淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
正義のヒーローに退治されながら生き残った、怪人のその後
2023年09月12日(Tue) 22:09:39
正義のヒーローに退治された吸血怪人がいた。
ふつう怪人が征伐されると爆発を起こして四散してしまうのであるが、
幸か不幸かこの怪人は爆発を免れ生存してしまった。
しかし、使命を果たせなかったことから悪の組織からは破門され、路頭に迷うことになった。
妊婦や幼児を連れた母親、それに病気の老女の血を吸わずに見逃していたことも露見して問題視されたのだ。
目にした女はことごとく襲って生き血を吸うことが彼に課せられた任務だったのだ。
飢えた怪人は切羽詰まって、路頭で一人の女性を襲った。
勤め帰りのOLだった。
そのため傷害罪で逮捕され、刑務所にぶち込まれることになった。
食を欲すればそれだけで罪になる。
怪人は必死になって、人間並みの食事を覚えようと努めた。そうでなければ餓死の運命が待っていた。
どうにか人間並みの食事を摂取できるようにはなったものの、
人の生き血を飲まなければこの人造人間の身体は急速に衰え死に至ることまでは変えられなかった。
いっそ死んだ方が良い――と思っていたところ、
またもや幸か不幸か、怪人は模範囚として刑期を短縮されて出獄することになった。
人間並みの食事を摂取することから、再犯の危険なしと判断されたのだ。
俺を野に放つのはまずい、終身刑を果たしたいと怪人は主張したが、手続きの関係で予定通り出獄させられた。
刑務所には1人だけ、親切な看守がいた。
彼は人間の血を欲する怪人の欲求に理解を示し、時折自分の指をナイフで傷つけて、怪人に血を吸わせていた。
怪人がどうにか所期の能力を維持できたのは、彼の血のおかげだった。
行き場のない怪人の身を案じて、看守は自分の家に彼を引き取った。
看守には30代の妻と、10代の娘がいた。
「2人にはよく言い聞かせてある。でも私にとっては大切な家族だから、どうか手加減してもらえないか」
怪人は、吸血した相手を洗脳することができた。
看守も少しばかり洗脳されてしまっていたので、こんな破格の善意を示してくれるようになったのだが、
まだ血を吸われていない身体のままで夫の言を信じた妻や、両親の言いつけに従った娘が立派だった――ともいえるだろう。
引き取り先となった看守の自宅では、一夜にして、妻も娘も吸血された。
2人の女は、自分たちの血が怪人の喉を愉しませるのを悦ぶ身体になってしまったし、
看守もまた、服を血に染めながら横たわり怪人の意のままにされてゆく妻や娘の甘美な受難を目にすることに、性的な歓びを覚えるようになっていた。
この3人の心の中では、自分たちが不幸になったという実感はまるでなかったのである。
怪人は看守の妻を自分の愛人どうぜんにあしらっていたが、看守はそれに対して苦情を言い立てることはなかった。
むしろ、怪人に愛されることで、自分の妻が生き延びられる見込みを持ったことに、安心しているようすだった。
怪人は看守の妻をまじめに愛した。
性欲を発散するだけの掌と、自分の身に真心を込めてくる掌とが違うことを、彼女はよくわきまえていた。
夫に対しては、切羽詰まった欲求に応えるすべも身に着けていたが、
怪人からは労りと慈しみに似た感情を帯びた掌を当てられることを、むしろ悦ぶようになっていった。
さいしょは寄る辺のない身の上に同情して意に染まぬセックスの相手をするだけの関係が、
心の通い合う文字通りの「情交」になってゆくのを、彼女はせつじつに感じていた。
怪人は夜中に夫婦の寝室を冒すことはあえてしなかったが、
