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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

吸血怪人を家庭に受け容れた男

2023年09月12日(Tue) 22:10:30

ぁ・・・う・・・
吸血怪人に背後から抱きすくめられて、篠浦恵子は顔をしかめてうめいた。
厚ぼったい唇が歪んで、白い歯をかすかに覗かせている。
引きつったおとがいのすぐ下に、男の唇がヒルのように吸いついていて、
唇に覆い隠された鋭利な牙が彼女の素肌を抉るのを視界から遮っている。

咬みついた瞬間飛び散った血が、恵子の着ている空色のブラウスのえり首を濡らした。
唇のすき間から洩れた一条の血が、そのブラウスのえり首から胸もとへとしたたり落ちて、彼女のブラジャーを濡らした。
透けない生地のブラウスに遮られて外からは見えなかったが、恵子は黒のレエスのブラジャーを着けていた。
毎晩のように彼女との交わりを遂げようとする夫を悦ばせるためではなく、
今夜訪れると予告してきた怪人のために着けたブラウスでありブラジャーだった。

唇が、素肌のうえをせわしなく、蠢いている。
ぴったりと密着した唇が大きくうねるたびに、
恵子の血がひと掬(すく)いずつ、飢えた怪人の喉の奥へと送り込まれるのだ。
襲われはじめたさいしょのうちこそ、身の毛もよだつ想いだった。
いまでも、生命の危険と背中合わせのこの「遊戯」に恵子の胸は不吉に騒ぐのだが、
いまでは、彼女の生命の源泉をひたむきに需(もと)めてくるこの唇を、いとおしくと感じるようになっている。

彼女は腕をだらりと垂れて、とうに抵抗をあきらめていた。
手向かいに対応する必要のなくなった男の腕は、彼女の豊かな身体を、想いを込めてしっかりと抱きすくめている。
切実に慕う恋人を抱くときの力の籠めかたが、恵子の胸を強引に過ぎず緩すぎもせずに、ほど良く締めつけていた。
貧血を覚えた恵子は、ひざから力が抜けるのを感じた。
恵子は姿勢を崩して、赤いじゅうたんに膝を突いた。
肌色のストッキングに包まれた膝だった。
そのストッキングさえ、愛人を悦ばせるために脚に通しているのが、いまの恵子だった。

そのまま身を横たえてしまうと、
彼の関心がそのまま自分の下肢に向けられるのを恵子は感じた。
生温かい唇がストッキングのうえから太ももに圧しつけられるのがわかった。
薄手のナイロン生地ごしに、なまの唇が露骨に蠢き、唾液をヌルヌルと粘りつけてくるのを、ありありと感じた。
もの欲しげで、好色な唇だった。
その唇がまだ、30代半ばを過ぎたこの女の、熟れた血潮を欲している。
「破かないで・・・」
恵子はうめいたが、願っておきながら男が彼女の言を容れないことを知っていた。
ストッキングを穿いた婦人の脚に好んで咬みつくのが、彼の習性だったから。
そしてそうする前に、いやというほどいたぶりを加えるのも、彼の習性だったから。
男の牙が恵子の皮膚を突き通し、生温かい血潮がストッキングを浸すまで、かなりの時間が経った。
刻が過ぎる長さは、自分の情夫が彼女の装いに満足し、愉しみ抜いた証であることを、すでに彼女は知っている。
足許をゆるやかに締めつけていたナイロン生地が緊張を失い、裂け目を拡げるにつれて頼りなくほどけてゆくのを、
彼女は小気味よげな含み笑いで受け流すことができるようになっていた。

貧血が理性をより深く惑わせるのを、恵子は感じた。
見えるのは天井と、視界の隅に滲んだ近すぎる頭髪――
パンストを片脚だけ脱がされて。
スカートは腰までたくし上げられていた。
ショーツは自分で、引き裂いていた。
「欲しい・・・あなたが、欲しい・・・」
はしたないお願いを声をあげて発してしまったことに、かすかな羞恥をおぼえた。
けれども、それが本心であることを、言葉を発することでより強く自覚してしまったのも確かだった。
声を発したことが、却って恵子の激情に火をつけた。
「ああっ、お願い!犯して・・・私を犯して!うんと苛め抜いてちょうだい!」
想いの赴くままに、声はしぜんと彼女の口を突いて出た。
あなたがいけないのよ・・・
さんざ淫らな言葉を口にしてしまいながら、恵子はおもった。
恵子が声をあげることは、夫の希望だったのだ。


