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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

同期の妻

2023年11月29日(Wed) 01:34:11

はじめに

連載?の途中ですが、別プロットのお話がさらっと描けちゃったので、そっちからイキます。^^


吸血鬼を受け容れたこの街には、都会のオフィスの支店がある。
街の出身者であるこの会社の社長は、故郷に錦を飾るため、
吸血鬼に血液を供給することを目的にこの支店を立ち上げ、社員たちを家族帯同のうえで赴任させていた。

初代の社員たちは、あっという間に食い尽くされて、
たった一週間で家族を含めて全員が捕食され、街の住民と全く同化していた。
そのつぎの一団も、すぐに同じ運命をたどった。

第三次として派遣された社員たちも、同様だった。
すこしだけ異なったのは、家族もろとも血液を善良提供する羽目になった第一次第二次の社員たちには、新たに動員された第三次の社員やその家族に対して、優越権が付与されていることだった。
表向きの日常生活を人間として生き、夜は半吸血鬼として人の生き血を楽しむ習慣を植えつけられた彼らは、
同じ会社の社員として、新来の同僚たちを淫猥な吸血の世界にいざなう役割を果たしていたのだ。

「きょうはこれで終業なのかな?」
三日前に着任したばかりの早勢貴之は、同期入社のノリカワをかえりみた。
「うん、拍子抜けだろうけど、ここの仕事はこんなもんさ」
ノリカワはのんびりとそう応えると、こんな早くに帰ったら嫁さんにうるさがられないかい?と冗談を言いながら、貴之を行きつけのラウンジに誘った。
ラウンジは街では唯一の五階建てビルの最上階にあった。
スーツの肩を並べて見晴らしの良い眺望を楽しみながら、
「こういうところは女を誘ってくるべきだったなあ」
と、ノリカワはのんびりと笑う。
「あはは。そんなことしたら嫁さんにぶっ飛ばされちまうよ」
結婚して1年の貴之は、まだ独身の同僚の冗談を、軽くかわした。
ノリカワに従(つ)いてくる女なんて、いるんだろうか?
貴之はひそかに思った。
どうみても風采の上がらない、人の好いだけが取り柄で、いかに生真面目な努力を重ねたとしても上司にすんなりと見過ごされてしまうタイプの男――貴之は悪意の持ち主ではなかったが、ノリカワのことをそう見ていたし、実際ノリカワはそういう男だった。

けれどもたしかに、夕陽に染まるがじょじょに暖色を喪ってゆくその光景はなかなかドラマチックで、ノリカワの言い草ももっともだと思わずにいられなかった。
貴之の妻・憲子は、ノリカワと面識があった。
面識があるどころか、3人は同期入社だった。
憲子は名門女子大を優等で卒業した才媛で、入社当初から同期からはもとより、周囲から注目された存在だった。
そんな憲子にノリカワが密かに想いを寄せていたことを、貴之はまだ知らない。
憲子と結婚すると告げられたノリカワは、無念そうな表情をとっさに隠し、親友の幸運を祝った。
風采のあがらないノリカワにとって、意中の女性をほかのだれかに攫われる経験は、初めてのものではなかったから、
貴之はノリカワの無念にまったく気づかずに、披露宴の友人代表まで彼に依頼したのだった。
ノリカワの無念、思うべし・・・

妄想のなかで、なんど反すうしたことだろう?
いつもの生真面目な表情など忘れたように、好色な色もあらわに迫って来る貴之をまえに、
純白のウェディングドレス姿の憲子が怯えながら後ずさりしてゆく光景を。
憲子を追い詰めた貴之はわが物顔で彼女を抱きすくめて、量感たっぷりなドレスのすそを大胆にまくり上げると、同時に彼女の身体を力まかせに押し倒していくのだ。
倒れ込んだ拍子にあらわになった太ももは、ひざ上までは真っ白なストッキングにピンク色の脛を滲ませながらも、健康そうな素肌を覗かせる。
脚に通した純白のガーターストッキングをふしだらに皺寄せながら、
ものなれた貴之の上下動に腰の動きを支配されながら、
おずおずと動きを合わせてゆく憲子――
その羞恥に赤らんだ頬にはいつか、淫らな色さえよぎらせてゆく・・・
淫らなものが清純なものを支配するとき、淫らなものは自身の淫猥で、相手をも淫らに染め抜いて狂わせてゆく――
そんな情景が、まるで焼きごてのように呪わしく、ノリカワの脳裏に刻みつけられた。

