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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

夢かうつつか ~遠来の客人 続編~

2007年01月16日(Tue) 06:44:09

また目の下に、くまを作ったね?
浮気がばれたとき。
夫はいつもそういって苦笑いを浮かべ、
由貴子さんは、くすぐったそうに微笑み返している。


こんどばかりは、ほんとうに。
眩暈がした。
海の向こうからわざわざ自分の血を吸いに来たという、ふたりの女吸血鬼。
夫や娘、息子たちまで交えて・・・とはいいながら。
その直前、彼女たちになりすましたべつの吸血鬼に襲われて。
甘美な夢をともにした、すぐあとのことだったから。
かりそめにも抱かれた、男の老吸血鬼。
あのときうなじに這わされた口づけの、熱っぽさに。
たぶんいつわりはなかったのだろうと、感じていた。

女どうしなのに・・・体を求められてしまいました。
いかにも申し訳なさそうに、傍らの夫に流し目を送りながら。
それでもいとも愉しげに、由貴子さんは遠くに目線を迷わせている。
密室のなか。
目覚めたときには、傍らのひとは、失血に惑っていた。
お目覚めね?
容赦のない女吸血鬼は、悪戯っぽく小首を傾げて。すり寄ってくる。
吸い取ったばかりのだれかの血をあやした唇を。
べったりと、這わされながら。
すぐにまた、夢のかなたへと堕ちてゆく。
目覚めたものが尽くされるころには、べつのだれかが意識を取り戻し、
そしてまた、夢に迷わされてゆく。
都内のホテルの一隅で、夢とうつつの境界をさまよった、三日三晩。
戯れかかってくる金髪と、褐色の肌と。
半ば困惑し、半ば悩乱し、ほとんど理性を迷わせながら。
魔性の痴態の渦に巻かれてゆく。
体のすみずみまで、血を漁り採られてしまったか。
そう思えるほどだったが。
実際に喪われた血は、いがいに多くはなかったらしい。
頭数なら、夫も入れてこちらは四人。血を吸うのはふたり。
むしろたんのうされたのは、性別をこえた念入りな愛撫のほうだったかもしれなかった。

ふたりを村に伴うと。
一瞬の恐慌がかけめぐり、そしてすぐに、うそのような静謐が訪れる。
今夜は、どこの家の娘や人妻を押し倒しているのだろうか。
女吸血鬼どもは、若くて色っぽい女から血をすするのが好みらしい。


独り歩く夜道には、ひんやりとした冷気が冴えわたり、
澄んだ月影だけが、くろぐろとつづく一本道をわずかに照らしている。
さっきまでベッドをともにしていたのは、黒衣の情夫。
じゅうたんのうえ、夫の目線もはばからず。
あらぬ痴態を、飽きるほど尽くしてしまっていた。
夫にしてからが。
村の女たちを狩りにゆく異国の吸血鬼どもから、
オードブルを漁りとられて、もぅとっくに正気をなくしていたのだが。
情事を済ませると、シャワーを浴びて。お着替えをして。
お色直しはばっちりと、すきもなく。
そうしていまは、家路をたどっている。
めずらしく、だんな様が朝帰りだわ。
心地よい疲労が、体の隅々に疼いていた。


闇のかなたに、いちだんと濃い闇を見出したのは。
都会の夜以来、神経が鋭くなっていたせいだろうか。
左右は、背のたかい草むら。
といっても、季節が季節だから、そよいでいるのは枯れ草ばかり。
からからと、乾いた葉ずれをたてている。
草むらのまん中を、どこまでもつづく一本道は、わずかに月明かりに浮かび上がっていて、
かろうじて夜道を急ぐものの道しるべとなっているのだが。
視界の果てとおぼしきあたり、なにかがたしかに、黒々とうずくまっている。
男女が夜道に夢をむさぼり合うのは、例の公園と決まっている。
乱倫・・・といっても。
むりむたいに、襲うわけではなく。
永いあいだのしきたりが、依然として村には厳存しているのだった。
まして吸血鬼の愛婦である由貴子さんに、危害をくわえようとするものなど、いるはずもない。

だれ?
由貴子さんは、いぶかしげに、小首をかしげ、
闇の奥を見通そうとしている。
慄っ、としたのは。
あいての正体を、ほぼ一瞬にして察してしまったからだった。
空港の屋上で、殺害を意図として彼女の血を吸った男。
しつような目線がじりじりと、清楚な立ち姿に注がれてくる。


