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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

妖しいカウンターの美女

2006年12月30日(Sat) 10:26:49

仕事納めの日は、午後になるとオフィス内でビールの栓が抜かれ、あとは自然解散となる。
冬至を過ぎたとはいえ、まだまだ日の短い冬の午後。
四時半を回ると、あたりはもう暗くなってしまう。
里心のついたものは家路をいそぎ、
帰るあてをもたない若いものは、見慣れぬ平日の街中を、あてもなくさ迷い、
寄り添う相手をもつものは、さりげなく年末の挨拶を告げて気配を消してゆく。

なにか特別の行事があるときは。
去年はどうだったっけ?つい思い出してしまいがちだが。
去年は・・・悲惨だったよなぁ。
蛭田はゾクッと、肩をすくめる。
ひどい二日酔いに苛まれて。
後片付けはすべて、奈津子がやってくれて。
もちろん、いやな顔ひとつしないで・・・とは、問屋が卸さない。
年の暮れはは腰が抜けるほど。
情事ならぬ奈津子の家の大掃除にこき使われたのだった。

その、後片付けをしたり大掃除をさせたりした女が。
いま澄まし顔をして、隣を歩いている。
「どこ行くぅ?」
さりげなく訊いてくるのだが。
本音というフィルターで変換すると。
「どこでご馳走、してくれるのかな?」
ということになる。
自分のサイフを開かないのが身上の奈津子が、年の暮れだからといって自らの信念を枉(ま)げるはずもない。
で、さらに意地悪なことに。
連れて行った店の格で、男を判断するのである。
去年はたしか、女史に役員室に呼ばれて・・・
酷い頭痛が治った代わりに目にしたものは、がらんとしたオフィス。
誰もかれもが蛭田のことなど思い出しもせずに、事務所をあとにしていたのだった。
奈津子はあれから、だれと何処へ行ったのだろう?

ぎぃ・・・っと、古びた扉を開いた向こう側には。
煙草の煙が立ち込めている。
蛭田は煙草を、好まない。
思わずむっと顔をしかめて、開いたドアを閉めようとしたが。
「いらっしゃいませ」
間髪入れないマダムの声が、「逃がさないぞ」というように。
新来の客に、クリアな声を投げてくる。
「いいわよ。ここで」
マダムと奈津子に挟まれて。
まるでピストルを突きつけられた人質みたいに、
気の進まない足どりが、入口ちかくのカウンターに向かった。
あたりはいちめん、煙草の煙。
蛭田はブルッと、身震いしたが。
男ずれした奈津子のほうは、煙草の煙などへいちゃららしく、
「ふーん、しゃれたお店じゃん」
あんたにしては、見直したわ。
そういいたげに、蛭田のことを舐めるように見つめる。
蛭田はまたも、ビクッとする。
(コンナ洒落タオ店。イツノ間ニ開拓シタノヨ?一体誰ト?)
じろじろさぐる目線が、痛いほど突き刺さってくるのだ。
あぁ、もうすこし。もうすこしの辛抱だ。
吸血タイムになると、力関係は逆転する。
  あぁ、許して。放して。もういやあああっ。
身を揉んで泣きむせぶ奈津子の姿が、じわりと意識を彩った。
あくまで強気に彩られた日常とは、まるっきり別人になって。
蛭田に苛め抜かれることで、あらわな愉悦を滲ませるのだ。

「ねー!なにぼけっとしてんのよ。乾杯乾杯!」
蛭田の妄想などお構いなしに、奈津子姐さんに仕切られて。
いつの間にか、マダムも乾杯の輪に交じっている。
「いつから来てるのー?」
いかにも無邪気そうな質問を、マダムは「さぁ、お客さまはいつからでしょうか」と軽く受け流しているのだが。
いつ、来たんだろう?こんな店・・・
いちばん不思議そうなのは、じつは蛭田本人だったりする。
「なぁによ、あそこのステーキ。看板倒れもいいとこね」
蛭田が一生けんめい探したレストランの味は、女王様のお気に召さなかったらしい。
「それにひきかえ。こちらのお店はなかなかいいじゃない?見直したわよ」
声色から毒が去っていない証拠に、
「マダムもとても。美人・だ・し♪」
わざわざマダムがはずしたときに、囁いてきたりする。