「怪人と逢っているのだろう?」
夫の唐突な問いに、恵子は言葉を失った。
「彼」とは、誘拐されて以来始まった関係だった。
あのときは、いっしょに囚われた息子の機転で首尾よく彼女は救出されたが、
一夜を共にする間、身を揉んで嫌がる身体を開かされて、怪人の一物を受け容れてしまっていた。
いちどならず、なん度もくり返される吶喊に、しだいしだいに身体が反応し始めるのを、どうすることもできなかった。
厳重な包囲のなかにあって、突入をためらう当局や夫たちをよそに、彼女の操は破られ、汚され、淫らに変えられていった。

正義のヒーローに撃破された怪人は、悪の組織からも破門されたと聞いた。
どうやって生きていくのか。どうやって血を得るのだろうか?と、ふと思った。
もちろんその時点では、自分に辱めを与えた暴漢に対する同情などなかった。
けれども人の生き血を欲しがる輩が街を徘徊するのはどういうものだろうと、懸念を感じただけだった。

年月が過ぎて、その怪人が再び目の前に現れたとき、
怪人を出し抜いて自分の救出に貢献した息子が、先に咬まれていた。
白のハイソックスを血に浸して帰ってきた息子から事情を聴くと、彼女は当然のように憤慨しかつ恐れたが、
息子は母親を見あげていった。
「苛めちゃダメ。いまはかなりかわいそうな状況だから」
整った眼差しは冷静で、同情に満ちていた。
息子のはからいで路地裏にうずくまっていた怪人は、かつての面影がなかった。
彼なりに、反省し悔悛したのかも知れないと、恵子は思った。
どうしてそこまでする気になったのか、いまの恵子にもわからないけれど、
気がつくと自分からスカートをたくし上げて、自分の太ももを咬ませ、息子につづいて血を啜り獲らせてやってしまっていた。
でも――と、恵子は思う。
家事に追われて身なりに頓着しないでいた彼女は、路地裏に出る前にスカートに穿き替え、
ふだん脚に通すこともなくなったパンストまで、わざわざ新しいものをおろして穿いていたのだ。
怪人がストッキングやハイソックスを履いた脚を好んで咬む習性を憶えていたからだった。
もうその時点では、咬まれる覚悟を決めていたのだろう。
きっとそれは、彼女を訪ねてやってきたときから、もうそのつもりになっていたのだろう――
何しろそのあと彼女はまな娘にまでも言い含めて、まだ稚なさの残る首すじを咬ませてやってしまっていたのだから。
子どもたちの血まで吸わせたのはきっと、彼女なりの同情だったのだろう。
まだその時点では、男女の感情はなかった。
きっとそのあとだ。
そうだ、いちど咬まれた女は淫らな想いに理性を侵蝕されて、怪人の思うままにされてしまう――
私は彼の術に、まんまと嵌(はま)ってしまったのだ。

術に嵌められたことを、自分は必ずしも悔いていなかったと思う。
夫に黙っているという選択肢は、正直すぎる性分の彼女には、耐えがたいものだった。
彼女は怪人をそのまま家にとどまらせ――家のなかでさんざ犯されてしまうという代償付きだったが――ともかくも一緒に謝ってもらった。
肩を並べて頭を下げるふたりに、夫がなにを思ったのかはわからない。
もとより、帰宅直後の夫を怪人が急襲して、首すじを咬んだ「御利益」に他ならなかったに違いないのだが・・・
夫の言い草こそ、ふるっていた。
「うちにも近所の評判ってものがある、こんど来るときは、ちゃんと家にあげてお相手しなさい」――
はたしてそれは、どこまで夫の本心だったのだろう?

