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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

出所した怪人、看守一家を征服する。 副題:チョイ役一家の意気地

2023年09月14日(Thu) 01:31:55

それはいつも決まって、食事のあげさげをするときだった。
看守の比留間湊(46)はお盆を受け取るとき、そっと指を差し出してやる。
檻の中の男は「いつもすまないね・・・」とひっそりと囁いて、比留間の指を口に含んだ。
ナイフを軽く擦った指先からは、血が滲んでいた。
囚われた男は、もと吸血怪人だった――

こんなことが、なん度続いたことだろう。
さいしょは、囚人が暴れないための予防策のつもりだった。
ほんの少しだけで良いから、人の血がもらえればな――
刑務所のなかの作業場で男が呟くともなく呟くのを耳にして、他の囚人への影響を心配した彼は、上役に相談した。
「あの男にほんの少しだけ、血を飲ませてやった方が良いんじゃありませんか」
「誰がそんなことを??」
尖った声の上役に向かって、私が自分の責任でやりますから――と告げると、責任問題に巻き込まれずに済む安心感からか、
案外あっさりと許可がおりた。
入所してすぐのころは、壁が破れんばかりにぶっ叩くわ、鉄格子をねじ切るわ、大変な騒ぎだったのが、
怪我をした看守の血が床に滴るのを舐めただけで、男はようやく落ち着いたのだった。

「気をつけろよ、相手は怪人なんだからな」
上役は看守に注意を促すことを忘れなかった。口先だけだったとしても。
しかし、彼の懸念は正しかった。
さいしょのうちは気づかなかったけれど。
摂取した血液と入れ替わりに、男は淫らな毒液をひっそりと、看守の体内にしみ込ませていったのだ。

「あなた、顔色がよくないわ」
妻の艶子(42)がそういうのを、看守は上の空で受け流した。
「ね、顔色が良くないって言ってるのよ!?」
気丈な妻は声を励まして、夫を正気づけようとした。
「わかってる――わかってるって・・・」
看守はフラフラと起ちあがると、その日も勤務先に出かけていった。

指先がジクジクと疼いた。
身体もどことなく、熱を帯びているような気がした。
きょうで三日、やつに血を与えていなかった。
そういう日が続くとどういうわけか、指先が疼き身体じゅうがゾクゾクと熱っぽくなるのだ。
男がいちどに摂取する血の量も、気のせいか少しずつ増えているような気がする。
突き出した指先が生温かい分厚い唇にくるまれて、ニュルッと舌を巻きつけられて、傷口にわだかまる血潮をキュッと抜かれる。
そんな仕草を忘れられなくなってしまったことを、彼はまだ上役に相談していない。

「いつもすまないな」
囚人はいつものようにひっそりと囁いた。
その囁きがいつになく、熱を帯びているのを彼は感じた。
キュウッ・・・
差し伸べた指先を口に含めると、男は比留間の指を強く吸った。
くら・・・ッと眩暈がするのを、比留間は感じた。
「出所が決まった」
男がいった。
言葉の内容ほどには、嬉しくなさそうな声色だった。

さっきまで。
もう少し・・・もうちょっとだけ舐めさせてくれ・・・
男に請われるままに指を差し伸べつづけていた比留間は、手に持っていたカミソリで、もう片方の人差し指を傷つけていた。
二本目の恩寵を享けた男は、どうやら心かららしい感謝の呟きを口にすると、
こぼれ落ちようとする赤いしずくを、素早く掬(すく)い取っていた。
ごくり・・・
自分の血が男の喉を鳴らすのを、比留間はウットリと耳にした。
そんなに旨いのか?
比留間は男が自分の血を旨いと褒められることに、深い満足感を見出していた。
男が出所すれば、このささやかで密かな愉しみも終わりを告げる。
そんな当たり前のことに、今ごろになって気がついた。
明日が出所という日に、さいごに自分の指を五本も舐めさせた後、
困ったらわしの家に来い――といって、妻や娘の住む家の住所を書いたメモを手渡していた。

