淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
汚され抜いて。
2023年09月23日(Sat) 23:49:18
妻がエプロンを着けたまま食卓に座るのを、比留間は見るともなしに見ていた。
相変わらず活発に座を切り盛りして、娘の差し出すお替りにも腕まくりをして応じていった。
4人のなかで男ふたりはむしろひっそりとしていた。
特に怪人は、気配を感じさせないほどに、ひっそりしていた。
人間の食するものも、少しは口にするようになっていた。
監獄での経験がそうさせたのだが、それ以上にこの家に迎え入れられてから、艶子の作る食事が口に合ったのがおもな理由のようだ。
艶子も、ほんらい人間の血しか口にしないはずの男が、自分の作った食事を――ほんの少しにせよ――口にしてくれることにまんざらではないようすだった。
娘の真由美が箸を置いて起ちあがった。
「そろそろ学校行く」
いつも通りのボソッとした声色だった。
ちょうど食事を終えた怪人が、同時に起ちあがった。
「え・・・なによ」
真由美はちょっとたじろいだ様子で怪人とにらみ合った。
「頼むから――」
怪人は真由美以上に低い声色で、なにかを請うた。
「・・・・・・しょうがないなぁ」
真由美はいかにもイヤそうに口を尖らせると、
それでも白のハイソックスを履いた足許に相手がにじり寄ってくるのを遮ろうとしなかった。
男の唇が、真っ白なハイソックスのふくらはぎに、ニュルッと吸いついた。
そしてそのままジリジリと唇をせり上げるようにして、真由美のハイソックスを唾液で濡らすことに熱中し始めた。
「ねえ――ほんとに濡れたまま学校行かなきゃダメなの?」
戸惑ったような声色が、ここ数年不貞腐れ続けていた真由美に似つかわしくなく、両親の耳に新鮮に響いた。
「ああ・・・頼むよ」
男は上目遣いに真由美を見、嬉し気に白い歯をみせた。
「いけすかないっ」
真由美はむくれながらも、鞄を手に取った。
男のよだれのしみ込んだハイソックスのまま、学校に行くということらしい。
夕べは夫婦ふたりきりの寝室だった。
怪人が真由美と同衾を願ったためだった。
真由美も、「いいじゃん別に」と、他人ごとみたいな顔つきで、怪人を自室に受け容れてしまっている。
いったい何があったんだ――
両親の懸念は当然だった。
けれども艶子も比留間も、娘がいつものように起き出してくると、なにも切り出せなくなっていた。
夕べと今朝とで、娘と怪人との距離は、明らかに縮まってた。
歯を磨いている間も、怪人は馴れ馴れしく真由美の肩を抱きつづけていたし、真由美はそれを拒むふうもなかった。
制服に着替えるときも、怪人は真由美の部屋から出なかった。
なにをしているのかはわからなかったけれど、時折娘がキャッキャとくすぐったそうな声をあげるのを頭上に聞きながら、
両親はただ顔を見合わせただけだった。
娘が学校に行くと、それからすぐに比留間も勤めに出ていく時間になる。
比留間はいつものように妻に見送られて玄関を出ると、家の周りを一周して自宅に戻り、
家の中には入らずに庭の植え込みの陰に身を隠した。
「いったい、うちの娘になにをしたのよ?」
窓越しに、妻の声がした。
妻の懸念はもっともだった。彼自身もっとも訊きたいことだった。
「安心しなよ、ヘンなことはしちゃいねぇから――」
怪人の声色は、落ち着き払っていた。
「ヘンなことって――」
艶子が言いよどんでいる。
「あの子の血は旨いな」
男はうそぶくように、そういうと、ちょっとめんどうくさそうに、
「安心しなって。処女の血は貴重品なんだから」
といった。
艶子の安堵が、窓ガラスを通して伝わってきた。
「だけどさ」
艶子はもはや、怪人相手にため口である。
「ほんとうに、なんにもしなかったのかい?」
「あの子はくすぐったがってただけだぜ」
男はいった。
何ということか――
ひと晩じゅうかけて、娘の首すじや胸もと、それに太ももや股間に至るまで、舐め尽くしたというのだ。
「え――」
さすがに艶子が絶句したその唇に、男は自分の唇を重ねてゆく。
窓越しに映る妻は、身を揺らして戸惑いつづけ、それでも結局、男の口づけを受け容れていった。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅちゅうっ。
吸血を伴わない口づけ。
だがそれは、夫の立場を脅かすに十分な熱さと深さを帯びていた。
「ちょ――主人出かけたばかりだよ、そんなこと・・・っ」
艶子は男の唇の追求を避けようとしながらも、そのつど頬を掌の間に挟まれて、けっきょく口づけを許してしまう。
狎れきった男女がそうするように、2人はつかず離れずしながら、キスを求めたり、拒んだり、強引に奪ったり、愉しみ合ったりし続けた。
窓の外では、比留間がひたすら、懊悩している。