逃げられない。決して、逃げられない。
油断のない身のこなしは、天性のものだろう。
由貴子さんは硬直したように立ちすくんでしまっていて。
その隙に、音もなく。
二十歩ほどもあったはずのふたりのへだたりは、あっという間に詰められていた。
手を伸ばせばすぐに、抱きすくめることのできるほどの間近さに。
ヘビに魅入られた、小動物のように。
由貴子さんはただ、怯えるばかり。

月明かりに浮かび上がる、冷えた手が。
すーっと。
一直線に、差し伸べられてくる。
つかんではいけない。つかまれてもいけない。
直感的に危機を覚っていたけれど。
由貴子さんの手は、それに応えるように、うつろに伸びていって。
ほっそりとした白い指を、とうとう冷えた掌につかまれてしまっている。

握られた手首に伝わってくるのは、厭わしいほどの情念を帯びた痛み。
痛いわ。
思わず、つぶやいていた。
いったんこめられた力が、手首からスッと引いてゆく。
女の手首の、思いのほかの頼りなさに、たじろぎを覚えたらしい。
こんどは、そうっ、と身を寄せてきて。
かすかな声で、耳元に囁きかけてきた。
息をしていない。
ゾクッとしたのは、つかの間のこと。
ふっ、と息をはずませて。
由貴子さんは邂逅した紳士にたいして、頬に薄っすらとほほ笑みかけている。
みずからだけは口許に、白い息を漂わせながら。

いい月夜ですわね。
なにごともなかったように。
念のこもった目線を受け流して。
由貴子さんはのどかな声で、澄んだ月をみあげている。
これ見よがしに。
白い首筋を月明かりにあてながら。
抱きすくめてくるかと思ったが。
熱いものを押し当てられたのは、手の甲だった。
男の手にゆだねられたままの華奢な手に、恭しい接吻が重ねられる。
すみませんでした。マダム。
男の発した声は、物柔らかだった。
だましつづけて、空港の屋上にいざなったときとおなじくらい。
けれどもあのときとちがう真情がこめられているのを、
由貴子さんは聞き逃さなかった。
わたしの邪悪な接吻を・・・貴女は決して、拒まなかった。
偽り吸い取った貴女の血に。
汚れた魂さえ、浄化されてしまったのですよ。
この世はむろん、あの世にすら居場所のなくなったものに。
いますこし、お情けをたれ給え。
男はそう囁くと、少年のように震える唇を、はじめて女のうなじに這わせていった。
ア・・・
厭わしげにひそめた眉は、ただ体面をとりつくろっただけ。
襲うほうも。襲われるほうも。暗黙の裡に、察しあっている。
ちゅ、ちゅー・・・・・・
夜の闇の中。
しつような吸血のひびきがひとすじ、いつまでもつづいてゆく。


だいじょうぶなのか?
シッ!
さいしょの声の主は、柏木だった。
それを制したのは、由貴子さんの情夫のほう。
過度の失血は、意識を宙に迷わせた柏木から、寒ささえも忘れさせている。
妻の体におおいかぶさる、しつような吸血の音に。
いつか夫までも、われを失ってしまっていた。

男の腕のなか、華奢な体が平衡を失いかける。
草の褥など・・・マダム。貴女には似合うまいが。
まるで壊れものを扱うような用心深さで、男は由貴子を傍らの草むらに横たえる。
お許しを。
主に拝礼するように、鄭重な声色だった。
かつての倣岸さは影をひそめ、いまは老いさらばえた震えが、怯えにさえ似た畏れをたたえている。
由貴子さんの下肢をおおうのは、真っ白なタイトミニ。
このような薄い服を。さぞや、寒かろうに。
男の声は、どこまでも思いやりに満ちている。
スカートのすそを、そうっとたくし上げてゆく。
草陰からドキドキとした目線が注がれていることには、まったく気づいていないようだった。
ストッキングに包まれた白い脛が、月明かりに滲み出た。
うふふ・・・うるわしい。
獲物を賞玩するように。
男は気を失いかけている由貴子さんの太ももを、ゆるゆると撫でまわしている。

