fc2ブログ

妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

美人局

2006年07月30日(Sun) 22:13:07

「お願い。これ以上は許して。処女のまま、お嫁に行きたいの」
女が哀願するのはいつものことだ。
蛭田はあやすように女を撫す手をとめないでいる。
辛い涙は、やがて甘さを滲ませて。
女の理性を流し去ってくれるはず。
ところが。
こんどは見当ちがい・・・だったらしい。
女は、しんけんだったのだ。
「お願い。お願い」
蛭田のしつような吸血にもめげず。
息も絶え絶えになりながら、哀訴をくり返す。
口調は弱々しくとも。
語勢は却って、力を増したようだった。
・・・しまったな。
白布に落とされた一点のシミのように。
後悔がかすかに、胸を刺した。
刺し傷は、時間の経過とともに。
もう、なすすべもなく、深みを広げていく。
こうなると、蛭田は弱い。
ほんのちょっとの淫ら心に火をつけて。
互いに快楽をむさぼるのは愉しくとも。
自分のしたことで相手がちょっとでも傷ついた。
そう感じると。
とめどもなく、だめになっていってしまう。
甘く哀切なものの漂っていた密室は、とうに空気を変えていて。
蛭田はけんめいになって、泣き崩れる女を慰めにかかっている。

「・・・で。どうだったの?」
「どうだった・・・って?」
蛭田は浮かぬ顔をして、奈津子の傍らで横っ面を向けていた。
「ハルミちゃんはめでたく、処女のまんまお嫁にいきました・・・とさ」
ホホホ・・・
投げやりになった蛭田の口調が、よほどおかしかったらしい。
ころころと、くすぐったそうに、じつに小気味よげに。
奈津子は椅子からのけぞり落ちんばかりにして、笑い崩れていた。
「そんなに笑うこと、ないじゃないですか。(((ーー;」
取り残されたような気分になった蛭田だが。
あのとき女に謝罪して、清いまま別れたその記憶は。
なぜか揺りかごのなかで心地よく揺られている赤ん坊だったころを思い出させるような、甘い懐かしさに包まれている。
それにしても。
どうしてこんなことまでべらべらと・・・
あぶないなぁ・・・と予感しながらも。
誘いをかけてきた奈津子の口車にまんまと乗って、
過去の悪事をべらべらと喋ってしまった自分を責めても、もう追っつかない。

RRRRR…
蛭田の家に電話がかかってくることは、あまりない。
それも、真夜中を少しまわった時分。
奈津子に飲まされたテキーラが、まだ頭のなかをぐるぐると回っている。
処女さんとの思い出、大切にね。あたしこれから約束があるんだ。
と。
いともかんたんに、振られてしまったのだった。
そりゃ、そうだよな・・・
あんな話を自分のまえでしみじみ語るような男と、ベッドを共にするわけがない。
と、さすがの蛭田でもわかっている。
それでも奈津子の蛭田への由来不明な情念が、まだ身辺にまとわりついているのを、彼の本能はなんとなく、感知している。
だからてっきり、奈津子からの電話だと思った。
「蛭田くん?いまホテル。迎えにきてくれる?」
にべもなく別れておいて。
そんな電話を平気でしかねない女なのだ。
寝ぼけ眼で起き上がり、受話器を取った。
声の主は、奈津子ではなかった。
くぐもるような、ひそやかな声。
もしもし?あたし・・・憶えてる?
もう何年も逢っていないのに。
先刻の話題の主だと、すぐにわかった。

そのあとの展開を、どう考えたらいいのだろう?
考えるよりも先に、行動がすべてに優先していた。
電話、かわるわ。
挨拶もそこそこに、代わって受話器をとったのは。
彼女の夫の沼居だった。
ハルミから聞いたよ。あいつの血をずっと吸っていたんだって?
ェ・・・(-_-;)
旧悪をあばかれるのか。
とっさにした警戒は、無用のようだった。
沼居はあくまで穏やかだった。
「まぁまぁ。昔のことだし。べつに怒ってはいないから・・・
  それよりも、よくガマンしたな。ハルミ、処女だったぞ」
お礼をしたい気分だよ。
そういうと、沼居はちょっと口ごもる。
生唾を呑み込んでいるのが、気配でそれとわかった。
蛭田をずきっとさせたのは、そのあと洩れた彼の言葉だった。
ハルミを、抱いてくれないか?