「もしもやつが来たら、家にあげてやってくれ」
勤め先から戻るなり、比留間は妻にそう告げた。
「え・・・?」
艶子は怪訝そうに夫を見た。
「だって・・・吸血怪人なんでしょ?そんな危ないのを家にあげるわけにはいかないわ」
色をなして反論する妻をみて、こいつもすっかりやつれた――と比留間はおもった。
四十の坂を越えたあたりから、妻の容色は目に見えて衰えていた。
それは、受験やら進学やら、パート先でのいざこざやらで神経をすり減らす毎日が、
彼女の髪や肌の色つやを、粗砥(あらと=粗いやすり)で削り取るように殺(そ)いでいったためだった。
肩まで伸びた黒髪が、カサカサに乾いていた。
頬の輝きもかつてミス〇〇候補と言われたころにはほど遠く、
かつての面影を知らないものの目には、並以下のおばさんにしかみえなくなっていた。
俺たちはこうしてすり減っていくのか――比留間はおもった。

「たぶんな、若返るぞ」
「え?」
なにを言うの?という目で、艶子が彼を見あげる。
「言ったとおりの意味だ」
「信じられないわ」
「どうして」
「だってあなたを見ていたら、あの男に血を与えるようになってから、ずっと顔色悪いんだもの」
「少し過度になっていたのは認める」
夫は譲歩した。
「血は与えすぎても良くないのだ。だが、あそこでは俺以外、やつに血を与えるものがいなかった」
「なにを仰りたいの・・・?」
「なにも言わないで、やつに求められたらお前の血を吸わせてやって欲しいんだ」
自分で口にして、自分で驚いていた。
やつに居所がなかったら、俺のところに招んでやろう。
どうしてそんな仏心をおこしたのか。
やつを家に招んで、なにをどうするつもりだったのか。
それがいまになって、やっとわかった。
俺は・・・俺は・・・女房や娘がやつに血を吸い取られるところを視たいのだ。。。

やつは「現役」のときも、吸血行為は冒したが、人の生命は奪っていない。
だから、血を吸われたからと言って死ぬ心配はない。絶対にない――
そんなふうに力説する夫の言をどこまで信用したのか、艶子は「わかりました、仕方ありませんね」と折れていた。
「そのひとが私の血を吸いたがったら、ちゃんと吸わせてあげます」
まるで変なペットを連れ帰った家族に対するように、艶子は根負けしたように言ったのだった。


男が出所した後、一週間はその姿を見かけなかった。
案外、自分がかつて洗脳したものを見つけて、「感動の再会」を果たしているのかも知れなかった。
けれども比留間は、勤め先と自宅との行き帰りの間、どこかであの男を見かけないかと、心のどこかで期待していた。
そして一週間後の帰り道、男が寒々としたようすで家の近くの路地に佇んでいるのを見つけた。
「よう」
すすんで声をかけた比留間に、男は首をすくめてみせた。
「出所おめでとう。でも景気悪そうだな」
比留間の声はガラガラ声だったが、人柄の温みは男にも伝わっていたようだ。
見知らぬ雑踏のなかで知己に出逢えた歓びを、男は素直にはにかんだような笑みで伝えてきた。

自宅近くの公園で、凩に吹かれながら、男ふたりは寒そうにコートの襟を立てていた。
「悪いけどさ・・・」
男が遠慮がちに口火を切る。
「血が欲しいんだろ」
比留間がむぞうさにこたえた。
指か?と訊く比留間に、「脚でもいいか」と、男が問うた。
そういえば――
男が現役の吸血怪人のときには、人妻のパンストや女学生のタイツばかりではなく、
男の子のハイソックスまで血に染めながらかぶりついていた。
そんな過去の「活躍」を、すぐに思い出していた。
比留間は自分のスラックスのすそを、引き上げていた。

穿いていた靴下は、瞬く間に血浸しになった。
濃紺の靴下に縦に流れる白のラインが、隠しようもなく赤く染まっていた。
「このまま家に帰ったら女房がびっくりする」
苦笑する比留間に、「奥さんの血ももちろん要りようだ」と、怪人はあつかましい要求を突きつけた。
「良いだろう、ちゃんと話はつけてあるから――」
男ふたりがベンチから起ち上がったときにはもう、あたりは暗くなり始めていた。