「おいおい、次なんにする?」
次のドリンクを貴之に促されて、ノリカワははっとわれに返った。
「アハハハ、ぼーっとしているところは相変わらずだな」
貴之は他愛なくわらった。
けれどもノリカワは、いままでの自分をこばかにされたような気分をひそかに味わった。
片田舎にありながら、社長の特命で創設されたこの部署を希望するものは多い。
けれどもそれには身体検査や心理テストを含む数々のハードルをクリアしたものにしか、開かれていない。
エリート感覚を人並み以上に身に着けていた貴之が、そういうポストに目をつけないわけはなかった。
そして、自分よりも早い段階でそのポストに、お間抜けで人の好いあのノリカワが、当たり前のように先着していることが、不思議でならなかった。

いつの間にか、男2人の隣には、ドレスに着飾った若い女性がついていた。
「こういう店なのか?」
貴之が訊くと、
「まあいいじゃないか」と、ノリカワはかわした。
「奥さんには黙っておくよ」ノリカワはのんびりと笑った。
相変わらずお間抜けなやつだ――貴之はおもった。
こんなお間抜けなやつがどうして、俺の狙ったポストに先に就いているんだ?
素朴な疑問は、嫉妬に満ちていた。
エリート社員にありがちな、すべてにおいて競争相手よりも優位でなければならないという意識を、貴之は当然のように持ち合わせていた。
貴之の隣に来た女性は、ピンクのドレスが良く似合う、はたちそこそこの娘だった。
目鼻立ちは秀でていて、ちょっと交わした会話で、彼女がまれに見る才気の持ち主だということも分かった。
一方、ノリカワの隣に控える水色のドレスの女はすこし年増で、それ以上にくすんだ印象で、どうみても30代後半だった。
まったく――こういうところでつく女の格でさえ、やつは冴えない。
貴之は心の中でほくそ笑んだ。
とはいえ、多少の軽蔑は感じるものの、ノリカワは当地では唯一の同期であり、警戒心を必要としない(つまり出世レースでの競争相手ではない)貴重な仲間だった。
貴之はそういう意味で、ノリカワに対して友情と親愛の情をもっていた。
彼は自分でも知らないうちにノリカワの恋する女を奪っていたが、もしその真相に気づいたとしても、彼は自分の自尊心を満足させただけだっただろう。

知らないうちに杯を重ね、刻が過ぎていった。
さあそろそろ――と起ちあがったときにはもう、9時を過ぎていた。
「アラ、もうお帰りになっちゃうんですか?」
ピンクのドレスの女が、軽い失望をあらわに上目遣いの秋波を送ってくるのが小気味よい。
「うーん、家では嫁さんが待ってるからね」
貴之はそういって、お会計を・・・と言いかけた。
その瞬間。頭と足許とが真っ逆さまになった。
のんびり屋のノリカワが、「おい、おい!」と、いつにない切迫した声をあげる。
「アラ、いけない!」
ピンクのドレスの女がとっさに貴之を抱きかかえ、冷たく絞ったタオルを額に当てる。
水色のドレスの女は視界の隅っこで、病院に連絡でもしているのだろうか、それまでの遅鈍な応対とは裏腹になにやらテキパキと手配していた。
飲み物になにか入っていたのか??と思う間もなく、貴之は意識を失った。