最近、夫婦生活がマンネリでね。
あいつがほかの誰かに抱かれるところを見れたら・・・なんて。
妙な話だろ?
でも不思議と、そういう会話をすると、燃えるんだよ。
会話だけじゃもの足りなくなっちゃってね。
誰か、信用のおけるやつはいないかって。
さいしょは口ごもっていたくせに。
堰が切れた、というのだろうか。
恥ずかしい願望を平気な口調で、すらすらと語りはじめている。
沼居とは部署も違うし、顔をあわせることもほとんどない。
そんな関係の薄さに、却って気安いものを覚えるのだろうか?
いずれにしても蛭田は、飛ぶような速さで約束のホテルへと向かっている。
一日の通常業務が終わるのがこれほど待ち遠しかったことは、このごろ絶えてないことだった。

来ていたのは、ハルミだけだった。
「挨拶なんかやめて」
ハルミはひたと蛭田を見据えている。
服装も。髪型も。
あのころとはうって変わって、落ち着いた雰囲気を漂わせている。
娘から、妻になった。
そんな変化が、惻々と伝わってくるのだが。
くたびれいてる・・・
そんなふうに感じるのは、なぜだろう。
ほつれたおくれ毛が。憂えるような目じりが。
なにかを蛭田に、訴えていた。
そんな蛭田におかまいなく。
かれの前、女はそそくさとブラウスを脱ぎ始めている。
即物的なまでの振舞いに、夫の願望が妻には無理だったのでは・・・蛭田はとっさにそう思う。
しぐさのひとつひとつに、無理が感じられるのだ。
昔、おもしろ半分に手を出した女。
婚約しているときいて。
それでも、処女の血をむさぼるチャンスは、手放しがたいほど貴重だった。
さいごの一瞬、処女を守ろうとして。
聞いている蛭田がすっかり決まり悪くなるほどの心情を吐露した彼女に、一抹の人らしい愛着を覚えたものだったが。
いま人妻となった目のまえの女は、あまりにも現実的な行動に出ようとしている。
ねぇ・・・
声をかけようした、そのときに。
すっ・・・、と差し出されたのは。
ヘビのようにしなやかにくねる脚だった。
地味なベージュ色をした無地のロングスカートをむぞうさにたくし上げると。
ふくらはぎを包む肌色の薄いストッキングが、かすかに波打っていた。
瞬間、蛭田の理性はかけらもなく、消し飛んでいた。

服は汚さないで。
女はみじかく、囁いた。
ブラウスを取り除けて。
うなじを吸って。
いぜんあれほど親しんだ清冽な芳香は、今はどんよりと澱んだ熟れた濃密さに変化している。
腰はとうのむかしに、ひとつに合わさっていた。
まるで過去にいくどもそうしていたかのような、自然さで。
女経験も、それなりにあるとはいえ。
醒めたものが終始、蛭田のなかにわだかまり続けている。
すぐ傍らで作動しているカメラのせいだけではない。
こんな安直な・・・
相手への想いがなまじ深かっただけに。
淡い失望が、蛭田を興ざめさせている。

・・・・・・!
頭の上から、冷たい氷の柱を。
まるで胸に打たれた杭のように覚えていた。
ない。ない。ない!
鞄のなかに、たしかに忍ばせておいたのだが。
ぴかぴか光る、オレンジ色の円盤。
あのなかに秘められた情報は、決して洩らしてはならぬもの。
なのに・・・
冷静になりきれない記憶を辿ったけれど。
もどかしい記憶の糸は、あのホテルの一室で断ち切られていた。