それ以来なん度となく訪れる彼の誘いには、最優先で応えてしまっていたし、
「怪人さん遊びに来てるの?いっしょに遊ぼうよ」と無邪気に言い募る子供たちを交えて、
ゲームをしたり勉強を見てもらったりしたことで、怪人は子供たちにも愛着を感じ始めていたに違いない。

さて、目の前の夫のことである。
2人そろって謝罪をして叱り飛ばされた痕、彼と逢いつづけていることは特段夫には告げていない。
けれども、なんとなくそれを悟っているような夫のそぶりは、おりおり感じていた。
ひと頃途絶えていた夫婦の営みは、あの夜を境に復活した。
けれどもそれは、恵子を下品に虐げるような、荒々しく一方的にむさぼるようなセックスだった。
お前の夫は、俺だ。お前は俺に服従しなければならない。それがこの家に嫁いだ、お前の務めなのだ――
身体でそう言いつづけているようなセックスに思えた。
夫権というものは、セックスだけで片づけられてしまうような、単純なものなのだろうか?ふとそんな疑問が、彼女の胸の奥をかすめていた。
恵子はまっすぐに夫を見て、いった。
「お逢いしています。翔一ややよいとも遊んでくれていますし、私も――」
それ以上言うな、というように、夫は手を振って恵子を遮った。
「いちど、視てみたいんだ。きみがどんなふうにあいつと接しているのかを――」
夫はあのとき、怪人のことを「あいつ」と呼んだ。
まだ認めているわけではない。きっと、憎くて仕方ないのだろう。
「乱暴はしないで」
という恵子に、「そこまで野暮じゃない」と言い切ってくれはしたけれど・・・


何十年ものローンを組んでやっと手に入れた自宅が、不倫の濡れ場となって汚されるとは――
篠浦俊造は、あらぬ声を洩らして愛人と乱れあう妻を覗き見て、どす黒い想いを滲ませる。
少し前まで。
自宅に情夫を引き入れながらも、
「ねえ、やっぱりよそうよ。ここで今するのは良くないわよ」
と言い募っていた妻。
それが彼女に残っていた最後の倫理観と理性だった。
少なくともそこまでは、恵子は彼の妻らしく振舞っていた。
けれども、ちょっと背を向けた隙を突かれて怪人に後ろから抱きすくめられてしまうと、事情はあっさりと変わった。
「あ!ダメ!」
と叫びながらも妻は、男の抱擁を受け容れてしまっていた。
本人がそれを自覚していなかったとしても・・・
心ならずも抱かれたのか、そうでないかは、はた目にもわかった。
もしも前者であったなら、嫌悪に身震いしながら身を揉んで、あるいは相手の男を振り放していたかもしれないのだから。
逡巡する妻の首すじに男の唇が這ったのが、とどめだった。
たまたまこちらに向けられた妻の顔。そして男の唇――
男はしんけんに、妻を需(もと)めていた。
白い肌にヌメるようにあてがわれた、赤黒く爛れて膨らんだ血の気の無い唇が、
相手が常人ではないことを告げている。
そう――妻を襲っているのは、吸血怪人だったのだ。
すでにいちどは退治済みの怪人だった。
正義のヒーローにあっけなくのされてしまい、刑務所で服役までしたという。
だが、模範囚として出獄した彼に、反省の色は果たしてあるのだろうか?
男は本能のままに妻の首すじに喰いついて、血を啜りはじめていた。
赤い血のすじがブラウスの胸もとに這い込んで、
それがひとすじのしずくであったのが一条の帯になってゆくのを、いやというほど見せつけられた。

ひざ小僧を突いてしまった妻が堕ちるのに、さほどの刻は必要なかった。
男はなおも容赦なく恵子の血を啜り、恵子は首すじを、そして脚を差し伸べて、男の欲求に応えつづけた。
恵子の胸から空色のブラウスを剥ぎ取ると、男は自分の唇を恵子の唇に熱烈に圧しつけてゆく。
自分の血をいやというほど吸い取った唇に、妻の唇は応えていった。
好きよ・・・好きよ・・・といわんばかりに。
そして妻の想いは、とうとう声になってあらわにされた。
「欲しい・・・あなたが、欲しい・・・」
うわ言のような声が、だんだんと大きくなって、しまいにははしたないほどの大声になっていた。
「私を犯して!うんと抱いて!」
「もっと、もっと苛め抜いてええっ!」
「ストッキング破くの、だめぇ・・・」
ふだんの思慮深く大人しい妻からは窺いようもない、あられもない淫らな言葉――
恵子は娼婦に堕ちた。そう思うしかなかった。
もとより、2人の関係はすでに知っていた。
妻は正座までして、相手の男と肩を並べて謝罪をくり返した。
けれども、「もうしません」とは、決して言おうとしなかった。
男のほうも、「奥さんのことは諦めます」とは、絶対口にしようとしなかった。
つまり、2人の意志は固い・・・ということなのだと、勤務先では「賢明課長」とあだ名された彼にも良く理解できた。