「だあーいじょうぶかあー?」
聞き覚えのあるのんきな声が、意識を取り戻したばかりの耳に飛び込んできた。
あお向けに寝そべった真上には、病院のものらしい無機質な天井が広がっている。
声のしたほうをふり返ると、ノリカワが気遣わしそうに自分のほうを見ていた。
ノリカワは黒いマントを羽織っている。勤め帰りのワイシャツの上からだから、どうにも不自然で、不格好にみえた。
「どうしたんだその恰好!?」
自分が倒れ込んだのも忘れて、貴之は怪訝そうにノリカワを見返した。
「あー、これかい?献血のご褒美だよ」
ノリカワは相変わらず、のんびりとこたえる。
「献血?」
訊き返す貴之に、ノリカワは真顔になってこたえた。
「そう、献血」
ノリカワの表情が微妙にくすんで、真顔になる。
「どうした――?」
もう一度訊き返すいとまもなく、ノリカワは身を乗り出してくる。
彼の口許が視界を離れたと思うとすぐに、首すじに鋭い痛みが走った。
「悪い!かんべんしてくれや」
咬みついてきたはずのノリカワがしんそこ済まなさそうに、手を合わせる。
ど・・・どういうことだ・・・っ!?
ノリカワとは反対側にいる誰かが、貴之の両肩を痛いほど強く抑えつけてくる。
そしてそちらの側からも、首すじのもう片側に同じ衝撃を加えられるのを感じた。
いったいなんなんだ?なにが起きているんだ?
貴之は混乱した。
ベッドの上に横たわる両方から抑えつけられて、首すじを咬まれている――それだけはどうにか知覚できたけれども・・・
なによりも、首すじの感覚が不気味だった。
ジンジンと痛みを滲ませる首すじに、生温かく湿ったものが圧しあてられてきたのだ。
そいつはにゅる・・・っと這いまわりながら、噴き出てくる血潮を、ゆっくりと、ネットリと、舐め取ってゆく。
人間の唇・・・?
ぎょっとしてふり返った。
え・・・?
貴之は信じられないという顔をした。
さっきのピンクのドレスの女が、ニタニタと笑っている。
うら若く知的で落ち着いたイメージを跡形もなく払いのけて、下品で強欲そうな色を泛べていた。
はたちそこそこ、と思っていたのは、どういう錯覚なのだろう?
女は六十はとうに越えた老婆だった。
そのうえ口許には、貴之から吸い取った血液を、ヌラヌラ光らせている。
女が貴之の血を喫(す)ったことは、疑いなかった。
「ど、どういうことだ!?なんなんだよこの女!?」
貴之は叫んだ。
「もう少し辛抱して・・・じきに憲子さんも迎えに来るから――」
ノリカワは相変わらず、のんびりとした声色だった。
ベッドのうえ、四つの掌に抑えつけられて、貴之はひたすら、二人に首すじを吸われつづけていった。
ノリカワと老婆とが、自分の血で喉を鳴らして旨そうに飲み味わってゆくのを、どうすることもできなかった。
「若いっていいわね」
ピンクのドレスの女がいった。
女の口許には、貴之の身体から吸い取った血潮が、生々しく輝いている。
「こいつ、スポーツ万能で女にモテたんだ。ぼくとは大違いだろう?」
「アラ、貴方だって良いところあるわよ」
女がいった。
自信もちなさいよ――と言われながらノリカワは、
「あんた優しいな、お世辞でも気がまぎれるよ」
と、まんざらでもなく感謝している。
「あんたも飲みなさいよ。恋敵の血は旨いわよ」
女がいった。
「ど・・・どういうことだっ!?」
恋敵という言葉を聞きとがめて、貴之が声をあげた。
ノリカワは女の誘いにウンと頷いて、起ちあがった。
そして、布団をめくると、貴之の太ももにかじりついた。
食い込んできた犬歯は尖っていて硬く、貴之は悲鳴をあげた。
「まだ効いてなかったのね」
女がいった。
「構わないから、思う存分やっちゃって」
女の指示に応えるように。
ズブリと食い込んできた犬歯は、皮膚の奥に脈打つ太い血管を食い破った。
じゅわっ。
大量の血が撥ねた。
布団に生温かい液体が飛び散るのがわかった。
「なっ、なにを――」
絶句する貴之におかまいなく、ノリカワはほとび出る貴之の血を嚥(の)んでいった。
そのうちに。
咬まれた傷口の痛みが鈍磨してきて、痺れを帯びた疼痛に変わってゆくのを、貴之は感じた。
「うふふふふふっ。効いてきたわね。あんたもやるじゃない」
女は、自分の相方を褒めた。