「いらっしゃい――え?このひとが?」
艶子は目を丸くして、怪人を見た。
案に相違してごくふつうの中年男だったので、拍子抜けしてしまったのだ。
齢のころは、夫よりも五つ六ついっているだろうか?
白髪交じりに冴えない顔色、背丈も手足もずんぐりしていて、魅力のかけらもない男だった。
「まあ、まあ、お寒いですからどうぞ、おあがりになってください」
狭い敷居の奥に客人と夫を通すために後じさりするつま先が肌色のストッキングに透けているのを、怪人は見逃さなかった。

こたつを隔てて顔を見合わせている同年配の男ふたりに、艶子はお茶を淹れている。
なんということはない、だだのおっさんじゃないの。
艶子のなかには、相手をちょっと軽んじる気分が生まれていた。
ただ、ひとつだけどうにも、解決しておかなければならないことがある。
「あなた、ちょっと――」
艶子は頃合いを見計らって、夫を廊下に呼び出した。
(なんだい?)
妻の顔色を察して小声になる夫に、艶子はいった。
(あたしは仕方ないけれど、真由美にまで手を出さないでしょうね?)
今さらながらの心配だった。
(だいじょうぶだ、ちゃんと言ってある。本人とお前の了解なしに、そんなことはしないってさ)
(なら良いんだけど・・・)
艶子は熟妻らしく、新来の男に対する警戒を完全には解いていなかった。

「ちょっと表出てくる」
比留間はとつぜん、艶子にいった。
「真由美は塾だろ?どうせ遅せぇんだよな」
「ええ――晩ご飯まで帰らないけど」
比留間家の夕食は、真由美の帰りに合わせて晩(おそ)かった。
その前に――やつが自分の夕食を欲するに違いない。
さすがにその場に居合わせることに忍びなかった彼は、妻を怪人の前に残して、ちょっとだけ座をはずしたのだった。

「あの――」
艶子は恐る恐る、怪人に話しかけた。
「うちには年ごろの娘がいます。真由美と言います。大事な娘なんです。だから――」
緊張でカチカチにこわばった声を和らげるように、怪人はいった。
「どうぞご安心を。ご主人の血だけで生き延びてきたわしですから――そんなオーバーに心配しないでいただきたい」
「そうですか・・・?」
2人きりになった気まずさから、艶子はまるで生娘みたいに縮こまっていた。
「だいじょうぶです。血を吸うときもほんの少し――
 ご主人のときには少し吸い過ぎました。あの人しかいなかったから・・・
 でも貴女が協力してくれたら、ご主人もすぐに元気になりますよ」
「あ――」
艶子は絶句した。もうすでに、彼女の血液は彼の計算に入ってしまっているのだ。
思わず腰を浮かせかけたのが、呼び水になった。
怪人は目にも止まらぬ早業で、部屋から逃れ出ようとする艶子を、後ろから羽交い絞めにしていた。
「ひいッ!」
艶子はうめいた。
男の唇が、はだけたブラウスからむき出しになった肩にあてがわれたのを感じた。
生温かい唾液が自分の素肌を濡らすのを感じた。
おぞましい――思った時にはもう、咬まれていた。
ググッと咬み入れてくる鋭利な牙に、艶子ははしたなく惑乱した。
空色のブラウスを赤黒く染めて、看守の妻は血を啜られた。

怪人が熟妻の豊かな肢体を畳のうえに組み敷いてしまうまで、数分とかからなかった。
艶子はまだ意識があり、男の腕のなかでひくく呻きつづけていたが、
さっき咬まれた肩とは反対側の首すじに牙の切っ先を感じると、身を固くして押し黙った。
女が言葉を喪ったのをよいことに、怪人はふたたび艶子の膚を冒した。
ズブズブと埋め込まれる牙に、赤黒い血が勢いよく撥ねた。
ぐちゅう・・・っ!
露骨な吸血の音に、女は失神した。