さいしょは家に入れるつもりがなかったという妻は、
男がさいしょに訪ねて来たとき、わざわざ家の外の路地裏で顔を合わせたという。
いちどは自分を拉致してアジトに連れ込んで、吸血行為にとどまらない暴行をはたらいた男である。
当然の警戒心だった。
けれども、いま男が置かれている状況に同情した妻は彼に自分の生き血を与え、
さいごにはほだされて家にあげてしまった――というのである。
なん度も逢瀬を重ねて一線を越えたという奥ゆかしさは感じられない。
衝動の赴くままにずるずると関係を発展させて、しまいに子供の目に触れかねない状況で濡れ場に及んだというのである。
いったい妻は、いつからそんなふしだらな女になってしまったのか。

かつて怪人の手で拉致されたとき。
いっしょに連れ去られた息子の機転のおかげで、正義のヒーローは彼のことを撃ち倒した。
けれども妻は、その憎むべき怪人と、一夜を共にしてしまっている。
あのとき拉致された妻は、吸血怪人と一夜を共にしている。
関係者は口を閉ざし、妻本人もなにも告げようとはしなかったけれど、ことが吸血行為だけに収まったとはとうてい、思えない。
そのときに身体を開かれた記憶が、それほどまでに好かったのか?
あのとき。
解放された妻は、嫌悪の情もあらわに身をうち震わせて、夫に身を寄り添わせた。
とっさの行動だったとはいえ、二児の母となってから疎遠になりがちだった妻の愛情を久しぶりに感じたものだ。
あのときの妻の振舞いは、嘘だったのか?衆目を取り繕うためのボーズに過ぎなかったのか?

いま妻は、やはり身をうち震わせて――
「夫」ならぬ「情夫」の逞しい腕のなか、恥ずかしげもなく裸身をさらけ出している。
太ももまでずり落ちた肌色のストッキングだけが、着衣を引き剝かれるまえの妻の品格の名残りとなっていた。
それですら――男の舌でネチネチといたぶり抜かれ、たっぷりと唾液をしみ込まされてしまった、情事の痕をありありと留めているのだ。
ああ、またしても突っ込まれた。これでなん度めだろう?
さいしょは押し倒されてすぐ、スカートをたくし上げられて犯された。
そのときも妻は、信じられないことに、
男の恥知らずな舌から頼りなくも貞操をガードしていたショーツを、自分の手で引き裂いていた。
それからじゅうたんのうえで身体をひっくり返され、バックから需(もと)められた。
額に汗をしたたらせ、四つん這いになりながら喘いでいる妻の姿は、屈従的で、
なにもかもを夫以外の男の手で教え込まれてゆく女奴隷のそれだった。
セックスの頻度さえもが、凄い。絶倫だ。
いや、それ以上に・・・
妻への執着の強さを感じさせる。いやというほど、感じさせる。

俺の妻が。
俺だけの妻が・・・
ほかの男の餌食になり、しつけられ、覚え込まされ、支配されてゆく。
俺の権利はどうなるのだ?
妻に対する俺の権利は、完全に取り払われてしまうのか?
このままでは、かけがえのない家庭が崩壊してしまうではないか!?
俊造は焦れに焦れた。
一刻も早く妻を救い出さなければ、妻は完全に男のために汚し抜かれ、骨の髄まであいつのものになってしまう。
そんな焦りがズキズキ高鳴る心臓を、とろ火で焙りたてた。
腰の上下が一回あるごとに、相手の精液が飛び散り妻の膣を濡らし、さらにその奥へとそそぎ込まれてゆくのを、ありありと思い浮かべてしまう。
やめろ、やめてくれ。話が違う!
しかし、懊悩する俊造の想いとは裏腹に、
彼のペニスが鎌首をもたげ、怒張をエスカレートさせて、先端がほころびて淫らな粘液を徐々に洩らしてしまうのを、彼はどうすることもできなかった。