なんということだ・・・ああ、何ということだ・・・
一夜にして犯されてしまった妻。
その妻は昨晩の交接を辱めとは受け取らず、いままたなんのためらいも見せずに再演するばかりの気色である。
俺の目がないと、ここまで許すのか。乱れるのか――
そう思いながらも、出ていって2人を制しようとするような無粋はするまい――と、なぜか思ってしまう。
邪魔をしてはいかん。そういうことは男としてよろしくないことだ。
人の恋時を邪魔するやつは――というけれど。
比留間は自分の妻のアヴァンチュールにすら、そんなことを考えてしまうような馬鹿律義なところがあった。
蹲る彼の頭上で、浮ついた口づけの微かな音が交わされて、夫の心を掻きむしるのだった。
「ね、、いいんだよ。姦っても。構やしないわよ」
なんということだ。
妻は自分から、身体を開こうとしていた。
「昨夜は引っぱたいたりして、悪かったね。亭主の手前、そうしなくちゃいけないかなって思っただけ。本気で叩かなかったろ」
という艶子に、怪人はいう。
「じゅうぶん痛かったぞ。憂さ晴らしにわざとやったな」
「ふふん、バレた?」
妻は自分を犯した吸血怪人すら、手玉に取っている。
艶子はまだエプロンをしていた。
男がエプロンに欲情するのを、よく心得てのことだった。
「あ!よしなさいよっ」
ドタッと押し倒す音がした。
激しくもみ合う音が、ガラス戸を通してやけにリアルに伝わってくる。
「ちょっと、ダメだよ。あっ――」
妻の声が途切れた。
ぐちゅっ。きゅううっ。
吸血の音が生々しく響いた。
比留間はたまらなくなって、植え込みから起ちあがった。
ガラス戸の向こうでは、組み敷かれた妻が、首すじを咬まれて目をキョロキョロさせている。
そんな妻の狼狽におかまいなく、男は自分の欲求を充たすことに熱中していた。
口許に散った血が、バラ色に輝いていた。
そして、そのしたたりが、はだけかかったエプロンに、そしてその下に身に着けた淡いピンクのブラウスにしみ込んでゆく。
「あ、あっ・・・なにすんのよっ」
ブラウスにシミをつけられながら、妻が抗議した。
血を吸い取られるよりも、服を汚されるのを嫌っているようだった。
比留間にとっても、想いは妻と同じだった。
あのブラウスは、やつが出所する前に迎えた妻の誕生祝いに買い与えたものだった。
夫婦愛の証しが、不倫の愉悦にまみれて汚されてゆく――なんという責め苦だろう?
始末の悪いことに、そんな状況が妻を悦ばせてしまっていた。
「きゃっ、やだっ、なにすんのよっ」
声では抗いながらも、吸い取った血潮を唇からわざとブラウスの胸めがけて滴らせてくる男の悪戯に、興じ切ってしまっている。
「ちょっと、やだったら――ほんとに失礼な人よねえ!」
身をよじって歯をむき出して抗いながらも、そうすることが男をよけいに楽しませることを、彼女は心得ていた。
男はなん度も女に咬みついた。
首すじに、胸もとに、わき腹に、ふくらはぎに――
艶子はわざわざ真新しいストッキングを穿いて、男の相手を務めていた。
肌色のストッキングは男の卑猥ないたぶりに触れるとフツフツとかすかな音を立てて裂け、
ふしだらに広がる裂け目が、男の欲情をいっそう駆り立てた。
「だっ、だめえ・・・」
そう声を洩らした時にはもう、破れ堕ちたストッキングはひざ小僧の下までずり降ろされて、
無防備に剥かれた股間に男のもう一つの牙を受け容れてしまっていた。
「あ・・・ぅ・・・うぅん・・・っ」
荒っぽいしぐさで男の吶喊に応えながら、女はもはや恥を忘れて、股間に渦巻く激しい疼きに身をゆだねていた。
「上手・・・もっとォ・・・」
妻の唇から、さらなる情交を求める声が洩れた。
組み敷いたブラウス姿から顔をあげて、男が窓越しにウィンクを投げてきた。
そんなもの――どうやってあいさつしろというのだ?
比留間は戸惑うばかりだったが、悩乱してゆく妻の様子から、もはや目が離せなくなっている。
「あ・・・ううん・・・」
意味のないうわ言をくり返す妻にのしかかり、怪人は囁きかける。
「だんなとどっちが良い?」
「あんたに決まってるじゃない」
ああ――なんと呪わしい返答・・・!
「別れてわしといっしょになるか?」
「ううん、それはしない」
「ほほー」
「あんただって、あいつの嫁を辱め抜きたいんだろ」
「よくわかってるな」
「あたしも、あいつの奥さんが犯され抜くのが楽しいの」
だって私――主人を愛してるから。
さいごのひと言は、窓の外からの視線の主へのものだった。
「時々さ――こんな感じで楽しもうよ」
彼女のひと言kは、どちらの男に向けられたものだったのだろう?
あとがき
前作の続きです。
そろそろ種が切れたと思ったのですが、まだ少しだけ残っていたみたいです。(笑)
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