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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

楽屋裏の舞台監督

2007年01月05日(Fri) 19:56:43

試験が明日に迫っているというのに、俺はあてもなく街中をほっつき歩いていた。
大学四年というのは、行き止まりの、どんじりの境地。
とくに、俺のように今もって就職の決まっていないものにとっては。

一年先輩だったAは、来年もまた留年するつもりらしい。
さっきまで俺といっしょにいて、何か面白いあてがあるのか、スッとどこかへ消えていった。
似たり寄ったりの出来にしか見えなかった同輩連中も、さっきまでいっしょにいたのだが、
きょうは内定先の行事がある、とか言い出して。
いつの間にか、俺のまわりからは、だれもいなくなってしまった。
予備校、とはいえないまでも。
大学院受験専門の勉強室のようなものがあって、やはりあてどもなく出入りしていたのだが。
そこに行ってみることにした。
先刻Aたちと出て行ったばかりの俺をみて、講師の先生はおや、という顔をしたけれど。
もはやそれ以上の関心を示すこともなく、そそくさと自分の仕事に戻ってゆく。
どこにも行くあてのない自分。
窮すれば通ず、とはいうけれど・・・

勉強室は、とある雑居ビルのなかにあった。
雑居ビル、といっても、新築のビルで、どのフロアもぴかぴかに磨かれている。
古くさいうらぶれた感じは、どこにもなかった。
いつも通りすぎるその階に、どうして目がふれていなかったのか。
階段をぼんやりと降りてゆく俺の目に、そのフロアの奥まった扉が目についた。
映画館か劇場のようだった。
扉の奥から洩れてくる、作られた声色の幼稚さからすると、どうやら子供向けのお芝居らしい。
そのまま行き過ぎようとしたのだが、
どういうわけか足が床に吸いつけられたように動かなくなった。
受付の女性が、いやに親しみの込もった笑いを投げてくる。
決して若くはないそのひとの顔が、ひどく若やいでみえた。
「監督でしたら、いまならお時間あるようですよ」
まるで、顔見知りに声をかけるような気軽さだった。
どこかで会ったことがあるのだろうか?
あぁ、もっとも・・・
毎日ここを通っているじゃないか。

監督の控え室は、ロビーの脇の、階段からはちょうど死角になるあたりにあった。
狭い室内は散らかっていて、お芝居の衣裳だの小道具らしきものが散乱している。
人がほとんどいないのに、雑然とした室内には、さっきまで詰めていた出演者やスタッフ達の気配を残すように、妙な活気にはずんでいた。
「やぁ、いらっしゃい」
入ってきた俺と目が合うと、初老で痩せぎすな監督は親しみを込めて席をすすめてくれた。
席といっても、そのへんに斜めに放置されていたパイプイスに過ぎなかったけれど。
人に歓迎される。
そんなこと、絶えてないことだった。

「ここはもう、五十年もやっていましてね」
監督自身のことではないらしい。
彼の年齢自体、せいぜいそんなものだろう。
劇団がそれだけ、長命だということのようだ。
こういう世界の人に対して勝手に想像したイメージとはかけ離れて、ごくふつうの目だたない柄の背広を着、きちんと分けた髪形をしている。
しいていえば、黒のサングラスの奥に輝く瞳が、なにか得体の知れない輝きを放っているところだろうか。
それとても、穏やかすぎるほどの物腰にすこし失望し安心した俺自身が、彼のなかになにか特別なものを見出したくて、勝手に描いた幻想なのかもしれないが。
「ふしぎなものでしてね。どこにもそれなりのファンはいらっしゃるもので・・・食いっぱれはないのですよ」
そういいながらも、
何処と、何処と、何処。
監督は日本全国のあらゆる地方の地名をあげて、
その街でのお芝居の終演を語っていた。
サラマンダーという不思議な名前の正義の味方は、もうかれこれ半世紀近くまえに登場し、いまではほとんど誰からも忘れられた存在だった。
そんなお芝居をえんえんと、全国各地渡り歩いて興行しているらしい。
「あの女性は、(と、受付にいた女性のことをさして)それらの終演をすべて、取り仕切ったのです。終演というものは、諸刃の剣だ、っていいながらね」
それはそうだろう。
終演とは・・・もうその土地ではお芝居をやらない、という行為。
即、業務の縮小を意味する。
どうして終演せねばならなかったのか、監督はついに語ることはなかったのだが。