妻が犯されているのに。
俺の名誉が踏みにじられているというのに。
どうしてこんな?勃起?そんな場合じゃないだろ!?
自問自答しながら、俊造は焦れた。焦れつづけた。答えは出なかった。
ズボンをしたたかに濡らした彼は、脱衣所に走り、脱ぐ手ももどかしくズボンを脱いで洗濯機に放り込んだ。
そして、片時を惜しむようにふたたび、不倫の現場に取って返した。

「あれぇ~、許して・・・」
妻は相変わらず、声をあげている。
もはやその表情に、苦悩や自責の翳りはない。
そんなものはとうに捨て去ってしまっていて、いまあるのは女の身としての歓びを全身に沁みとおらせた、愉悦に弾む熟れた肉体だけだった。
はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・
全身に愉悦を滲ませて。
女は黒い髪をユサユサと揺らしながら、うわぐすりを塗ったように滑らかな肌を、バラ色に上気させている。
これが妻か?本当に妻なのか?
いつもの所帯持ちの良い、しっかり者のお前はどこに行った?
「あぁん、もっとォ・・・」
なにを言っているんだ?それじゃあ場末のキャバレーの淫売女と変わりないではないか?
「ひいぃ・・・ひいぃ・・・あなた、すごぉい・・・っ」
やめろ、やめてくれ。お前はほんとうに、俺の妻なのか?「篠浦」恵子なのか?
男を抱き寄せる妻の指先にキラリと、なにかが光った。
結婚指輪だった。
指輪をしたまま俺を裏切っているんだ・・・
俊造は、完全な敗北を感じた。
妻は、頭のてっぺんから脚のつま先まで塗り替えられてしまったのだ。
夫ならぬ男の支配を受け容れて、ふしだらに腰を揺らしてヒイヒイ喘ぐ女になってしまったのだ・・・

さっきから。
男はなん度も、妻にキスをくり返している。
こんなに熱烈なキスを交わしたことは、果たして俺たちの間にあっただろうか?俊造はおもった。
新婚のころはいざ知らず、出産、引越し、人並みの出世を賭けたせわしない日々――
それらのなかで、そうしたことはすべておざなりにされてきてしまった。
今さらながら、それに気づいた。遅い。遅すぎる・・・
男はほんとうに、妻のことが気に入っているらしい。
片時も手放さず、身体を密着させて、それだけではない、そこはかとない妻に対する気遣いが、そこかしこに見え隠れする。
たぶん自分の性欲の発露だけではなく、相手の女が感じているのか、苦しいだけなのか、相手の身になって見極めようとする視線がそこにあった。
俺はそんなこと、考えもしなかった――
相手の男は、妻を得て嬉しいのだろう。幸せでたまらんのだろう。
妻の熟れた身体を楽しんでいるだけではなく、本能のままに生き血をむさぼる行為に溺れているだけではなく、
妻を気遣うことすら、この男にとっては歓びなのだろう。
そして、男を満足させることが妻の歓びになっている・・・

俊造はたまりかねて、とうとうドアを押し開いていた。

ちょうどふたりは、一戦を終えてお互いの息遣いを確かめ合っているところだった。
入ってきた俊造に対して、2人はゆっくりと顔を向けた。
男の顔にはなんともいえぬ親しみがよぎり、
女は謝罪するように首を傾げ、はにかむような照れ笑いを浮かべていた。
傾げた首すじには、咬まれた痕がくっきりと刻印されていて、傷口にはかすかな血潮がまだあやされていた。
「美味シカッタ・・・」
男が妻の髪を、血に濡れないよう掻きのけた。
怪人らしい機械的な声色だったが、妻に惚れている男の声だと俊造は感じた。