玄関ごしにガシャーンとお皿の割れる音が聞こえて、比留間は思わず振り向いた。
自宅の灯りはなにごともないように点いたままになっている。
しかし、ガラス戸にかすかな赤い飛沫が撥ねているのをみとめて、思わずドアを開けて家のなかへとなだれ込んだ。

居間はしんとしていて、だれもいなかった。
恐る恐る覗き込んだ夫婦の寝間に、艶子は畳のうえにあお向けに大の字になって手足をだらりとさせている。
男は気絶している艶子にのしかかって、首すじに唇を吸いつけて、生き血を吸い取っている。
妻の生き血が吸い上げられるチュウチュウという音が、比留間の鼓膜を妖しく浸した。
男は身を起こすと、静かな顔つきで比留間を見あげた。
「シッ!」
とっさに唇に一本指を押し当てた吸血怪人を前に、比留間は逡巡した。
「見逃してくれ・・・」
男はひくく呟くと、比留間の返事を待たずにもう一度艶子に覆いかぶさり、こんどは胸もとに牙を当てた。
久しぶりに目にした妻の胸もとは思ったよりも白く透きとおり、痴情に飢えた男の唇にヌルヌルと嬲られてゆく。
突き立てた牙をそのまま無防備な素肌に沈めると、鮮血がジュッと鈍い音をたててしぶいた。
「おい――」
やり過ぎだろう?と咎めようとしたとき。
比留間はジワッとなにかが体内で蠢くのを感じた。
蓄積された毒素が、妻の受難を目にして目ざめたマゾヒスティックな興奮を掻き立てたのだ。
「ウーー!」
比留間は絶句してのけぞった。
「悪く思うな。俺は俺のご馳走にありつく・・・」
はだけかかった艶子のブラウスを、男はむぞうさに引き裂いた。

いつも見慣れた地味な深緑のスカートが、いびつな皴を波打たせて、じょじょにたくし上がってゆく。
肌色のストッキングに包まれた艶子の太ももが、少しずつあらわになってゆくと、
男は嬉し気に彼女の脚を掴まえて、ストッキングの上から唇を這わせていった。
そうなのだ。熟妻のストッキングはこいつの大好物だったのだ。
貪欲なけだものを家に入れてしまったことを、比留間は今さらのように悔やみながら、焦れに焦れた。
下品な舌なめずりが、艶子の足許になん度もなすりつけられた。
そのたびに、微かにテカテカと光るパンストが少しずつ、ふしだらに皴寄せられてゆく。
男は明らかに、艶子のパンストの舌触りを愉しんでいた。
「やめろ・・・やめてくれ・・・」
比留間はうめいた。
「あんたには良くしてやったじゃないか。恩を仇で返すのか?」
男はなにも応えずに、艶子の下肢のあちこちに牙を当てて、パンストをブチブチと食い破りながら、血を啜った。
ひと啜りごとに得られる血の量はさほどではなかった。
こいつ、ひとの女房の血の味を楽しんでやがるんだ。
比留間は相手の意図をありありと悟った。
まるで腑分けでもするようにして。
男は艶子のスカートをむしり取り、ブラジャーを剥ぎ取り、ペチコートを引き裂いてゆく。
「わ、わかった・・・わかった・・・艶子はあきらめる。全部渡してやる。だが、娘には手を出すな、絶対手を出すなよ――」
比留間は念仏のようにそうくり返しながら――艶子の腰周りに手をやって、自分の手で妻のショーツを脱がせていった。
「すまないね、だんなさん。恩に着る。悪いようにはしねえ」
怪人は比留間にそう囁くと、なん度目かの牙を艶子のうなじにお見舞いした。
サッと撥ねた血潮が、寝間の畳を濡らした。