一部が終わったらしい。
狭い控え室にはふたたび、出演者やスタッフ達の熱気がもどってきた。
「やぁ、お疲れさん」
監督はそれぞれに気さくに声をかけ、部屋には入ってきたものたちもいちように会釈をしたが、
俺にはわざとのように関心を示さず、黙々と後片付けや第二部の用意に余念がないようす。
無関心、というよりも。これから俺がどういうかかわりをしてくるのかを、さりげなく窺っているようだった。
ふつうなら見知らぬ来訪者に抱きがちな、異物に対する警戒感とは違って、
ちらちらと投げられる視線には、不思議な親しみが込められていて、
そのことが俺をやけにリラックスさせていた。
しらずしらず、俺は監督に、自分のおかれた立場を語っていた。
すんなり就職する道は、ほほ100%閉ざされていること。
かといって、留年するつもりはまったくないこと。
あるとすれば、大学院への進学だが、そもそも学者や先生になるほどの覚悟は定まっていないこと。
そして、大して積んでいない勉強の成果を問われるのは、明日であること。
ひとつひとつに監督は頷きながら耳を傾け、えっ、きみみたいな有望そうな学生さんが?といわんばかりに、同情のまなざしをそそいでくる。
あたりはじゅうぶん、ありそうだった。
しばらく、世話になるわけにはいかないか。
つんのめるような臆病な声色で切り出したそんな申し出に、おいでなすった、といわんばかりに。
監督はにやりと口辺に笑いを浮かべ、拍子抜けするほどかんたんに、いいでしょう、と言った。

「では、うちの専任ということで。明日から来て下さい。そのまえに・・・」
監督はちょっと変な笑いを浮かべながら、
「貴方の身体に、埋め込まなくちゃならないものがあります。べつに健康に害があるものではないのですが、よろしいでしょうか?」
ここまで言って、いなやはなかった。
男はおおいかぶさるようにこちらにスッと近寄って、気がついたときには、首のつけ根のあたりに、なにか硬いものを圧しつけられていた。
皮膚が裂け、なにかがはじける感覚が走る。
うん。合格。
両肩を捕まえられていたので、どうにかその場で倒れることはなかった。
男の口許に光っているは、さっきまで俺の血だった赤い液体。
体温とともに去った理性が、俺の心のなかをがらんどうにしていた。
恋人がいますね?明日連れてきてください。若い女の血が必要なのです。
あの子たちも・・・そうやって長いこと、この劇団に籍を置いているのでね。
あごをしゃくった向こうには、若いのかかなりの齢なのか、さだかに見分けのつかない女たちが、色とりどりの衣裳に着飾っていた。
第二部が始まるらしい。
女性スタッフ達は、みないちように、こちらを振り返ろうともせずに、細い肩を並べて立ち去ってゆく。
色鮮やかなワンピースの下、肌色のストッキングに包まれた脚がばらばらな歩みを進めてゆくのが、ぼんやりとした視界に映った。
あのなかのひとりに、いかがです・・・?
悪くないですね、うわ言のように呟いている俺。
あなたとは仲良くなれそうだ。
監督はフフッと笑って。
ズボンの下を見通すように、俺の足許に目をやって。
長い靴下、履いていますね?わかるんですよ。
有無を言わさず、スラックスをたくし上げている。
もうすこし、やらせていただきますよ。靴下の上から噛んでもいいですね?
わたしの趣味なので。
スッと意識が遠くなるなか。
  終演は、もろ刃の剣なのよ。
どこかでそんな声が、きこえたような気がした。
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コメント

終演・・終焉?
昨日から、このお話を3度読み返しました。
舞台を演じながら仲間を増やしているヴァンパイアの劇団なのですね。
仲間を既定の数だけ集めたら<終演>なのでしょうか?
ぜひ、解説がわりのコメントを頂戴したく書かせていただきました。
いたらない読者を許してくださいませ。
by 祥子
URL
2007-01-06 土 08:51:16
編集
)祥子様
>至らない読者
いえいえそんな。めっそうもない。^^;
白状しますと。
じつはこれ、その日の明け方に見た夢を、ほとんどそのままあっぷしたのです。A^^;
とくに前半部分はほとんど変えていません。
夢のことですから、「俺」の設定が多少曖昧ではあったのですが。
身の置き所のない若者であったことは、確かです。
かんじんの
>終演
ですが。
監督がとうとう口を開かなかったので、さだかにはわかりかねます。
が、おそらくは。
当地でやりすぎて、トラブルになり、その土地を離れざるを得なくなったのでしょうか。
ひと晩して、お話でお返しできれば・・・と思ったのですが。
かなわぬ無力を、どうぞこちらこそお許しくださいませ。m(__)m
by 柏木
URL
2007-01-07 日 06:48:54
編集

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