「素敵ナ時間ヲクレテ、ワタシハ感謝シテイマス」
男の言葉にてらいはなかった。
「あなた、ごめんなさい。でも嬉しいです」
女の言葉にも、真情があふれていた。
「ずいぶんと仲良くなったんだね・・・・・・おめでとう」
さいごのひと言に自分で驚きながらも、声にしてしまうとむしろ、いまの気持ちに正直になれた。
「さいしょは家内をモノにされたと聞いて、気が狂うくらいに腹立たしかったんだ。でも――」
俊造は言葉を切った。
怪人が、しんそこ申し訳なさそうなまなざしを、自分に向けている。
「子供たちもきみに懐いている。俺の居場所はここにあるのか?」
「ほら、ごらんなさい」
妻が、情婦をたしなめている。
「うちの人ったら、まじめなのよ。だから絶対、そう思われちゃうって言ったじゃない」
「真面目デ責任感ノアル、ゴ主人――自分ノ奥サンヲ辱メラレテ、イイ気ガスル訳ハナイ」
怪人は妻の言に相槌を打つように、あとをつづけた。
「必死ニ守ッテキタゴ家族。一生懸命働イテ、家ヲ建テテ妻子ヲ住マワセテ、ソレナノニ裏切ラレテシマウ。
 気ノ毒、カワイソウ」
うめくようなうわ言のように続けた後、彼はいった。
「ダカラ、ココハ貴方ノ居場所。居場所ガナイノハ、ワタシノホウ」
「でも、出て行きたくはない。そうだね・・・?」
怪人は、素直な少年のように頷いた。
「私の主人は、あなたしかいません」
そう告げる恵子の目線は、まっすぐ夫に向けられていた。きっぱりとした口調だった。
「俺の妻でいてくれるんだね?」
念を押すように訊く俊造に、
「コノ人ハ元カラ、アナタノ奥サン。ワタシハ、タダノ”オ邪魔虫”」
俊造は思わず噴き出した、
「怪人のきみでも、お邪魔虫なんて言葉を知っているんだね」
聞いて頂戴・・・というように、恵子が夫に向けて目で訴える。
「この人ったら、人妻を犯すのが好きだって言うの。いけないひとだと思いませんか」
「で――きみがこの街の人妻の代表として狙われてしまったということなのだね?」
拉致されてアジトまで攫われてしまった女性は、そういえば自分だけだった――恵子はいまさらながらのように思い出す。
「ほかの家の奥さんはその場で襲われただけで帰されたのに、きみだけは戻ってこなかった。とても心配だった」
「アノ時ノワタシハ、本当ニ悪カッタ。
 子供タチニモ心配サセタ。アナタノ気持チモ考エナカッタ。謝ル。改メテ謝ルーー」
男の頬は慙愧の想いに翳っていた。
「人妻代表さん」
俊造に、いつもの快活さが戻って来ていた。恵子のことをおどけたようにそう呼ぶと、
「長年尽くしてくれたご褒美にきみに愛人をプレゼントするよ。
 ぼくが決心して、きみに愛人を持たせることにした。せめて、そういうことにしてくれないか?
 きみのことが気に入ったこの男(ひと)を、ぼくは自分の家庭に受け容れる。
 子供たちもきっと、よろこぶだろう――」
恵子の目から涙があふれた。
「あなた、ありがとう・・・ありがとうございます。
 代わりに精いっぱいお尽くししますから、どうぞ恵子のふしだらをお許しください」
だれに教わったわけでもなく、三つ指ついて平身低頭していた。
俊造は、怪人に手を差し伸べた。
「貞淑な家内をここまで堕とされるとは、男として不覚でした。貴男の熱意が優ったのでしょう。
 家内を誘拐されたときには心配したけれど、きみのお目が高かったということだね。
 家内を択んでくれて、家内を狙ってくれて、夫として礼を言います。
 もういちど言わせてもらう。おめでとう」
物堅い夫が自分の妻を犯した男に握手を求め、お互いの掌を固く握り合わせるのを、恵子は感無量の眼差しで見つめていた。
「お祝いに、今夜は明け方まで、家内のことを明け渡すよ。ふたりで楽しんでくれたまえ。
 それから――きみが来たい時はいつでも言ってくれたまえ。家内のこと、独り占めさせてあげるから」