時間が経った。
首すじや太ももから流れる血の勢いが、さいしょのころよりはずっと、緩慢になっている。
失血のせいなのか、手心を加えた咬み傷が、自然に止血に向かっているものなのか。
「な、なんなんだよお前――」
ぼう然と呟く貴之に、
「うん、いきなりで悪りぃな」
と、ノリカワはなん度めかの詫びを入れる。
「あんた、謝り過ぎだよ」
ピンクのドレスの女が突っ込んだ。
「悪りい。ぼくの悪い癖だね」
ノリカワは従順に受け答えした。
「そうだな、今夜から貴之の血はぼくのものなんだもんな」
貴之はとびあがらんばかりに驚いた。
そんな貴之に応えるようにノリカワは、
「これ・・・」
と、ワイシャツのうえから不格好にまとった黒マントをちょっと持ち上げた。
「いまのぼくの正体」
ノリカワはみじかく告げた。


半年ほど前のこと。
ノリカワが赴任した最初の日だった。
所属長に招ばれて所長室に入ると、そこには見慣れぬ女が控えていた。
「ああ、ノリカワくん?この人ね、きょうからきみの女あるじだから」
所属長は事務的な口調でそういうと、スッと事務所から出ていった。
どうみても還暦過ぎの老婆は、無言で迫ってきた。
痩せこけた体格に似合わず、万力のように強い力で、ノリカワのことを押さえつけると、カサカサに干からびた唇を、その首すじにあてがった。
ノリカワが女の正体を自覚するのに、数分とかからなかった。
女はノリカワの血で、ゴクゴクと喉を鳴らした。
自分の血を愉しまれているのを、ノリカワはすぐにさとった。
死なす気なのか?それとも、たんに血を楽しんでいるのか?判断がつかないままに、女は自分の血を貪欲に含んでいった。
「あー、うー、こ、降参・・・」
ノリカワがそういうと、女は嗤った。
「あんた呑気なのねえ」
身体の力を失って足許に転がったノリカワは、言い返す気力もなかった。
「だいじょうぶ。あんたの若い血は、ぜんぶ飲んであげるから」
女はそういうと、軽くハミングしながらノリカワを抑えつけて、
ワイシャツから覗く首すじに、もういちど唇を吸いつけてきた。
「あ、あ、あ・・・」
うろたえているうちにも、血液はズイズイと、抜き取られてゆく。
「ぼく死んじゃうんですか」
ノリカワは訊いた。
「あなたしだいだね」
女はこたえた。
「まだ四十代のお母さんと、中学生の妹さん、いるでしょ?」
耳たぶに圧しつけられた囁きが、くすぐったい。
「お二人を招んで。だいじょうぶ、死なせない。
 招んでくれたら感謝する。とっても嬉しい。というよりか、援けてほしい。
 私のこと――」
女はそういうと、こんどはノリカワのズボンを脱がせて、太ももに喰いついてきた。
「若いひとの身体って、咬み応えがいいわ。あんたの身体って最高――」
女はいった。
貧相な体格をしたノリカワは、自分の体躯を褒められた経験がなかった。
「ぼく、運動音痴だし、全然ダメなんですよ・・・」
ノリカワは、やっとの想いでいった。
「あんたって、ほんとうに良い人だね。私、あんたの血を吸い尽くしちゃうかもしれない女なのよ」
女はいった。
「でも・・・でも・・・なんか話が通じそうな気がするから・・・」
ノリカワは、懸命につづけた。
「血をあげれば助けてくれるってことで、とりあえず良いですか?」
女は無言でうなずいた。
「でも、家族にはやっぱり、手を出さないで欲しいです」
それするくらいなら、ここで死んだほうがましだから・・・
生きるか死ぬかの瀬戸際でさえ、そう口にする気持ちがノリカワにはあった。
「もったいないなぁ――」
女はいった。
どうやら、獲られる血液の量と自分の生命とが、両てんびんにかけられているらしい。ノリカワはおもった。
でも――やっぱり家族は犠牲にできないよな――ノリカワは、覚悟を決めた。
女は意外に、寛大だった。
「わかった。助けてあげる。家族招びたくないなら、それもいい。でも、私のことも援けてほしい。これはお願い」
「ど・・・どうやって?」
女はノリカワの背中を抱き起して、彼の上体をひざで支えながら、いった。
「あんたの血を頂戴。くれられるだけで良いから。やっぱり若い血っていいな。あんたの血を吸って、改めてそう思った。
 生きるために欲しいし、楽しむためにも欠かせない。
 時々でいいからさ――」
「褒められているの?それとも、ぼくってあなたにとって、ただの獲物なの?」
ノリカワは呟いた。
「褒めているんだよ。家族を拘わらせたくないって言うあんたの心意気も素敵」
女はいった。
「でもあたしたちも、人間の血が要るの。こんなこと、都会では絶対無理。だからここの人たちといまは、仲良く暮らしてる・・・」
そういう街なのよ、ここは――と、女はつづけた。
わかったよ・・・
ノリカワは、とうとう観念した。
そして、人間の生き血がなければ生きていけないという女に同情した彼は、
「ぼくので良かったら、いいですよ」と――
自分の血液を提供することを約束していた。