むき出された怒張はみるからに逞しく、自分のそれよりもはるかに威力がありそうだった。
赤黒く膨れあがったその一物が、妻のふっくらとした下腹部に押し当てられ、そしてもぐり込んでゆく――
「あうううっ」
艶子が白い歯をむき出して、顔をしかめた。
それから「ひーーっ」と呻いて顔をそむけようとすると、それすらも許されず、男の唇をまともに受け止めさせられていた。
「あう・・あう・・あう・・」
もはやどうすることもできずに、艶子はただ、喘ぎつづけている。悶えつづけている。惑いつづけている――
ロマンチックではまるでない。絶対にない。
女房は実に見苦しく、芋虫みたいに転げまわっているし、呻き声だって可愛くなかった。
けれども、必死に手足を突っ張り、吸血に耐え、身もだえをつづけながら
ケダモノのように爆(は)ぜ返るペニスを受け止めてゆくその光景は、ひどく淫らで、底抜けにイヤラシイ――
四肢を引きつらせて受け留めた怪人のペニスが妻を狂わせるのを、比留間は目もくらむ想いで見届けてしまっていた・・・


「ただいまぁ」
いつもの投げやりな声色で、娘の真由美(16)が帰宅してきた。
制服のブレザーをむぞうさに脱ぎ捨てると、「母さん、水・・・」と、ぞんざいに言った。
いつものようにすぐに反応が返ってこないので、不平そうに部屋を見回して、真由美は初めて異変に気づいた。
家じゅう、いやにひっそりしている。
壁のあちこちに撥ねている赤い液体は・・・えっ?うそ。人間の血??
なにが起きたの!?
白のハイソックスのふくらはぎが、緊張に引きつった。
夫婦の寝間に、なんとなしの人の気配を感じて、白のハイソックスの脚は抜き足差し足、引き込まれるように部屋の奥へと歩みを進めた。
真由美は再び、足取りを凍りつかせてしまった。
寝間にはほとんど全裸に剥かれた母が、血に染まって倒れていた。
父もその傍らに気絶して倒れていた。
両親の首すじには、咬み痕がふたつ、同じ間隔でつけられている。
母の足許には、見慣れぬ黒い影がうずくまっていた。
黒い影は、母のふくらはぎを、いじましそうに舐めつづけていた。
ひざ小僧の下まで破れ堕ちてずり降ろされたパンストに、皴を波立てるのを愉しんでいた。
経験のない真由美にも、母親の身に起こったことがなんなのか、すぐに察しがついた。
「あ、わわわわわっ・・・」
さっきまでの投げやりな態度はどこへやら、真由美はガタガタ震え出した。
逃げようとしたけれど、脚が思うように動かない。
背後から伸びてきた掌が彼女を掴まえ、居間のじゅうたんの上に引き据えた。
なんとか逃れようとジタバタしたけれど、身じろぎひとつできなかった。
母のパンストを引き破った男は、こんどは娘のハイソックスに目が眩んでいた。
同じようにされる――本能的にそう察した真由美は声をあげて助けを呼ぼうとしたが、喉が引きつっていて声は満足に出なかった。
母親から吸い取った血に濡れた男の唇が、そのままふくらはぎに吸いつけられるのを感じた。
ひざ下をほど良く締めつけているしなやかなナイロン生地を透して、ヌルヌルとした唾液が生温かく、素肌にしみ込んでくる。
あっ――と思った時には、圧しつけられた唇にいっそう力が込められていた。
両親の首すじを咬んだ2本の牙が、ハイソックスを咬み破って、真由美のふくらはぎを激しく冒した。
十代の若い血潮がしたたかに、男の唇を濡らした。
学校帰りのハイソックスを真っ赤に濡らしながら、真由美は十六歳の生き血を吸い取られていった――
男はうら若い血を強欲にむさぼり、そして魅了されていった。
淡い意識をたぐり寄せながら、比留間は眠りこけた娘の横顔を見守った。
娘は自分の血の味を誇るかのようにほほ笑んでいるように見えた。
「あたしの血美味しいのよ、たっぷり吸い取って頂戴」
そんなふうに言っているように見えた。