―――面白いものが、手に入ったの。
未知の女の声が冷ややかに、耳朶を打つ。
―――なぁに?
鮮やかに刷かれたルージュが、おもむろに白い歯を覗かせた。
―――さぁ・・・当ててみて。
声はあくまでもいたぶるように、たたみかけてくる。
―――切るわよ。忙しいの。
受ける女の声の、冷たく尖った落ち着いた声に。
受話器の向こうはちょっと狼狽したらしい。
―――ほんとに知らないの?
―――さぁ、なんのことかしら。
嘲るのは、こちらの女の側になり始めている。
本末転倒よ。そう言わんばかりに。
未知の声は初めて、苛立ったような妍をみせた。
―――蛭田さんからね。お預しているのよ。CDを一枚・・・
―――そう・・・
―――中身は、まぁまぁ…あなたの部署も、乱脈なことね。外に出たら、まずいんじゃない?
フフン。
得意になるときと。相手を哂うとき。
鼻を鳴らすのが、女の癖。
―――で、どうしてほしいわけ?
―――そうねぇ・・・三日間、時間をあげる。私がどうして欲しいか考えて。
電話が切れた。
女は初めて苛立たしげに首を振って。
カツン!
もっと苛立たしげに、ヒールのかかとを鳴らした。
かっちりとした脚を包んでいるのは、かすかな光沢を帯びた、濃紺のストッキング。
「私。蛭田くんを呼んでくれる?」
鳥飼女史は不機嫌そうに、ちかりと金縁のメガネを光らせた。

蛭田を迎え入れると。
いつになく、女史は優雅なしぐさで、席をすすめた。
遠慮する蛭田をソファに腰かけさせて。
自分はゆっくりと、向かいの席に腰をおろす。
濃紺のストッキングの脚を、これ見よがしに優雅に組んで。
かすかにくねる、流れるような脚線美が、光沢をきらりとよぎらせる。
あたかも、研ぎ澄まされた刀身のように。
「誰と寝たのかしら?」
もうこれだけで、じゅうぶんだった。

夜の街。
繁華街から離れた一角は、まえも見えないほど暗い。
街灯は切れて点かなくなっているし、足許には時折、
おりからの風に吹き寄せられた新聞紙が、足元にまとわりつく。
女はそんなことも苦にするふうもなく。
ひたと前を見つめて、歩みを進めてゆく。
ふっ・・・と、カーテンがおりるように。
女史のまえ、白いものが舞い降りてきた。
イブニングドレスか?と見まごうほどに。
優雅な白い衣裳を着た女。
お嬢さんのように両肩に流した黒髪が、濡れるような艶を放っている。
「通してくれる?」
女史の声が尖ったのは。
相手に、ただならぬものを感じたから。
そう。電話の主などとは段違いに鋭く、閃くものを。
「さぁ・・・」
女は、ひとごとのように、横っ面で受け流す。
「あなたじゃないことはわかっているけれど。邪魔するつもりなのかしら?」
まるであの世から響いてくるような声色だった。
―――邪魔してみたい気はするけれど。
冷たく鎖されている口許から、言葉だけが幻のように、洩れてくる。
―――そんなことしたら、あの子がかわいそう・・・よね?
ぴかぴかと光る、オレンジ色をした円盤。
女はまるでフリスビイでも愉しむように。
女史に向かって、投げてよこした。
「いいの?」
あんまりつまらない手だったから。組みする気になれなかったの。
あの子のほうが、はるかにましだもの。世間の評価は、どうだか知らないけれど。
感謝するわ。
女史はいいたくもない、というように。
口を「へ」の字にしながら、そういった。
「それをいちばん、聞きたかった」
女はにんまりと笑むと。にわかに唇が、薔薇色を帯びた。
そうして、うって変わって。
お嬢さんのように淑やかに一礼すると。
フッ・・・と、幻のように、かき消えている。

うー。うー。
沼居は縛られたように、身動きできなくなっている。
けれど、彼をいましめる縄もロープも、目にすることはできない。
どうやらこれが、金縛り、というやつらしい。
朝になったら解けるわよ。
白衣の女は嘲るように、沼居の頭上に言葉を浴びせた。
あなたが奥さんに言わせた欲しいもの・・・って。何だったのかしら?
もういちど、蛭田に奥さんを犯してほしい?
本当は、そうなんでしょ?
だいじょうぶ。安心して。
奥さんもきっと、おなじ気分よ。
だって。あなたあのとき・・・
さいごのひと言は、ハルミに向けられたものだった。
女が消えると。
沼居は声をひそめて、
なにがあった?あの女はなにを言おうとしてたんだ?
妻を問い詰めた。
ハルミはフッと、あきらめたような、投げやりな口調になって。
ヤッちゃったのよ。彼と。
えっ。それはお前・・・
しないって約束だったろ?なんのために催眠薬、持っていったんだ?
そんなことは、いえた義理ではなかったが。
彼の書いた筋書きとは微妙にちがう、別のストーリーを妻は描いていたらしい。
ヤツは、来るのか?本当に・・・?
せっぱ詰まった口調の夫を憐れむように。
さぁ。どうかしら。来たら・・・そうね。私も貴方といっしょに、ぜんぶ血を吸ってもらおうかしら?
ハルミは優しい妻の口調を取り戻している。