看守が出勤していくと、送り出したその妻の首に腕を回して家の中に引きずり込んで、
もうたくさん!と言わせるまでスカートの奥を汚す行為をやめなかった。
そのうち看守も、怪人が夜這いどうぜんに夫婦の寝床に侵入してくるのを妨げずに、
自分の欲求を散じてくれた妻が時間差のある輪姦を遂げられてしまうのを、悦んで目にするようになっていた。
しかし、いつまでも看守一家の恩情にばかり甘えているわけにはいかなかった。
彼の必要とする血液は、看守や女2人から摂取できる血液量を、はるかに上回っていたためだ。
看守は娑婆に戻った怪人が「お礼参り」をしないかと恐れていた。
「そんなことはしない」と、怪人は誓った。
あくまで自分の催淫能力の虜になったものだけを餌食にして生きていくつもりだった。
彼の催淫能力には限界があって、だれでも彼でも誘惑できるわけではなかった。
まず手始めに、悪の組織に所属して任務を遂行していたころに餌食にした女たちを物色した。
彼女たちが、いちどは彼に洗脳された「実績」の持ち主だったからだ。
看守の家を出て数日が経っていた。
道行く人たちを無差別に襲うことだけはすまいと誓って出たのだが、
彼によって吸血の被害を受けた女性たちはほとんどが転居してしまっていた。
牙にかけた女性はたったの1人だった。
彼女はキャバレーのホステスで、かつて怪人が「現役」だった時、未明になった帰り途を怪人に襲われ餌食にされたのだった。
怪人の思惑に外れて、彼女の身体からはすでに「毒気」が去っていた。
いきなり襲った相手が本気で抵抗してきたことで、すぐにそれとわかった。
あわてて手を引っ込めようとしたときに、女は怪人の顔を見、相手の正体に初めて気づいた。
「なあんだ、あんたか」
女はそういって、紫色の派手なドレスをたくし上げ、太ももをさらけ出した。
「おやりよ、あんただったらかまわない」
女は怪人の魔力の影響を免れていたが、彼が女性の太ももに好んで咬みつくことはまだ憶えていた。
怪人は有無を言わさず彼女を抑えつけ、太ももに喰いついた。
ウッ・・・
女は甘くうめいて、生き血を吸い取られていった――
引きずり込まれた草むらのなかから身を起こすと、
女ははだけたドレスをむぞうさにつくろって、いった。
「服を破らないでくれてありがとね。何せ商売道具だからね。時々だったら声かけなさいよ」
明日は仕事の日じゃないから、少し多めに吸わせてあげるといった彼女の頬は、蒼かった。
自慢じゃないけど、気に喰わない男には身体を許したことなんか一度もないんだ――
女はわざと聞こえるように言い捨てて、ふらふらとよろけながら、通りに戻っていった。
ホステスの身体から摂った血が彼の干からびた血管から消えかかった、その日の夕刻。
怪人は薄ぼんやりとなりながら、とある大きな家の前に佇んでいた。
背後で、ハッとして脚をすくめる気配がした。
怪人が振り向くと、ピンクのスーツを着た若い女が1人、立ちすくんでいる。
かつて襲ったことのある、社長令嬢だった。
「現役」のときには人質に取って、アジトのなかでは度を重ねてうら若い血を愉しんだ相手だった。
たしか、父親が社長をしている中堅企業に勤めていたはずだ。
お互い見つめ合った目と目の間に、敵意はなかった。
「入りなさいよ」
女は言い捨てるようにして、インタホンを鳴らした。
「はい・・・」
インタホンの向こうから聞こえる落ち着いた声に、女はいった。
「あの時の吸血怪人さん、来たの。ママも逢うわよね?」
母親とは初対面だった。
けれど彼女は、娘を襲った憎い怪人との対面を希望していた。
ひと言詰ってやりたかったのだ。
誘拐事件のおかげで、娘の縁談が破談になっていたためだ。