「ノリカワくん、きみの査定をあげるからね」
翌朝出社すると、所属長はやはり事務的な口調で、ノリカワの昇給を約束してきた。
「夕べのことですか?」
ノリカワはいった。
「わかってるだろうけど」
所属長は乾いた声でこたえた。
「だったらいいです」
え・・・?
怪訝そうに見返す所属長の視線をはね返すように、ノリカワはいった。
「あのひと困っているみたいだから、自分の意思でそうします。
 でも、親からもらった血と引き換えに金をもらうなんて、あり得ません」
ノリカワの言い草に、所属長はグッと詰まったようだった。
「感心だね、きみは――」
うわべの言葉だけではなく、本音で感心したようすだった。
「そう言ってくれるのなら、きみは本当の意味での仲間だ」
所属長はいった。
「じつは私も、ここに来たばかりの時にはびっくりした。
 わたしも、妻と娘ともども、あの人たちに献血しているんだ。
 さいしょは自分のめぐり合わせを呪ったが、
 いまでは家族ぐるみで、仲良くやっているんだ。
 きみのような人が増えると、とても助かる。
 なにしろ・・・困っているひとが多いものでね」
自分の妻がモテるのって、夫としては嬉しいものだよ――と、所属長は小声でいった。


すべてが信じがたい話の連続だった。貴之はただ、お人好しな同期の顔を、穴のあくほど見つめ続けていた。
「それからね、しばらくしてぼくは、母さんと妹を招んだんだ。
 処女の血は重宝されるから、死なせることも吸血鬼にすることもないけど、
 セックス経験のある女のひとって、みんな迫られちゃうんだ。
 だから、母さんのことはあらかじめ父さんにも話さないと――って思っていた。
 父さんはね、なにか予感したんだろうね、ふたりを招んだときに、いっしょについてきたんだ。
 ぼくは3人のまえで、いまの状況を正直に伝えた。
 母さんに浮気してくれって頼むようなものだから、ひどい息子だと思われるとおもった。
 親子の縁を切られてもしょうがないかなって思ってた。
 それでもぼくは一人でこの街に残るから――って言ったら、
 母さんが号泣したんだ。
 あんた一人でなに悩んでるのよって。
 それから、『お父さん・・・良いですか?』って、父さんに訊いてくれたんだ。
 父さんは間違いなく、母さんに気おされていた。
 自分の妻が吸血されて犯されるなんて、ふつう受け容れられないよね?
 父さんもさすがに、かなりためらっていたけれど、さいごには、
 『ユウキを独りにするわけにはいかないもんな』って、言ってくれた。
 うちの一家が家族そろって献血するようになった功労者は、ぼくじゃなくて父さんだね。

