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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

女装の刻

2006年08月05日(Sat) 07:30:24

女はべつの肌で、呼吸しているのか。
淑夫はなんとなく、そう思う。
美容院のような密室の、鏡の前に座らされて。
傍らの男はさっきからぺたぺたと、脂粉のような感じのするものを、
頬に塗りこめてくる。
鏡に映る自分の顔は、すでに別人になっていたけれど。
まだまだ・・・ですよ。
男はそういって、脂粉を塗りつける手を休めようとしない。
ファンデーション、という、自分には無縁と思ったものが、
いま自分の素顔のほとんどを覆い隠して、皮膚のうえにもうひとつの肌を創りあげている。

脱ぎ捨てられたワイシャツやズボンが、よそよそしく部屋の隅に吊るされていた。
代わりに淑夫がまとっているのは、白っぽい女もののワンピース。
丈の短めなワンピースからは、黒ストッキングに包まれた脚を、
にょっきりと覗かせていた。
ふつうは肌色なんだけど。
男はにっこり笑いながら、淑夫を見た。
思い切って黒にしたほうが。
コントラストができて。綺麗かもしれないですよ。
静かな笑みに、知らず知らず男の意図のままに動いてしまっている。
慣れない手つきで脚にとおした薄手のナイロンの靴下は
思いのほか伸縮性があって、ぐーんと引き伸ばされて、
毛脛の薄いふくらはぎを別人のように彩っていた。

つけ睫毛はどうしても、違和感がつよかったけれど。
男は許してくれなかった。
ルージュを刷くときだけは、本当に女になったような気がして。
少しうっとりとした気分になったけれど。
女に化(な)るのも、大変だな・・・
妻には、いつもおめかしして、小ぎれいにしていてくれ、と。
かなりの負担を強いていたことを、いまさらのように実感する。
さぁ、できあがり。
にわか娼婦のようだった。
無理にもそう思わなければ、理性を保てそうになかったけれど。
男にしては優しい顔だちは、見事なまでのレディに生まれ変わっている。

お綺麗ですよ、と。
そう、言われて。
なぜか嬉しいと感じている。
醜態・・・ではなかったという安堵・・・ではなくて。
鑑賞するような男の目が、むしょうに歓びをかきたてる。
女には、綺麗だ、綺麗だ、といってやるものだよ。
いつだったか、世知に長けた悪友が、そんなふうに嘯いていたっけな。

さて・・・と。
洒落たテーブルの前、椅子に座らされて。
飲み物をすすめられた。
思いのほか長時間になった、「化粧」という名の作業。
女はいつも、これを独りでやるのか・・・とあきれるほどの工程を通り過ぎて、喉の渇きを覚えたけれど。
鄭重に、断っていた。
服にシミをつけると、まずいから。

身に着けた女ものの衣裳がまとわりつく、しゃなりしゃなりとした感覚と。
初めて穿いたハイヒールという、おそろしく歩き心地の悪い靴と。
そうした感覚に慣れて、ふつうに動き回ることができるようになるまでは。
特別なことはなにもしたくない。
自ら望んだ体験とはいえ。
思い描いていたものとはかけ離れた不自由さがそこにあった。
夢に包まれるような、忘我と陶酔の世界。
そんな想像とは反対に。
そう。まるで、縛られているような・・・
思いを見透かされたのだろうか?
女は衣裳に縛られているのですよ。
男はそう言って、淑夫の両肩に掌をおいた。
掌は密着するようなしつようさで淑夫の両肩を撫でると、
そのまますうっ・・・と、二の腕におりてゆく。
密着感は、かわらない。
女を扱い慣れた手だ。
そう直感した。

男は椅子に腰かけた淑夫の傍らにかがみこんで、いつの間にか背後にまわり込んでいる。
ストッキング、お似合いですね。
吹きつける息が、脚許を妖しくよぎった。
この感覚は、悪くない。
肌に吸いついたように密着した薄手のナイロンは、ほどよい束縛感を帯びながら、
まるで女の肌そのもののように、彼の脚をしっとりと刺激し続けている。
ぺた・・・
だしぬけに。
柔らかく濡れたものを、足許に圧しつけられていた。
なんだろう?
男の唇だとわかるのに、かなり時間がかかった。
それくらい、奇矯な行動だったけれど。
男の意図がわかったときには、もう手遅れだった。
ちょっとのあいだ、ストッキングの感触を愉しむかのように
ぬるぬるとねぶりつけてきた唇から、
いつか鋭利な牙がにじみ出ていた。

ぎゅう・・・っ。
まるで注射針のように、むぞうさに。ひと思いに埋め込まれて。
淑夫はアッと叫ぶと、椅子のうえでのけぞっていた。
痛みよりも。驚きのほうが強かった。
な、なにを・・・
応えの代わりに、
ズ、ズ・・・ッ
足許から重たい音が洩れた。
血を啜る音だった。
あ・・・う・・・
抗おうとする数瞬。
けれども椅子の下に身をかがめた男を脚から引き離すのは難しく、
着慣れない衣裳に遮られているうちに、血はどんどん吸い取られてゆく。
縛られている・・・そんな感じがするでしょう?
男の口調は、さっきと変わらぬ控えめなもの。
嘲りも、勝ち誇るふうも、微塵もないそのようすが、わずかに淑夫のプライドを救った。
いま少し、頂戴しますよ。
男がもう一度、ストッキングの裂け目のうえから唇を吸いつけたとき。
ワンピース姿は抗うことをやめていた。