「娘の将来を台無しにして、どういうことなのかしら!」
母親は土間から怪人をあげようともせずに、詰問した。
力づくならかんたんに籠絡できるはずの母親相手に、オドオドと接し、ぶきっちょに謝罪の言葉まで口にする怪人に、娘は好意を持った。
「ママったら、そうムキにならないでよ。私にしてみれば感動の再会よ。
このひと、外であたしを襲って服を破いたりしたら近所の評判になると思って、ガマンして家の前で立ちんぼしてたの」
娘は怪人が昼間からずーっと外で待ちぼうけしていた怪人の本意を見抜いていた。
あの時のお見合い相手はその後別の女性と結婚したが、とんだ暴君でおまけに放蕩者だった――と娘は打ち明け、怪人を笑わせた。
久しぶりに、心から笑った気がした。
「勤め帰りのきちっとした服装、お好きだったわよね?」
娘はそういうと、怪人を自室にいざなった。
ここなら多少着衣を乱されても問題じゃない。
声さえあげなければ、ご近所の評判にならないから。
娘の囁きが怪人の耳たぶに暖かく沁みた。
遠慮しいしい咬み入れた首すじは以前と同様引き締まっていて、ほとび出る血潮の美味さも変わりなかった。
「ドラキュラ映画のヒロインに見えるかしら?」とおどける娘に、「すごく魅力的だ」とこたえて抱きしめていた。
知らず知らずお互いの唇を求めあって、重ね合わせていた。
娘が貧血を起こして畳のうえに倒れると、彼女の下肢に覆いかぶさって、ストッキングを穿いた脚に舌をふるいつける。
薄いナイロンのなよなよとした感触が、唇に心地よかった。
ストッキングに裂け目を拡げながら、自分のふくらはぎに牙を埋めてくるのを、娘はウキウキとしながら許していった。
往きがけの駄賃というわけではなかったが、母親も餌食になった。
リビングに降りてきた怪人が娘から吸い取った血に唇を浸しているのを目にした母親は、「人でなし」と罵った。
けれども、娘の安否を確かめようと母親が自室に入ると、
貧血を起こした娘は服を部屋着に改めて、伸べられた布団の上にちゃんと寝かされていた。
折り目正しいことを何よりも重んじる母親は、「礼儀は心得ていらっしゃるのね」と、気色を改めた。
「ママ、この小父さん――あたしの血だけじゃ足りないみたいよ」
娘はイタズラっぽくウィンクをした。
母親は大仰に吐息をついて、怪人にいった。
「お好きになさいな」
つぎの瞬間、痺れるような痛みが、社長夫人の首のつけ根に走った。
これと同じ痛みを、この娘(こ)はなん度も愉しんでしまったのだなと彼女はおもった。
怪人の持つ洗脳能力によって酔わされていると自覚していながら、
女は自分の血液を侵奪してゆく男の掌を、ブラウスのうえから取り除けることができなくなっていた。
したたる血潮がブラウスのえり首から入り込んでブラジャーを生温かく濡らすのを感じながら、
娘が吸血されるとき、自分の服を濡らして台無しにしてしまっても構わないと思ったのももっともだと感じ始めていた。
40代後半になろうとしている分別盛りの年配なのに、年ごろの娘のようなときめきを抑えきれなくなっていた。
自分の気持ちが若返ったことにほろ苦い歓びを感じながら、
社長夫人は娘に続いて、パンストを引き裂かれショーツを荒々しくむしり取られるのを許してしまっていた。
朝になるとこの家のあるじである社長が出張先から戻ってくる――という母娘の手で、怪人は追い立てられるようにして家を出た。
母親は、忘れた頃におととい来なさい――と、拒んでいるのか受け容れてくれるのかわからないことを言った。
娘のほうは、母親の言い草のあいまいさをはっきりさせるように、「待ってるから」とハッキリ言った。
いまの縁談がだめになったら別のくちを考えるわ、とも言ってくれた。