長い時間かかったはずの打ち明け話なのに、ものの数分と経っていないように、貴之は感じた。
「え・・・じゃあ、いまはご一家でこっちにいるのか?」
「ウン、さいしょは一泊のつもりだったけど――妹の学校もあるしね――結局三泊していったんだ。
さいしょのうちは、沙織だけはよしましょうよ、将来があるんだから家に帰してあげようよって母さん言ったんだけど、
 沙織はみんなそうなるのに私だけ仲間外れなんて嫌だって言って・・・
 母さんには、七十過ぎの痩せこけたお爺さんがついて、
 父さんは母さんを襲う前に、自分を何とかして欲しいってそのひとにお願いして、さきに吸われて、気絶寸前までなって、
 その目の前で、母さんも首すじを咬まれていったんだ。
 母さんの血が美味しそうに吸い出されるのを見て、このひとたちに家族を紹介できて良かった――って思ってしまっていた。
 沙織は、そのお爺さんとはべつの男が欲しがって・・・
 希望者が3人いたんだけど、母さんは自分が咬まれる前にその人たちとお話してみたいっていって、
 でも、3人とも若い子の血が欲しいって必死な様子で――母さんも決めかねちゃって・・・
 それを見ていた沙織が、みなさんでどうぞって――
 沙織のやつ、制服着てきたんだけど・・・
 相手の男のうち、沙織に真っ先に咬みついたやつは、
 初めて好きになった子の制服が紺のジャンパースカートだったんだって、嬉しそうに言ってたっけ。
 ほかの1人は白のハイソックスが大好きだって、
 沙織の脚を咬んで、ハイソックスを真っ赤にしながら血を吸い取って、
 もう1人は、オレわき腹が好きなんだって、制服に穴をあけてごめんねって言いながら、
 沙織のジャンパースカートのうえから、わき腹に喰いついていた・・・
 母さんの希望者も、4人いたんだ。
 「沙織に勝っちゃったみたい♪」って、父さんのまえでわざと陽気に振舞って見せて、
 父さんは、気絶寸前まで失血しながらも、ずうっと意識を保とうとしていて、
 「殿方大勢にモテモテになって困っちゃう」って笑う母さんが堕ちていくのを、さいごまでしっかりと見届けたんだ。
 ぼくは一期生だったから、家族の血まで気前よく与えたお礼をもらえることになった。
 その後に赴任してくる同僚やご家族のなかから、好きな人を選んでいいって。
 ほんとうは、そんなの要りません――って言ったんだけど。
 無欲なのもいいけれど、きみも血を提供するんだから、少しは健康を維持することを考えなくちゃいけないよ――って、
 所属長に勧められて・・・
 ぼくの隣に座っていた、水色のドレスの人、いただろ?
 あの人じつは、次長の奥さんなんだ。
 次長は二期生で、ぼくは一期生だからね。
 当然ぼくのほうが、優越するルールなんだ。
 やって来た女の人たちのなかで、いちばん惹かれたのがあのひとだったんだ。
 あのひと、47なんだよ。若く見えるけど。
 でも、ああいう人好みなんだよね。こんなことだから、結婚できないんだろうけどね。
 次長は愛妻家だから、気の毒だよねって思ったけど――
 いまは、それなりに仲良くやってる。
 赴任中にだれにも咬まれないことは不可能って聞かされていたから、
 どうせだれかに咬まれるのなら、妻を好いてくれる人のほうがまだましだ・・・って、思ってくれて。
 「家内に目をつけるなんて、きみは目が高いね」って笑ってくれて。
 同じ女性を好きなもの同士、よろしく頼むよ――って、言ってくれたんだ。

「と・・・いうことはさ・・・つまり・・・」
貴之はあえいだ。
標的は自分だけではない。憲子が危ない。
そう実感した矢先、病室のドアが開いた。
「あなた、だいじょうぶ?」
憲子が心配そうに、ベッドの上の夫を見ていた。