1時間後。
ともかくも夕食を終えた3人は、吸血怪人を囲んでひっそりと俯いている。
部屋じゅう鮮血をまき散らして3人の血を喰らった男は、至極満足そうだった。
頭からは白髪が消えて、褐色に萎えていた顔色にも血色をみなぎらせている。
その「血色」は、自分たちの体内から獲られたものだと、3人とも知っていた。
真由美は怪人の横顔を精悍だとおもった。
自分の身体から吸い取られた血液がそうしているのだとしたら、ちょっと自慢したいような、不思議な気分に囚われていた。
艶子も同じように感じていた。娘まで牙にかけられたのはなんとしても悔しかったけれど、
自分が喪った血がむだになっていないのは良いことだと、想いはじめていた。

「ともかく飯を食いなさい」と言ったのは、怪人のほうだった。
乱雑に散らばった座布団やら、ひっくり返ったちゃぶ台やら、撥ねた血潮が滴る洗濯ものやら――
怪人は慣れた手つきでそんなものを取り片づけて、着られそうな洗濯物をふたたび洗濯機に放り込むと、
艶子は自分を襲った怪人を無視するように、血の気を失った無表情のまま晩ご飯を用意していた。
親子3人がひと言も言葉を交わさずに食事をしている間も、怪人は部屋を片づけ、壁に飛び散った血を雑巾でぬぐい取っていた。
真由美が箸を置くと、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
ふだんなら投げ出すように箸を置いて部屋に引きこもってしまう子が、珍しく殊勝なしぐさを見せたことに、母親は優しく反応した。
「疲れたでしょ?今夜は早く寝ましょうね」
「うん、そうする。明日も部活で早いし――怪人さんもおやすみ」
真由美は自分の血を吸った怪人にまでおやすみを言って、部屋に引き取っていった。


「これからどうするつもりなのですか?」
娘が姿を消すと、待ち構えていたように艶子がいった。
目つきは鋭く、詰問口調。相手は怪人のほうにだった。
もうこの家の主導権を握っているのは夫ではないと悟ったようすだった。
「ここのお父さんはこの人だからね――」
怪人は控えめにこたえた。
あんたのご主人は俺でなく、あっち――と言いたげにみえた。
この期に及んで亭主を立てたのは、自分によって初めてしたたかに血を吸い取られた比留間の気持ちを確かめておきたかったのだ。
もしも出て行けと言われたら、出ていくつもりだった。
その代わり、家人のだれもを死なさない程度に、致死量ぎりぎりまでの血を3人から頂いて立ち去るつもりだった。
「あんた、ひどいこと考えてるよな?」
比留間は相手の思惑を見抜いたようにいった。
「ウン、でもその代わり、俺は二度とここには寄り付かねえよ」
怪人はいった。

比留間は傍らの妻の横顔を見た。
覚悟していた吸血を予想以上のしつようさで受け容れさせられたばかりではなく、案に相違して犯されてしまった妻。
そのうえ気絶しているうちにとはいえ、「決して手は出させない」と力説していた娘の血まで吸い取られてしまった今、
裏切られたといちばん感じているのは妻のはずだった。

これがドラマだったらきっと、俺たち一家3人は、ただの雑魚(ざこ)に過ぎないはずだ。
出獄した吸血怪人の第一の犠牲者で、女房にも娘にも、役名すら与えられず、
お人好しな夫が仏心を起こして家に引き入れた怪人を相手に、続けざまに首すじを咬まれて、服を血に染めて倒れてゆく。
ただそれだけの役なのだ。
でも、そんな無名のチョイ役にだって、意地もあれば、プライドもある。
数十年積み重ねてきた人生の苦楽だってある。
俺は二十年以上いまの仕事を続けてきたし、
おととしは俺の勤続20周年を祝って、家族旅行で温泉に浸かってきた。
女房だってパートに精を出して家計を支え、なにより家族に飯を作って送り出してくれている。
娘が高校に受かったときにはみんなでよろこんで、街でいちばんのレストランで食事会をやったっけ。
そんな家族の積み重ねは――飢えた怪人に咬まれて血を流して倒れてしまうワンシーンだけで片づけられてたまるものか・・・