圧しつけた唇の下。
透明なストッキングに、かすかなしわが波打つ。
薄い生地の向こう側で、うら若い血潮を秘めた柔肌が、ぴちぴちとはずんでいた。
お許しあれ。
男のつぶやきに、女はかすかに頷いている。
きゅうっ。
押し殺すような吸血の音が、ふたたびあがった。
あぁ・・・
陶然となった妙なる声に、男はくすぐったそうに笑んで、
薄い皮膚に突きたてた牙を、いっそう深く沈めてゆく。


ぜんぶ、差し上げなければならないのでしょうか?
抱きすくめた腕のなか、女はうっとりと囁きかけてくる。
皆さん、欲しがっていらっしゃるのですよ。由貴子の血を。
困ったわ。
そういいたげに、薄っすらと笑みかけてくる白い頬を。
男はむしょうにいとおしそうに撫でさする。
訴えるような目線に、獣じみた飢えが、癒されるように引いてゆく。
そもそも、飢えを満たして支えるべき魂そのものが、すでに失せていた。
魂魄すらない、幻影。
いまはただ、かつての劣情と怨念の残滓だけが、幻のように、男の影をかたどって、闇のなかをさ迷うばかり。
どうぞ、召し上がれ。由貴子は怖くありませんから。
夢見心地に囁きかけてくる声色は、空港で襲ったときそのままだったのだが。
そう、あのときも。
ただの体温ばかりではないぬくもりに、男はただ夢中にすがりつくように寄り添っていって。
一瞬、魂を女にあずけたものだった。
しっとりとした、いたわりに満ちた笑み。
奥ゆかしい・・・
日本の婦人というのは、かつてもいまも。こんなふうに男を癒すものなのか。
男は黒髪に覆われた小さな頭を抱きかかえ、
まるで娘をいとおしむように、ゆっくりと頬ずりを繰り返す。
「精をつければ・・・いますこしは耐えられような?」
震えを帯びた声色に。
えっちですね。
由貴子はくすり、と笑い返している。


ゆさ、ゆさ。ゆさ、ゆさ。
背の高い枯れ草の穂先が、不自然に揺れている。
あたりの微風にさからうように、草陰に秘めた熱情を伝えて、
がさがさと耳障りな音をたてていた。
時おり茂みのむこうから。
ぬるりとした艶をおびた太ももが、にょっきりとのぞいた。
のぞいては隠れ、隠れてはあらわになる。
そのたびに、まとわれていたストッキングはすこしずつずり落ちていて、
女の淑女ぶりを、あらわに見せつけるようだった。
はぁ、はぁ。せぃ、せぃ。
届くはずもない息遣いが、間近に響くような錯覚に。
柏木はいくたび昂ぶってしまったことか。
立ち上がりかけては、引き止められ。
引き止められては、かぶりを振って。
草陰のかなたをうろうろと窺っている。


出ていらして。
もう行ってしまわれましたわ。
澄んだ闇のなか。
落ち着き払った由貴子さんの声が、虚ろを帯びて響き渡った。
耐えかねたように、がさがさっと枯れ草を踏みしだく音が、白い華奢な立ち姿へと向かってゆく。
いつものように、軽く小首をかしげて。
由貴子さんはゆったりと、少女のような笑みをたたえている。
ごめんあそばせ。たっぷりと。注がれてしまいました。
薄っすらとした笑みの裡に。
もう永遠に訪れないであろうものへの悼みが秘められている。
よくがんばったね。
いいえ。
ねぎらう夫。いたわる妻。
どうやら危機はほんとうに、去ったらしい。
怨念を消した魂が、村を囲む木立ちの奥深く、さまようことがあったとしても。
もはや邪悪な危害とは遠くへだったった、透明な焔としてのみ、くゆらぎつづけることだろう。
失血に頬を心持ち蒼ざめさせてはいるものの。
由貴子さんは、いつもの挑発する妻にたち戻っている。
黒のストッキングのほうが、よろしかったかしら。ねぇ。
ひざ下まで破れ落ちた透明なストッキングをもてあそびながら。
じいっと注がれてくる上目遣いが、夫の頬に心地よかった。


あとがき
完全に魂を澄みとおらせるまでに。
いまいちどの逢瀬を重ねることが、必要だったようです。
冬の夜道の寒さをだれもが忘れるほどの、熱っぽい邂逅でした。
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