そのあとのなりゆきを、貴之はずっと忘れない。
「アラ奥さん、よくいらしたわね」
ピンクのドレスの妖怪が、憲子に声をかけた。
なにも知らない憲子は礼儀正しくお辞儀して、
「主人がご迷惑をおかけしました」
といった。
「イイエ、そんなことないわよ」
とこたえる老婆の言葉は、本音と裏腹だった。
――これからたっぷり「ご迷惑」をかけるのは、こっちのほうなんだから――
横顔にそんな想いがありありと刻まれていた。

連れて帰れる状態なのですか?と訊く憲子に対して女は、
「ご夫婦でひと晩泊まれば良いじゃないですか」
と、わざとらしく笑った。
え・・・?
怪訝そうに首をかしげる憲子の背後に、ノリカワが迫った。
いけない・・・ダメだっ。
貴之は叫ぼうとした。
憲子、後ろっ。そいつにつかまるなっ。
――そう叫んだつもりだった。でも、声にならなかった。
その次の瞬間、後ろからノリカワに羽交い絞めにされた憲子が、首すじを咬まれて悲鳴をあげた。
悲鳴のすぐあとに、ノリカワの突き立てた牙が根元まで埋ずまるのを、貴之は視た。
妻の首すじに密着した頬にバラ色のしずくが大量に撥ね散るのも、貴之は視た。
じゅるうっ・・・と、ノリカワの喉が旨そうに鳴るのを、貴之は聞いた。
や、やめてえっ!と叫ぶ憲子が、吸血が進むについれて動作を緩慢にしてゆく。
自分の母親が父親の前で犯されたように。
ノリカワは俺の前で、憲子をモノにしようとしている――
貴之は、目のまえが真っ暗にまる想いだった。
エリートコースをひた走っているはずの俺が、どうして?
同期きってのエリートと結婚したはずの憲子が、どうして?
うろたえる貴之に向かって、ノリカワが声を投げた。
「貴之、悪りい。ぼく、憲子さんのこと好きだったんだ」
え?貴之は耳を疑った。聞いてないぞ、そんな話・・・
「でもそういったら所属長が、『じゃあ早勢くんの奥さんは、きみが面倒を見ると良いよ』って言ってくれたんだ。
 所属長も、自分の奥さんの相手は、奥さんのことを気に入ってくれたひとを選んでいたからね――
 次長だって、ぼくが奥さんのこと気に入ったから、吸血を許してくれたからね――
 ぼくに憲子さんはもったいないって、自分でも思うけど――
 できるだけのことをしてあげるつもりだから・・・・・・」
言葉も終わらずに、ドクドクと噴き出る憲子の血を、ノリカワはけんめいに口に含んでゆく。

「できるだけのこと」って、・・・なんだ・・・?
貴之はぼう然として、もみ合う二人を見つめていた。
血を抜かれた身体はぴくりとも動かなかった。
かつてノリカワの父親が先に血を抜かれて、自分の妻が犯されるのを見届けるはめになったときみたいに、
最愛の妻が凌辱されるところを目の当たりにするのを強制されるというのか・・・っ。
無念だった。理不尽だとおもった。
でも――ノリカワの牙は着実に憲子の素肌に肉薄して、首すじから肩先、わき腹と、なん度も喰いついていって、
そのたびに憲子は悲鳴をあげ、抵抗の力を弱めてゆく。
「憲子さんはおしゃれだなあ。いつも身ぎれいにしているから、憧れていたんだ――」
ノリカワは、真顔で告げた。
お前・・・ほんとうに憲子のことが好きだったのか・・・?
ハハ・・・
ノリカワは、乾いた声で笑った。
「きみとぼくじゃ、勝負にならないって。
 だからみすみす、お前が彼女に近づくのを、横目で見ているしかなかったんだ。
 無念やる方なかったけど、優れた男にはそうする権利があるんだものな・・・」
ノリカワの告白は、哀調を帯びていた。
ぐんぐんと上昇することしか視野になかった貴之のまなざしが、周りと、自分の後ろにも向けられてゆく。
そういうことだったのか――
貴之にも、非力だった幼年時代があった。
それから発奮してスポーツに励み、要領よく学歴も重ねて、いまの自分がある。
その積み重ねのうえに勝ち得たものに対して、後ろめたいなどとは思わない。
けれども、どうあがいてもどうすることもできないやつだっているんだ。
ノリカワは、そういう悲哀を30年以上、味わいつづけていたんだ。
貴之は、ノリカワがぶきっちょな努力家であることを知っていた。
同期で一番努力するやつだった。
なんて要領の悪い――だからいっつも、おいしいところを取り落とすんだ。
軽侮していたころのことを、遠く思い出す。
でも、立場が逆転したいまは、どうだろう?