「か・え・し・て・あ・げ・な・い」
困り果てた蛭田の前。
女史はオレンジ色の円盤を、器用にもてあそんでいる。
「中身も、み・ちゃ・っ・た」
そ、それは・・・どうか。中身は、プライバシイのしんが・・・
よく言えたわね。
ぎらりとブッソウに光る、そんな女史の目線に出くわすと。
蛭田の抗議は意気地なく、止まってしまう。
「貴方の華麗な過去が、これ一枚に♪」
あああああああ!
内容まで告げられると。もう蛭田はぼろぼろだった。
「貴方は増やしていく。奈津子は減らしていく。どうなってるの?あなた達」
女史は、真顔になっている。
えっ・・・?
と、思う間に。
傍らから綺麗な白い手が、スッと伸びた。
「この人の恥は、わたしの恥。返していただきます」
キリッと結ばれた口許に。女史は初めて、相好を崩した。
「閲覧は役員室かぎりにしようかと思ったけれど。岬さんなら、管理できるわね」
奈津子のことを苗字で呼ぶと、じゃあこれは、あなたに。と。
円盤を、奈津子の手に渡してやった。
「面白いわよ~。とっても。でもあんまり、怒らないでね♪」
青くなったり赤くなったりする蛭田の顔を横目にしながら。
ふたりは同僚の女の子みたいにはしゃいでみせる。
「それから」
女史は改まった顔で、蛭田を見つめる。
「内容を精査したところ。
 当部の女性で特定できるのは、岬さんひとりだけ。どうするの?蛭田くん?
 わが社では社内恋愛はご法度になっているはずよ?」


あとがき
「美人局」と書いて、「つつもたせ」と読みます。
内容は・・・もうみなさんよくおわかりですね。^^
ちょっとちゃちなお話になってしまいました。
苦手なんです。陰謀もの。
結論がお気に召したかどうか。皆様のご意見をお待ちしています。^^;
前の記事
ちょっとだけ、再あっぷ
次の記事
血を絶やすには・・・

コメント

美人局♪
美人が3人でも美人局なのかしら。
柏木さんらしい欲張りなお話でしたね。
鳥飼女史の大岡裁き♪
奈津子さんの陰の実力♪
肌を許して格落ちした感のあるハルミさんと
勝ち誇ったようで実は情けない沼尻さん。
題名通り男性二人は振り回されっぱなしなのが
ちょっと可愛そうでした。

今回もやっぱり鳥飼女史が一番♪だと思いましたわ。
by 祥子
URL
2006-08-01 火 00:23:31
編集
>祥子さま
(不)自信作への書き込み、ありがとうございます。^^
今回はひさしぶりだったので、オールスター・キャストにしてしまいました。
ちなみに白衣の女性は行方をくらました例の女秘書さんなのです。^^
わかるかな?

沼居夫婦はお互いに格落ちした感じですよね。
結婚前はあんなに輝いていたのに。
そんなところを、蛭田と逢うハルミの描写で表現してみました。
男ふたりは振り回されっぱなしです。
相手が悪すぎです。(笑)

美人局、コトバの美しさで迫っていただけましたね♪
本来の意味はご承知のとおり、「女をだしに誰かをわなにかけること」です。
女が誘う。男が乗る。油断したところで、コワい兄ちゃんが出てきたり、モノを盗まれたり・・・なんて類ですね。
お話のなかでは、失敗するケースが多々あるようですが。
どちらにしても、くわばら、くわばら。でございます。^^;
by 柏木
URL
2006-08-01 火 06:26:00
編集

コメントの投稿

(N)
(B)
(M)
(U)
(T)
(P)
(C)
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
http://aoi18.blog37.fc2.com/tb.php/417-f719fcd6