるだろう?

幸い貴美也は自分の服の始末は自分ですることにしていたので、
通勤用の靴下の減り具合に、妻の美津代は気づかずにいた。
器用な男だった。
貴美也が抵抗さえしなければ、ワイシャツの襟首を汚すことなしに、首すじからの吸血をし遂げることができるのだった。
夜道で行き会うとふたりは数秒だけ目を合わせ、
貴美也がもう逃れられないと観念して目を反らすと、プレイが始まった。
男は貴美也の背後に回り込み、首すじを咬んで、ワイシャツの襟首を濡らすことなく吸血を遂げる。
手近なベンチに貴美也を腰かけさせると、スラックスのすそを引き上げて、
貴美也の履いている通勤用の靴下を、舌をふるって愉しむのだった。

きょうの貴美也のくるぶしを染めていたのは、さいしょの夜に逢った時手渡された、ストッキング地の長靴下だった。
脚に通すのが恥ずかしいほど薄い靴下は、やがて貴美也を魅了した。
いままで気に入りだったストライプ地の靴下と半々に履くほど愛用するようになっていた。
じんわりとした光沢を帯びたストッキング地の靴下は、貴美也の足許を、蒼白くなまめかしく染める。
濃紺のストッキングなど、女性でもなかなか脚に通さないだろう。
しいて言えば、夜の街の娼婦たちが、派手すぎるロングスカートの裾から、
抜身の刀を抜くように、青黒く装った脚線美をぬるりとさらけ出す――そんなときくらいしか、頭に浮かばなかった。
男に咬まれるのを予期しながら濃紺の靴下を脚に通すたびに、
貴美也は自分がまるで女のように、彼のために尽くし始めているのを自覚した。

その夜貴美也が穿いていたのは、黒の薄地の靴下だった。
男はずっと、貴美也の血を求めて、事務所の間近を徘徊していたらしい。
同僚の視線を気にしながらも、貴美也は手近な公園の手近なベンチへと、すすんで腰を下ろしていった。

「どうやら、息子の血はあきらめてくれないらしいな」
貴美也はいった。
男はこたえずに、引き上げられたスラックスのすそからのぞく薄黒く染まった貴美也の脛に、執着しつづけている。
靴下もろとも脚を辱める――そんな“前戯”ともいうべき行為を、男はひどく好んでいた。
貴美也はお洒落な靴下を好んでいたが、男は貴美也の履く靴下をいたぶることを好んでいた。
劣情にまみれた舌をふるいつけられながらも、プライドだけは失うまい――そんなふうに感じていた。
その半面で。
貴美也の履いてくる靴下の柄を趣味がよいと褒めながら舌をふるいつけてくる男のために、
せっかくだから愉しませてやれ。
そんな気持ちもわき始めていた。

薄地の靴下を咬み剥がれてゆきながら、貴美也はふと思う。
きっとこいつは、女好きだ。
そして貴美也のストライプ柄の靴下をよだれに濡らしながら咬み破ってゆくときと同じくらい愉し気に、
きっと近々、学校教師をしている貴美也の妻にも挑みかかっていって、
タイトスカートのすそから伸びたふくらはぎに取りついて、
あの肌色の薄地のストッキングを咬み破ってしまうのだろう――と、想像した。
それでも良い。
失血のあまり意識が揺らぐのを心地よく感じながら、貴美也はおもった。

そう感じ始めてから、一週間と経たぬうちに。
すっかり血を抜かれた貴美也の傍らで。
あわてふためくスーツ姿の足許ににじり寄った吸血鬼は、
肌色のストッキングに包まれたふくらはぎの一角に唇を吸いつけて、
淑やかな装いの主の悲鳴を、くすぐったげに受け流していった。
息子は今ごろ子供部屋で、真っ白なハイソックスに血をあやして、気絶しているに違いない。
いや、案外と――
意識を薄らげてゆく父親の目を盗んで、自分の母の受難を目にすることで、思春期に目ざめ始めようとしているのかもしれなかった。
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