「まず、女房に謝ってくれ」
比留間はいった。
え?と振り向く2人のどちらに向けてともなく、彼はつづけた。
「俺はお前に指を切って血を吸わせてやった。
 そのうえで、お前が出所したら行く当てがねえだろうからって、良ければ家(うち)に寄って行けとも確かに言った。
 俺に淫らな薬を仕掛けて血を吸う歓びに目ざめさせたのはまだいい。
 でも、女房は自分が血を吸われることには乗り気じゃなかったんだ。
 そりゃそうだろう?
 だんながいる身でほかの男に肌に唇を当てられて血を吸われるんだぞ。
 おぞましいだけじゃ済まねえよな?
 でも女房は、なんとかがんばって、お前ぇさんに血を分けてやった。
 そのうちこいつもどうやら・・・乗り気になっちまったみたいで――その後のことはもういい。
 行きがかりとはいえ、あんなことをしてれば流れでそういうことにだってなるかも知れねえものな。
 女房の血を吸わせてやろうなんて思いついた俺がいけねぇんだ。
 でも、女房には頭を下げてくれよな。男女のことだから、亭主の俺でも立ち入れねぇかもしれないけれど――
 本気で嫌だったのなら、それは女房の問題だ。
 なにより許せねえのは――娘のことだ」
怪人はビクッと肩を震わせた。
言葉が静かなぶん、身に染みているらしかった。
「両親どちらも、娘に手を出して良いとは、ひと言も言ってねぇ。
 人の好意を踏みにじって、約束をほごにした。
 お前がこの家から出ていっても、そんなことを重ねていたら、きっとろくな死に方はしねぇだろうよ」
比留間は言葉を切ると、思い切ったようにつづけた。
「お前がろくな死に方をしなかったら、吸い取られた俺たちの血は無駄になるってことじゃないのかい?」

ガタ・・・とその時、比留間の背後でガラス戸がきしむ音がした。
建付けの悪いガラス戸は、ちょっと手をかけただけで耳ざわりな音を立てるのだ。
3人が振り向くと、そこには真由美が佇んでいた。
高校に入ってからテストテストで荒みかけていた頬が、いつになく透きとおっている――と両親はおもった。
真由美はおずおずと言った。
「あたし――いいよ。別に血を吸われても」
「真由美!」
艶子が声を張りあげた。
「あなた、勉強だってあるんだし、部活も頑張ってるんだろ?
 怪人さんに血なんか吸われていたら、テストで良い点取れなくなるよ?
 試合にだって出れないだろう?ずっと補欠じゃやだってこの間言ってたじゃないの」
「うん。そうだけど・・・いい」
真由美の声は、きっぱりしていた。
「あたし、父さんや母さんといっしょに、この人に血をあげたい・・・だって、楽しいんだもの・・・」
「俺の・・・勝ちだ!」
怪人は嬉し気にいった。けれどもすぐに神妙な顔つきに戻って、艶子にいった。
「あんたには詫びる、いろいろとすまなかった。
 でも、あんたの血は本当に旨かった。ありがたかった。久しぶりに、人妻の熟れた血を愉しませてもらった。
 刑務所でのお勤めの辛さが、吹っ飛ぶくらいのものだった――」
「ちょっと――」
艶子は真顔のまま、怪人と顔を突き合わせた。
次の瞬間、
ばしいんっ。
艶子の平手打ちが、怪人の頬を打った。
「これでおあいこに、してあげる。いいよねあんた?」
後半は、夫に対する念押しだった。


狭い家だった。
玄関を上がってすぐに居間があり、その向こうが台所。二階は娘の四畳半の部屋がひと間だけ。
あとは居間の奥に、さっき濡れ場と化したばかりの夫婦の寝間があるだけだった。
「怪人さんをどこに寝かせるの?」
艶子は所帯持ちの良い妻らしく、明日からの切り盛りが気になる様子だった。
「あたしと寝る?」
真顔でそういう真由美を、さすがに母親は「ちょっと・・・」と制した。
「あんたがガマンするんだね」
艶子は夫に向かって、フフッと笑う。
「そうだな――そうするよりないな」
俺は居間に寝るよと、比留間はいった。
艶子と怪人のために気前よく、寝間を明け渡すというのである。
「じゃあさっそく今夜から――」
怪人はにんまりとした笑みを艶子に投げた。
「まったくもう、いけすかない」
艶子は反撥しながらも、まんざらではなさそうだった。
さっき襲われていたときの艶子の腰遣いを、比留間はありありと思い出していた。
さいしょのうちこそさすがにためらっていたけれど――
あれは間違いなく、悦んでいるときの腰遣いだ。
服を破られまる裸にされて、股間にズブリと突っ込まれちまって。
それからあとのあいつの乱れようったらなかった――と、
失血で遠のく意識が妻のよがり声でなん度も引き戻されたのを、ほろ苦く思い出していた。