その日の朝に洗濯機に投げ込まれた娘のショーツが初めての血で濡れているのを、母親は見逃さなかった。
つぎの訪問先が夕刻になったのは、なんとかその家だけは立ち寄るまいと逡巡したせいだった。
夕べ訪れた社長の邸宅に比べると、古びているうえにふた周りも小さい一軒家だった。
そこは、堅実に暮らすサラリーマンの家だった。
バタバタと急ぎ足の小さな足音がした。
怪人が目を向けると、そこにはその家の息子が佇んでいた。
初めて襲った時と同じ、半ズボンに白のハイソックス姿だった。
「え?来たの?」
息子は目を見開いて怪人を見た。
「脱獄?」
「残念ながら、刑期が短縮になったのだ」
「それって、良かったってことじゃない」
「わしの身の上をわかっているだろ・・・」
怪人はさえない声で呟いた。
ああそうだね――と息子は、まだ幼さの残る声でこたえた。
彼は、怪人が人の生命を奪うのを忌んでいることを知っていた。
「殺人罪じゃなくて傷害罪だったから良かったんだね」
息子は晴れやかにそういった。ボクだって勉強してるんだよ――と言いたげな口ぶりがほほ笑ましかった。
「婦女暴行も絡んでいるから、厳罰だったがな・・・」
怪人はそう言いかけて、言葉を飲み込んだ。子供にまだきかせる内容ではないと思ったからだ。
「ここに来たってことは、血を吸いたいんだろ?
ボクで良かったら、いいよ」
少年はハイソックスを履いた脚を、怪人のほうへと差し伸べた。
目のまえで怪人が、母親の穿いているストッキングを嬉しそうに咬み破るのを見ていた少年は、
男が長い靴下を汚しながら吸血する変態趣味の持ち主だと知っていた。
「ここでかい?」
「へえ~、周りの目を気にするんだ。進歩したじゃん」
少年は無邪気に声をはずませて、怪人をからかった。
少年に対する吸血は、路地裏で実行した。
真っ白なハイソックスに着いた血のりが赤黒いシミを拡げてゆくのを、少年は面白そうに見おろしていた。
「だいぶ体力がついたようだな」
怪人がいうと、
「もともと強い子だったけどね」
と、少年は負けずにこたえた。
逃げた人質を庇おうとして少年が機転を利かせたおかげで、正義のヒーローの到着が間に合ったのだ。
「だから、仕返しに来たのかとおもった」
「そうではないが・・・」
口ごもる怪人を見て、少年はアハハと面白そうに笑った。
少年は、怪人が家のまえでためらっている理由に心当たりがあるようだった。
「待ってな、母さん呼んできてやるよ」
怪人が心から望む再会をかなえてやるとあっさり口にすると、
少年はさっきと変わらぬ急ぎ足で、バタバタと自宅に駆け込んでいった。
10分ほどして、少年の母親が路地裏に現れた。
人目を気にしぃしぃ玄関から出てきたのを、怪人はよく見ていた。
この家で長いこと主婦をやっていかなければならない彼女にとっては、近所の評判がどうしても気になるのだろう。
「息子から聞きました。仕返しにいらしたの」
真顔になっている母親を前に、怪人はうろたえた。
なんということだ。ちっとも伝わっていないではないか――と、怪人は切歯扼腕した。
そうじゃなくて・・・と言いかけると、ムキになった顔つきが可笑しかったのか、母親はクスッと笑った。
「そういってからかってやれば面白いって、ショウくんが言うから――」
と、母親はいった。
あの子にはやられ放しだな――怪人は本音でそう呟いた。
「お時間あまりないの。子供たちに晩ご飯食べさせてあげないといけませんので――」
うちの人もそろそろ帰ってくるし、家にあげてあげることもできなくてごめんなさいね、と、母親はいった。
そして、穿き替えてきたばかりらしい紺のスカートをめくって、肌色のストッキングに包まれた太ももを、怪人の前にさらけ出した。