奈津子が手にしているのは、見慣れない琥珀色の飲み物。
「それ、何てカクテルですか?」
必死になって話題をそらそうとする蛭田の手に、めずらしく乗って
「あら、ギムレットよ。違うかな?なんだっけ?」
うわばみな奈津子は、さっきから手当たり次第に注文しているカクテルの銘柄など、忘れてしまっているらしい。
「あの、これは・・・?」
蛭田の問いは、マダムの耳に届かないらしい。
すぐ目のまえでシェーカーを振っているのに。
長い黒髪を後ろで束ね、ストレートに垂らし、
シェーカーを振るたびに、揺れる髪がツヤツヤと光る。
齢は、いくつくらいだろうか?すぐ手の届くくらいの年上?
それとももう四十?あるいは五十?
女の齢のことは、蛭田にはわからない。
いや、だれにもわからないのかもしれない。
透きとおるような白い頬に、謎めいた微笑を含みながら。
女は蛭田の声になど耳も貸さずにシェーカーを振り続ける。
上下に振られる銀色のシェーカーが、蛭田のまえ、
かしゃかしゃという音を子守唄のように響かせながら。
幻惑的な輝きを滲ませてくる。
あんたはいったい・・・誰?

「マッカラン 25年もの」
傍らの席に腰をおろした女が、落ち着き払った声でオーダーを告げる。
マダムが一瞬顔色を変えたのを、蛭田は気づかない。
席の主に、目線が釘づけになってしまったから。
釘づけになったのは、奈津子とてかわりはない。
「ロックで」
まるで追い打ちでもかけるように、カウンターごしに高飛車な声を投げると。
「火をくれる?」
わざわざ蛭田のまえを遮って、奈津子のほうへと高価な葉巻を差し伸べたのは。
ほかならぬ、鳥飼女史だった。
両手で握った奈津子のライターから火をもらうと。
「あなた、煙草吸わないのに。気の利いたものを持っているのね」
誰からもらったの?
そう、訊きたげに。
ふふふん・・・と含み笑う女史の頬を、奈津子は小娘みたいにどきどきしながら見つめている。
「間々田は煙草を、吸うんだっけ?」
人のわるい流し目に、ふたりは別々の思惑でぎょっとして。
「いえ!これは・・・べつのひとからもらったんです」
もっと怖ろしい真相を奈津子が口にするのをみて、
あー・・・!
蛭田は、目を覆いたくなってくる。
すかさずどすん!とわき腹を小突かれて。
「しっかりするのよ。盗られちゃうわよ」
女史の尖った声が、鼓膜をジンと刺激する。
「あの、わたし・・・今夜はこれで失礼します」
傍らのショルダーバックをつかんで、あわてたように立ち上がる奈津子。
「お、おい!待てよっ」
逃げるように店から飛び出した奈津子を、蛭田は夢中で追いかけていた。

「どうして逃げるんだよっ」
ふたりとも、肩で息をしている。
どこの路地裏だろう。
盛り場から遠く離れてしまったのは。
蛭田の声が場違いによく響くことで、察しがつく。
「だって・・・だって・・・」
奈津子は小娘みたいに、泣きじゃくっている。
「女史にかなうわけ、ないじゃないの」
「だから、泣くなって・・・」
内心おろおろしながらも、蛭田はとりつくろった叱声をゆるめない。
それが作った声であることくらい、奈津子にわからないはずはなかったが。
カッコウだけでも、いま自分がしゃんとしていないと。
なにもかも、どろどろに崩れてしまいそうだった。
「あっ!」
だしぬけに。
さっきまで俯いていた奈津子が、顔をあげている。
「お勘定・・・あなた払ってきた?」

そそくさと逃げ出した女と、あたふたとあとを追いかける男とが足音を遠のけてゆくと。
女史はおもむろにマダムを見あげていた。
マダムもカウンター越し、一見にこやかに女史に目線を送ってくる。
ばちり。
視線のからみ合う、音にならない音を聞くはめにならなかったのは。
若いふたりには幸運というべきだろう。
「あの子がどこで、このお店を知ったのだか」
火のついた葉巻をくわえようともせずに。
女史はさらりと、嘯いている。
「さー、お客様も多いですから。なんのことだか・・・」
盛り場には場違いな、薄っすらとした気品を滲ませて。
開き直ったようにしらばくれるマダムの頬には、研ぎ澄まされた妖しい艶が秘められている。
「おかげさまで、ここ。繁昌しておりますのよ」
蒼白く輝く瞳が、いっそう妖しい艶を帯びたとき。
ばちっ。
すべてが一瞬で、真っ暗闇に包まれた。

闇に浮ぶのは、透明なグラスにたゆたう琥珀色の酒。
奈津子の飲み残したものだった。
女史はそれを小手にかざして。
グラスをとおして、カウンター越しの相手に対峙している。
「こんな子供だましを、子供に飲ませちゃダメよ」
  また、蛭田に毒を盛ろうとしているのね?
火花の散った向こう側。
白い女は相変わらず薄っすらとした微笑にすべてをおし包み、
  さぁ、毒なのかなんなのか。
あざやかにむき出した富士額を、ついっと横に向けていた。