男と女は嬉し気に、しかし少しだけイタズラっぽく、ウフフと笑み合った。
「じゃあお願い」
恵子がいった。
「服を1着選んでくださらない?
 このひとのために装いたいの。
 貴方が択んでくれた服に着替えて、それを私のお嫁入り衣装にするわ」
え――?
俊造はゾクッとした。
心を読まれた想いだった。
着飾った恵子が目の前で征服される――
誘拐事件以後、彼の脳裏に灼きついた想いがこみ上げてきた。
吸血怪人とおぞましい一夜を過ごした妻。娼婦のように淫らになったかもしれない妻。
そんな恵子を想って、かつてなん度となく思い描いてきた淫らな光景が、いま目の前で現実のものになるのだ――
「じゃあ・・・
 怪人さんに誘拐されたときの服はどうだろう?
 いまでもきみが結婚式の時に着ている、薄いピンクのスーツ、それにネックレス。
 ちょうどぼくが買ってあげたイヤラシイ下着があっただろう?あれも一緒に着けたらどうかね?」
恵子はウットリとした目で、夫をみた。
「この人のこういうところが好きなの」
真面目なくせに、けっこうエッチなのよ――
それは愛人に対する、明らかな夫自慢だった。

10数分後、着替えて出てきた恵子は、目を見張るほど艶やかだった。
ひざ丈のスカートを少し短めに穿いて、太ももが微かに見え隠れしていた。
スカートのすそから伸びた豊かなふくらはぎは、純白のストッキングにピンク色に透けている。
犯される女の品性を示すように、ストッキングには微かな光沢がつややかによぎり、高貴さと淫靡さとを際立たせていた。

怪人は、ものも言わずに恵子夫人の胸を、背後から腕に巻いた。
「あれえっ」
芝居がかった夫人の声に、俊造はまたも激しく怒張をみなぎらせた。
「ボクノ後ニ、奥サンノ肉体、タップリ楽シムト良イーー」
怪人はそう言いざま、恵子を荒々しくじゅうたんの上に引き倒した。
きゃあっ・・・恵子はまた叫んだ。
子供たちが起き出して、ドアのすき間からそうっと中を窺っているのを俊造は背後に感じたが、
もはやそれでも良いと思った。
安心しなさい。お母さんは怪人さんと仲良くなるためにちょっとおイタをしているところだから――
彼は背中で、子供たちにそう伝えた。

真珠のネックレスが光る首すじにふたたび艶めかしい血をあやし、
逞しい猿臂に巻かれ、スカートごしに逞しい怒張を感じつつ、
引き裂かれたストッキングのたよりない感触を噛みしめながら、恵子は怪人と熱い熱いキスを交わす。
夫がプレゼントしてくれた真っ赤なブラジャーは男の手で、同じ色のショーツは恵子の手で引き裂かれた。
自分のプレゼントを引き裂きながら興じる二人を前に、夫が手で軽く拍手をするのが、視界に入った。
「あなた、私幸せ――」
そう心の中で叫んだ時、
夫の数倍は勁(つよ)い黒ずんだ肉塊が、自分の膣にもぐり込み力強く抉るのを感じて、
恵子は思わず、身を仰け反らせていった。

それから数時間。夜が明けるまで。
息せき切ってかわし合わされる呼気が絶えることはなく、
感謝と幸福感に打ち震える愛人の腕の中、恵子は恥を忘れて夫を裏切りつづけ、
俊造は物堅い課長夫人であったはずの妻がはしたなく堕落して、
篠浦家の主婦の操をほかの男の精液に濡らしてゆく有様に、惚れこんだように見入りつづけていた。


あとがき
これまた、一気に描いてしまいました。。
いうまでもなく、前作の続きです。
さいしょはヒロインをどの女性にしようかとあまり考えずに描いていたのですが、
そのわりにブレはほぼないと思っています。
じつは前作を描くときに、いちばん最初に思い浮かんだのがこちらの家庭なんですね。
昭和の家屋に住む、堅実なご家庭。
生真面目な夫に、控えめでしっかり者の妻。
無邪気でわけへだてのない視線を持っている子供たち。
どこにでもありそうなそんな家庭を襲った、小さな(小さくない?)嵐のてんまつです。
すみずみの表現も、いままでにない感じのをちりばめたつもりです。
どうぞお楽しみください。・・・って、あとがきだったんですよね、これ。(笑)
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