「悪いね、奥さん」
「うちの子がご迷惑をかけたので――あうッ!」
太ももに食い入る牙の鋭い痛みに、母親は言葉の途中で声を失った。
初めて噛まれたときの記憶が、いちどによみがえった。
あのときもこんなふうに、ストッキングもろとも食い剥かれていったんだっけ――
母親は反すうした。
あのときもこんなふうに、
スカートたくし上げられて、ふだん穿きのショーツを視られたのが恥ずかしかったんだっけ――
あのときもこんなふうに、
ショーツを引きずり降ろされて、お外の空気ってこの季節でも意外に肌寒いのねなんて、のん気なこと思ったんだっけ――
あのときもこんなふうに、
ハァハァと血の匂いの交じった息を嗅がされて、キスを奪うなんてひどい、うちの人としかしたことないのにって思ったんだっけ――
あのときもこんなふうに、
ショウくんややよいちゃんや私の血の匂いだから、決して嫌な匂いじゃないのよって、思おうとしたんだっけ――
あのときもこんなふうに、
主人に悪い悪いって思いながら、いつもより大きなモノを突っ込まれて、思わずドキドキしちゃったんだっけ――
あのときもこんなふうに、
絶対こんなのダメよって思いながら、いつの間にか怪人さんの背中に腕を回してすり寄ってしまっていたんだっけ――
あのときもこんなふうに、
このひと私の血を美味しそうに吸ってるなって、ちょっと嬉しい気分になっちゃったんだっけ――
あのときもこんなふうに、
もぅ、なん回姦ったら気が済むのよ、そんなに私のこと気に入っちゃったの?なんて、いけないことに夢中になってしまったんだっけ――
――そして怪人は、若い母親が自分の凌辱に酔ってしまったことを、とうとうだれにも打ち明けなかった。
「あなたも逢ってあげなさい!」
母親に送り出されて招び入れられた路地裏で、
やよいちゃんはピンクのブラウスに血を撥ねかせながら、柔らかい首すじを牙で冒されていた。
座り込んでしまったやよいちゃんを後ろから優しく抱きしめながら、怪人は首すじから唇を離そうとしなかった。
新鮮な血潮が自分の喉だけではなくて、心の奥底まで暖めるのを感じていた。
咬まれる前やよいちゃんは、母さんやショウ兄ちゃんの血に濡れた牙を見せつけられたけど、怖いとは思わなかった。
むしろ、家族の血を帯びた牙にあたしの血も混じるんだなってほっこりとした気分になるのを感じた。
このひとがもっと兇暴だった時にいちどだけ吸われた体験が、やよいちゃんの心を柔らかく和ませていた。
咬まれるのはちょっと痛かったし、血を吸われるのは怖かったけれど、
怖がる自分を怪人が終始なだめすかして、なんとか落ち着かせようとしてくれたのを、やよいちゃんはまだ鮮明に憶えていた。
子どもたちが食卓に顔を合わせた時、母親はまあとあきれた顔になっていた。
息子は血に濡れたハイソックスをそのまま履いていたし、
娘はやはり、えり首に血の撥ねたピンクのブラウスをそのまま着ていたからだ。
怪人が私を誘拐したときといっしょだ――と母親は思い出した。
ショウくんは赤く濡れたハイソックスを見せびらかすようにして、
ボクたち、あの小父さんの仲間にされちゃった――と言って、彼女が気づかないうちに背後に立った怪人を指さしてくれたのだった。
「父さんに見られたらどうするの」
咎める母親に、息子はいった。
「父さんに内緒にするのは良くないよ」
そういう母親もまた、みるもむざんに食い剥かれたストッキングをまだ穿いていた。
「やよいはいいなぁ、首すじ咬んでもらえて。やっぱ吸血鬼っていったら、首すじだよね?」
ショウ兄ちゃんがそういうと、
「お兄ちゃんだって、ハイソックス濡らしてカッコいいじゃん。