ばたん!
お店の古びたドアをあけたとき。
蛭田はぼう然となって、周りを眺めていた。
さっきまでの洒落たバアは、どこに行ったというのだろう?
すすけた壁には、もう何年も払い落とされていない埃がこびり付き、
テーブルも椅子も、あるいは傾き、あるいはひっくり返り、まるで嵐のあとみたいに雑然と散らかって。
まともに座れそうなのは。いま女史が腰かけているカウンターの並びくらい。
ダクトも、換気扇も。抜け殻のようになっていて。
蝶番が片方はずれた奥の棚には、まだ飲みさしの酒が居並んでいる。

あたりいちめんの、廃墟の風景に。
男も女も、夢から醒めたように、ぽかんとしていた。
まるで、毒気を抜かれたように。
「十六年前、閉店しているみたいよ。なかなかセンスのあるお店だったみたいだけど」
「どうして・・・」
奈津子が口を開きかけ、黙った。
女史が歩み寄ってきて、向かい合わせに見おろしてきたからだ。
「今夜、蛭田くんと過ごしたい?」
「え、ええ・・・」
ためらうことなく決然とした口調に、フッと苦笑いを浮かべながら。
「上司としては、聞き捨てならないけど。まぁ、いいでしょ」
スッと奈津子にすりつくと。
娘くらいの年恰好の両肩を引き寄せて、着飾った上体を抱きすくめてゆく。
え・・・?
とまどう奈津子のうなじに、鮮やかな朱を刷いた唇が、ねっとりと吸いついた。
ぅ・・・
陶酔したような横顔に。蛭田はぞくり、とした。
ひとしきり。恋人の若い肌に唇を這わせた女は、おもむろに顔をあげると。
「だいじょうぶ。美味しく吸えるわよ」
ヘンなもの、飲ませるな・・・と思って、ちょっと警戒したけど。
疲れた血液に、気持ちのいい香気を寄り添わせただけ。
あの女。いったいなにを、したかったのかしらね。
薄闇のなか。蒼白く浮かび上がる女史の頬を、蛭田は魅入られたように見つめている。
「あら」
虚を衝かれたように。女史はちいさく声をあげた。
目にもとまらぬ素早さで。
濃紺に装った足許に、蛭田がかがみ込んでいたからだ。
ちくり・・・と刺す、かすかな痛みに、女史はちらと翳をよぎらせて。
気を喪った奈津子を傍らの椅子にもたれさせると。
すうっと抜き取られてゆく血潮を、情愛をこめて送り出す。
ちくり。ちくり。
止まり木に腰かけた女史の脚を、蛭田はなおも、放さずに。
左右かわるがわる。太ももからふくらはぎ、足首までも。
舐めるように、唇を這わせていって。
女史のストッキングが見るかげもなくチリチリにすりむけてしまうまで、行為を繰り返していった。
「どうしたのよ」
女史はちょっと咎めるように、口を尖らせて。
裂かれたストッキングを、じぶんの足許からぴりぴりと引き剥いてしまうと。
  わたしにだって、吸血の心得くらいあるのよ。
  あなたといっしょにされちゃ、迷惑だけど。
ふふ・・・っ、と笑んだ口許を。
蛭田はやはり、魅入られたように見つめつづける。
「お嬢さんを、送るのよ」
今夜は、見逃してあげるから・・・と。
女史はそっけなく、いつもの命令口調に戻っている。

男が女を、お姫様抱っこして退場すると。
女史はもういちど、カウンターの向こう側、マダムのいたあたりにグラスをかざして。
  メリー・クリスマス♪ ・・・ちがうわね。(苦笑)
  でも、そちらはどうなのかしら?
人とは異なる時の住人に、エールを送る。
そうして、奈津子の飲みさしを、ひと思いにグッと飲み干すと。
わたしもあの子のまえ、飲んでみたかった。
人知れず、呟いていた。


あとがき
さいごのさいごに、女史の登場です。^^
ご愛読のかたならお察しのとおり。
バアのマダムの正体は、誰の記憶からも自らを消し去ったもと重役秘書の白鳥さんです。
かつて自らの血液にめぐる毒を蛭田に含ませて、酔い酔いにしてしまった彼女。
なにも知らない奈津子に今回含めたのは・・・どうやら媚薬の一種らしいですな。^^
女史の吸血シーン。まえにもいちど、描きました。
ご不審の向きもあるでしょうけど。
いったいどういうひとなのか・・・と。ナゾを深めてみました。(笑)
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