「あたし、明日学校休む」
真由美がみじかく告げた。
「制服濡れちゃったから学校行けないし、どうせだったらこれ着てもう一度楽しませてあげようか」
ハイソックスも履き替えてきたよ――少女は真新しいハイソックスに眩しく包んだ足許を、吸血鬼に見せびらかした。
「あたしも、真由美に負けないように頑張らなくちゃね」
 パンストはなに色がお好き?網タイツとかもあるんだよ?
 だんなが出かけてから楽しもうか?それともさっきみたいに、見せつけるのが好きなのかい?
 とっておきのよそ行きの服があるの。特別に着てあげようじゃないか。あたしの血で、タップリ濡らしておくれよ・・・」

女どものはしゃく声が部屋を明るくし、比留間家にはようやく平和が戻った。


朝の明るさが、雨戸のすき間から洩れてくる。
はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・ひぃ・・・
寝間から洩れてくるうめき声に、きょうも比留間はひと晩じゅう悩まされた。
ふすまの向こうで妻の艶子が、見慣れたこげ茶色のワンピースを着崩れさせて、
あお向けに寝そべる怪人のうえに太もももあらわにまたがっている。
太ももを覆うパンストは見るかげもなく裂け目を拡げて、
そのうえ男の舌が存分にふるいつけられた名残に、唾液に濡れ濡れになっていた。
ああ・・・くうっ・・・おおおっ。
激しく擦れる粘膜の疼きに耐えかねたよがり声が、ひと晩じゅうだった。
あー、寝られねえ、寝られねえ・・・
もっとも昼間も、事情を知った上役から、長期の休みをもらっていたのだ。
「寝不足でやってられないだろう」という配慮だった。

うちの一家はたぶん、「モブキャラ」だ。
「吸血怪人物語」では、いの一番に狙われて、家族全員が血を流してぶっ倒れてしまう、
たぶん役名もつかないようなチョイ役だ。
でもそのチョイ役にだって、意地がある。いままで生きてきた人生がある。
勤続二十年以上の真面目なだけが取り柄の男に、所帯持ちの良いしっかり女房。
あれ以来肌をよみがえらせて、すっかり若返った熟妻は、亭主の残業代で買った色とりどりのストッキングを穿いて。
学校の制服が似合うようになった、年ごろの娘、白のハイソックスを紅い飛沫でド派手に濡らして。
だれもがたいせつな、ひとりひとりなのだ。
「あんたの奥さん、つくづくいい身体してるな。相性が好いのかな?
 わしは気に入った。気が向いたらいつでも抱かせてもらうからな」
などと。
やつは勝手なことを抜かしているが。
女房にはさすがにいえないけれど――
俺はやつに女房を犯されるのが、このごろ無性に嬉しくなる。
女房の良さを、やつはちゃんとわかってくれている。
かいがいしくかしずく女房を、ちゃんと可愛がってくれている。
女房のあそこが、やつの精液で濡れ濡れになっても。
喉の奥まで、おなじ粘液をほとび散らされても。
ボーナスで買ったばかりのよそ行きのワンピースが台無しになるまでふしだらに着崩されても。
艶子のことを分かってくれるんだったら――
やつが俺に見せつけたいという愉しみとやらに、よろこんでつき合いつづけてやるんだ・・・
「女房を犯すのはやめてくれ~、ああお前、またそんな声出して、ダメだ、ダメだ。夢中になったらいけねぇって・・・」
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