母さん、晩ご飯終わったらやよいもハイソックスの脚を咬んでもらいたいけど、いいよね?」
やよいまでそんなことを言い出した。
そうね・・・そうね・・・
失血で蒼ざめた母さんは、首すじにもふくらはぎにも、いくつも咬み痕をもらってしまっていた。
それらのひとつひとつがジンジンと好色な疼きを素肌の奥にしみ込ませて来るのを、どうすることもできなくなっていた。
背丈の違う肩を並べた兄妹を前に、怪人は2人を代わる代わる抱きしめた。
遠目にそのようすを見た母親は、あの人は血だけじゃないのねと、改めて思った。
いつもの夫の、ただ自分の性欲をぶつけてくるだけのセックスではないものを、怪人は短時間のうち、彼女の膚にしみ込ませていった。
やよいの穿いている白の縄柄のハイソックスがいびつに滲んだ血のシミを拡げてゆくのを見守りながら、
子どもたちの番が済んだら私がもういちど相手をしよう――と決めていた。
「なんてことだ!」
帰宅した亭主は、神妙に正座してすべてを告げる妻を見おろし、不機嫌そうに怪人を睨みつけた。
「あんた、この前で懲りて服役までしたんじゃないのか??」
亭主の怒りはもっともだった。
そういうえばこのひとにだけは、まだ謝る機会がなかったのだと怪人は思い出した。
いまさらながら・・・と頭を下げる怪人と、そのすぐ傍らで正座の姿勢を崩さない妻を等分に見て、亭主はいった。
「いちばんよくないのは――」
その後を口にしようかどうか、ちょっとだけ逡巡したが、帰宅そうそう咬まれた痕に疼きを覚えると、そのまま吐き出した。
「家内や子供たちを、家の外で相手をさせたことだ。うちにも近所の評判ってものがある・・・」
それは私がいけなくて――と言いかけた妻を亭主は制して、いった。
「これからは、ちゃんと家にあげてお相手しなさい」
返す刀で、亭主はさらにいった。
「あんたもあんただ。家内を口説きたかったら、こんな時間ではなく昼間に来なさい」
おれはそういうところを視る趣味はない――と、亭主はいった。
その晩、夫婦の交わりはいつにもまして濃く、
彼女は久しぶりに満ち足りた刻を、相手を変えて2度も過ごすことになった。
いったい、なん人”征服”したのだろう?
看守夫妻とその娘。
キャバレー勤めのホステス。
社長夫人と令嬢。
サラリーマンの一家4人。
それ以外にも。
刑に服する前に襲った勤め帰りのOLは、彼の出所を聞きつけて、婚約者を伴ってやって来た。
彼も納得しているので、私も仲間に加えてくださいと、彼女は懇願した。
彼女の体内には、初めて咬まれたときに植えつけられた淫らな衝動が、まだ色濃く残留していたのだ。
婚約者は自分の未来の花嫁を襲った牙を自らの身体に受け容れたうえ、
最愛の彼女の純潔をあきらめるという譲歩をしてくれた。
ただ――彼女が「初めて」を捧げるところは見届けたいと懇願した。
婚約者の処女を奪って欲しいという破格の申し出を、受け容れないわけはなかった。
秘められるべき「初めて」を共同体験したいという彼の本心を見抜いた怪人は、彼の希望に快諾した。
花嫁は華燭の典でまとうつもりだった白のストッキングを血に染めて、
「素敵・・・凄く素敵・・・」とうわ言をくり返しながら、
花婿の目の前で彼のことを淫らに裏切りつづけた。
人生最良のはずのその日に、花婿はもうひとつの災難に見舞われた。
披露宴がはねた後、独り身で自分を育ててくれた母親まで牙にかけられてしまったのだ。
若い身空で夫に死別した彼女は、怪人相手に青春を取り戻すために、嫁の身代わりを務めると言い、
自分の喪服姿を花嫁衣裳代わりに提供し、怪人に黒のストッキングの太ももをゆだねるようになった。
社長令嬢はその後、吸血怪人を自宅に引き入れたのが明るみになって家を出され、縁談も破談になりかけた。