「憲子・・・憲子・・・」
呼びかける妻は、もうこちらを視ていない。
憲子さんはおしゃれでいいなあ・・・こういうときでも、こぎれいなワンピースなんか着てくるんだもんなあ・・・
ノリカワの賛辞はきっと、本音なのだろう。
ひとを弄んで侮辱するやつでは、昔からなかった。
憲子はそのこぎれいなワンピースを、咬まれるたびに血浸しにしながら、
のけ反ったり、悲鳴をあげたり、お願い止してと哀願したりしている。
そのたびに。
ノリカワはゴメン、悪い・・・とぶきっちょに謝罪を重ねながら、
血に飢えた本能をそのまま、憲子に対してぶつけてゆくのだ。
「私の血、そんなに美味しいんですか!?」
とうとう憲子はそう叫んだ。
「あ、ハイ・・・!」
ノリカワは、叫び返した。
「私のことが好きなの!?」という叫びに、「好きです!」と応えるように。
憲子は困ったように佇み、夫を見た。
「大人しく飲ませてあげたほうが良いのかな・・・」
謝罪するような眼差しが、じわじわとくすぐったかった。
憲子が愉しみ始めていると、貴之は感じた。
咬まれるたびに。
着衣に血が拡がるたびに。
憲子は思い切り叫び、きゃあきゃあと騒いだ。
けれどもその声色に、いつかくすぐったそうな愉悦が混ざり始めているのを、貴之は聞き逃さなかった。
「私の服を濡らすのが楽しいんですか?」と訊き、はい・・・と答えられるとすぐに、
「もうびしょ濡れだけど、よかったらどうぞ」と、ワンピースのすそをたくし上げて、スリップのうえからお尻を咬ませてしまっている。

いままでなん人もベッドの上に押し倒してきた娘たちがあげるのと同じ声色を、目の前の妻があげ続けていた。

「少しなら。。。献血しても良いんじゃないかな・・・」
いかにも気の進まなそうな声色で、貴之は妻にこたえた。
「ノリカワは同期だから、きみがほんとうに困ることまでしないだろうから・・・」
言い添えた言葉に思わず本音を含んでのを、貴之は感じた。
「う、うん。そうするね」
憲子はかろうじてこたえて、ノリカワのほうを振り向いた。
「お洋服濡らすのが好きなんですか?」
「あ、ハイ。いけない趣味ですよね?」
「良くない趣味だと思います。女の人は怖がりますよ」と言いながら憲子は、
私はだいじょうぶだけど――とつけ加えていた。
ノリカワもその呟きを、訊き逃さなかった。
憲子はきれいな瞳で、ノリカワを見つめた。
「同期のよしみで、今夜はお付き合いしますから――」
それは、ノリカワがずっと待ち焦がれていた声だった。
差し伸べられたすらりとしたふくらはぎを、淡い光沢を帯びたナチュラルカラーのストッキングが包んでいた。
恐る恐る吸いつけた唇の下、うら若い血液を脈打たせる血管の気配にときめきを覚えながら、
ノリカワはむき出した牙に力を籠めて、憲子の素肌を食い破っていった――


あとがき
異常なお話ほどさくっと描けちゃうのは、どういうものなのだろうか?と、いつもながらに思います。(笑)
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