周囲の視界が、ぼうっと滲んでいる。
頭のなかは、とうに無重力状態だった。
ぜんぶ、抜いてしまうつもりかい?
そのほうが、お幸せだとおっしゃるのなら。
どうして・・・
淑夫の問いに。
夕べのことです。
奥様からもこうやって、血をいただいたのですよ。
いつの間にか、妻が入ってきていた。
こんなところに、来るはずはないのに。
妻のまえ、女の姿をさらしながら。
もう羞恥心は忘れていた。
お綺麗ですわ。あなた。
棒読みするような口調に、妻もまた理性を奪われているのがわかった。
貴方を、レディに変えたように。
奥様を、娼婦に変えてしまいました。
男は淑夫の妻になれなれしくすり寄ると、白いうなじに唇をあてていた。
きゅうっ。
人をくったような、あからさまな吸血の音に。
淑夫はただうっとりと、聞き惚れてしまっている。
あぁ、あなた・・・
甘い媚びを含んだ妻の上目遣いが。
自分ではない男に向けられている。
なぜか、怒りを覚えなかった。
じぃんと痺れた脳裡から、世間並みなプライドは跡形もなく消えていた。

男はハンカチを取り出して、しずかに口許を拭おうとする。
似合っていますよ。
思わず淑夫は口走っていた。
家内の血が、貴方の頬に。
こちらを窺う一対の男女に、ほっと安堵のため息が洩れて。
周囲の空気が和むのを覚えると。
もう、取り返しがつかないのだな。
ほろ苦い想いが、ちらとかすめたけれど。
気分はどうだい?
素晴らしい気分よ。いまのあなたとおなじくらい。
そんな応えがかえってくると。
わき上がる深い陶酔が、濃霧のように立ち込めるなか。
ぞんぶんに、辱めていただくように。
従順に頷く妻に、満悦の笑みを返しながら。
淑夫は結婚指輪を指から引き抜いてしまっている。


あとがき
身にそぐわない女の衣裳があたかも呪縛のようにまとわりついて。
日常を侵されてゆく男。
倒錯の世界では、妻にほかの男を迎えることも、違和感を覚えないようです。
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コメント

言い訳・・・ですね
女装をする、その一事で日常ではないところにいると思う。
大人の行動には<いいわけ>が必要ですものね。

わたくしはメイクをしないのですが
>脂粉
>ルージュ刷く
という、女性でもほとんどしなくなった表現につい、ふふふと微笑んでしまいました。
男性でも口紅は紅筆で塗られるんですね♪
by 祥子
URL
2006-08-05 土 07:39:50
編集
>祥子さま
オトナならではの、「ずるい」装置ですね。>いいわけ
若い頃よりもいいわけが増えるのは。
窮屈になるからか。いびつな想いが広がるからか・・・

紅を刷く・・・という言葉。
たんに「塗る」というよりも風情を覚えます。
彼が塗ったのは筆なのか、それともごくふつうの口紅なのか。
どちらにしても、きっと心のなかでは「刷く」という行為をしていたのでしょうね。

>微笑んでしまいました。
(^^ゞ ←無言の苦笑。
by 柏木
URL
2006-08-05 土 22:56:58
編集
 オットォ!(・o・ノ)ノ
 お化粧をして女性の服を着て
お澄まししているためにじっと動けないで入る柏木さん♪
か、かわいい。
奥さまと二人で吸血鬼さんの両手に花に・・・・。

でも、さやかは口紅と頬紅ぐらいしか
お化粧をしないので
どうしてあの壁塗りがいいのかよくわからない。
(?_?)なぞ。
by さやか
URL
2006-09-07 木 18:29:02
編集
かべぬり
言いえて妙ですねぇ
>さやか様
このお話を選んでくれる。というのも、嬉しいなあ。^^
化粧や服やストッキングに意外に愛着をもたない女性が多いのは。
いつでも着れる。
という有資格者だからだと思うのです。
まさに、男には許されない特権。
まずふつうには、身に着けることも、装うことも、刷くこともできないはず。
お堀があると乗り越えて、向こう側で遊びたくたくなるのが、人のさが・・・と申しましょうか。
by 柏木
URL
2006-09-07 木 21:08:21
編集
ウーン (Θ_Θ;)
 じゃあ、実際に塗ってみてどうでした?
さ、酸素が・・・!
とか
この一枚上の「しっくい」剥いでくださーい。
とか、思わなかった?
ヾ(▽⌒*)キャハハハo(__)ノ彡_☆バンバン!!
by さやか
URL
2006-09-08 金 15:47:29
編集
>さやか様
同感。^^;
イタズラする時にかぶるお面のように、頼もしかったかも。(違)
by 柏木
URL
2006-09-08 金 20:24:11
編集

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