けれども、縁談の相手は彼女に手を差し伸べた。
たまたま彼は、自分の母親をかつて怪人に襲われた男性だった。
「お母さんを殺さないで」という懇願を聞き入れてくれた怪人が、
「きみの婚約者をモノにしたい」懇願するのを、彼は素直にも受け容れた。
裁判のときにも彼は出廷して、「いうことをきく相手には終始親切だった」と、怪人に有利な証言をしていた。
そんな彼のことであったので、結婚を前提に交際中の彼女が吸血タイムに耽るのも、
おそらくはそのあと淫らな情事に発展しているあろうことも、すべて察しをつけながらも、
婚約者が怪人と交際を重ねることに嫌悪を抱かず暖かく見守りつづけていた。
社長夫妻は娘を許し、2人は晴れて結婚――
「お母さんの黒留袖姿を襲いたい」という卑猥な欲求さえも、花婿は好意的に叶えてやった。
感動の再会に、新郎の母親は感涙にむせび、見て見ぬしてくれた夫に感謝しながら、あのときと同じように脚を開いていった。
人知れず妻と娘を食い物にされたことにさいしょはご立腹だった社長もいまでは、
「堂々と来るなら、許す」と告げて、
自分の妻を目当てに時おり自宅を襲いに来る怪人に、もはや悪い顔はしないという。
俺には世界征服なんて、どだい無理だった――と怪人は思う。
けれども彼の「征服」したおおぜいの人の血が、自分の生命を支えてくれる。
彼らのことを守るのが、俺の新たな任務なのだ。
怪人はそう誓った。
その後の彼は、社長の運転手として雇われた。
運転手としては社長の再三の危機を救ったし、
悪だくみをしていたころに培ったデータ管理能力は、スパイの危険に曝された特許を守った。
社長から得た給与で、キャバレーを追い出された女を自分のもとに囲って養うようになり、
女はそのころに着た派手なドレスを、1着1着惜しみながら男の手に引き裂かせていった。
激務で健康を害した看守には、いまの会社に再就職の途を開いてやった。
出獄後初めて相手をしてくれた看守の妻と娘には、格別な愛着を感じていた。
看守の妻は家事の合間を縫って怪人の家を訪れて、奥さんに気兼ねしながらも激しく身をくねらせ呻き声をあげていったし、
娘のほうもまた、処女を奪われたことを口先では恨み言を言いながら、学校帰りの制服の裏に秘めたうら若い肢体を弾ませていた。
ふたりはキャバ嬢あがりという怪人の妻に分け隔てなく親しんだので、
時には男1人女3人での戯れに、時を過ごすこともしばしばだった。
いちばん悩みの多い時を迎えたのは、サラリーマンの一家だった。
パートに出た妻はその容貌のおかげでさまざまな誘惑にさらされたが、怪人の存在が不心得な男どもを遠ざけていった。
いじめに遭ったショウ兄ちゃんを救い、美しく成長したやよいちゃんには性の手ほどきをした。
さいごのひとつは、同等に言えることではないけれど――
いまでも週に一度は怪人に抱かれている母親が、たっての願いでそうしたことは、
きっと彼との情事がそれほど良い――ということなのだろう。
サラリーマンをしている亭主も、自分勝手な性の日常を反省して、妻を怪人に奪われないように思いやりのある夫になりつつあるという。
歪んだ形ではあるものの。
怪人は彼らのなかで、「正義のヒーロー」になっていた。
あとがき
凄く長々としたお話になりました。 苦笑
昨日あっぷをしたお話は、春頃から構想して書き溜めていたやつを仕上げてあっぷしたものですが、
これは久々に、入力画面にじか打ちで書き上げたものです。
案外こうするほうが、すんなりまとまるのかも知れませんね。(笑)
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