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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

行き着く先

2007年01月19日(Fri) 06:09:57

また、駄目だった・・・
苦い敗北感は、甘い安堵を伴っている。
見送る後姿は、両親に付き添われた十代の少女。
寄り添いあった三つの影は、なにも気づかず、なにも覚らないで、夜の街に消えてゆく。
「また、しくじったな」
嘲りを含んだ声は、相棒の吸血鬼。
すでにどこかで、獲物にありついたらしい。
それも、ひとりではなさそうだ。
口許にも、頬にも、着衣にも。
そこかしこに赤黒い翳を滲ませている。
道ゆく人はそれでもきっと、彼の正体に気がつかないのだろう。
「あいつらか?」
折から降りしきる雪の彼方に消えかかった三人の影をみとめ、相棒はあごをしゃくった。
「ああ」
うつろに応えを返しながら。
襲うなよ
無言のメッセージを発している。
「飢えてるくせに。情が移ったのか。お人よしもいいとこだな」
嘲りに、濃さが加わっただけのようだった。
相棒は手を突き出して、なにかをぎゅっと握らせてくる。
四角い物体の縁が、掌のなかで鋭角的な痛みをもたらす。
掌のなかを見ると、マッチ箱だった。
「そのうちくたばるぜ」
目深にかぶった帽子のなか。
嘲りと憐憫にみちたまなこが輝いている。
雪降りしきるなか凍え死んだ、あの少女の話を引き合いにしているつもりなのだろう。
マッチ箱には「めい くらぶ」と、書かれていた。
裏は、お店の地図になっている。
どうせ、いかがわしい店だろう。
「わかるよな?『く』の字をすこし、ずらすとだな」
小学生に教えるような、ことさらな口調。
「わかったよ」
彼は嘯いて、相棒を厭うように身を離した。
「そこの通りをまっすぐ行って、突き当りを右だ。狩りをする気がないのなら、さっさとしけこむんだな」
表向きの嘲りのなか。
奇妙なほどの同情と気遣いを、背中に感じていた。

店内は薄暗かった。
客はおおぜ、いるらしい。
ごみごみとした喧騒と、猥雑な空気。
彼のもっとも厭うものが、そこにあった。
はめられたかな。
一瞬、そう思ったが。
いらっしゃいませ。お一人様で?ご指名は?
すかさず出てきた若い男が、なれなれしいもみ手をしながら、矢継ぎ早に言葉を発すると、
おひとりさまー!奥のお席へ♪
うっとうしいほどあけっぴろげに、奥の店員に彼をひきついでしまった。

チーク・タイムらしい。
客は、白髪頭をした中高年の男がほとんどだった。
相手は皆、お店の女の子のようだった。
大半がスーツ姿の客たちは、服装とつりあわない、低い品性の持ち主らしい。
時おり必要以上に女の子に体をくっつけていって、
そのたびごとに、フロアのあちこちから下品な嬌声があがった。
男はもういちど、手にしたマッチ箱を見た。
「めい くらぶ」が、だんだん「めいく らぶ」に見えてくる。
来るんじゃなかった。
身の置き所のなさが、苦い思いをさらに増幅させる。

「踊らないのぉ?」
蓮っ葉な声が、不満そうにとがっている。
L字型にしつらえられた席には、いつのまにか、
若い女の子が、なれなれしくすり寄ってきている。
放っといてくれ。
そういわんばかりにして。
男はかぶりを振っていた。
女の子はじろじろと男を見つめると、
やがて頬をぷっとふくらませて、そそくさと席を立った。
不合格か。じゅうぶんけっこう。
あんな女の血など。口にするのも身のけがれだ。
内側からじりじりと体を灼く飢えにもかかわらず。
男はからになった隣席を、ほっとした面持ちでうかがっている。

いらっしゃい。
そよ風のような声は、煙草のけむのたった店内には不似合いなくらいだった。
蓮っ葉娘のあと隣席を占めた女は、すこし大人びた物腰で。
黒い瞳が生気を帯びた輝きを秘めている。
身なりも決して、下品ではない。
紫のスーツに、黒のストッキング。
ちりちりに巻いた髪型のけばけばしさをのぞけば、どことなしの気品すら漂っている。
そういえば店の女の子は、どれもこれも。みな決まりきったように。
髪型までが、けばけばしかった。
周囲のようすに、むりにあわせたものだろうか。
女は、ひくく落ち着いた声色をしている。
「踊らないんですか?」
ごくひかえめに、そうたずねてきた。
チーク・タイムは終了したらしい。
ゆるやかに流れる調べは、ブルースだろうか。
ステップを踏む心得のあるものは、さすがに少ないらしい。
フロアは間引かれたように、影を減じている。
それでも若いころそうした踊りが流行った世代の頭の白い男性が数組、
ベテランらしい女性を伴って、緩やかに影を前後させてゆく。
男はスッと手を伸ばし、女はそくざに応えて座を起った。

高くかかげたホールドは、ふたりのあいだに適度なへだたりを作っている。
女は男の意思の赴くまま、寄り添わせるように軽々と動きを合わせてゆく。
ほどほどの距離感が、女の居心地をよくしているのが。
わずかに触れる腕や掌から伝わってくる。
ああ、これでいい。
男はかえって、くつろぎを覚えた。
二曲、三曲。気がついたら、うごきの激しいジルバまで交えていた。

「ふぅ、くたびれた」
もとの席にもどって女が脚を投げ出したときには、
ふたりとも、少し汗をかいていた。
薄暗い店内のスポットライトが、女のうなじを妖しく照らし出している。
ァ・・・
にわかに襲ってきた衝動が、男の本性を目ざめさせた。
じぶんのほうから女のほうへと影を重ねていって、
白く浮き上がったうなじにかいなを伸ばし、陰のほうへと引き込んでいる。
牙をうずめた皮膚は、思いのほか肉厚で、しっかりとした歯ごたえがした。

ふたたび身を離したとき。
予期した驚愕の色はなかった。
女はすこし、顔を蒼ざめさせているのだろう。
まだ接しつづけているその身からは、やや生気が喪われていた。
どうぞ。
ひくく聞きとりにくい声が、男の鼓膜を刺して、
伸べられた足許に、おのずとかがみ込んでいた。
店内はくらく、周囲はもっといかがわしいことに身をゆだねる男女ばかりだった。
濃いめのナイロンの硬質な感触が、唇にあたった。
いいのよ。
ストッキングの向こう側にあるふくらはぎから、女の意思が伝わってくる。
かりり・・・
噛んでいた。
痛くはないのか?
いいえ・・・
伝えあい、応えあう、唇と素肌。
男の喉に、生き生きとしたものがはじけ散り、
酔い心地に似た暖かい潤いが、体のすみずみにまで沁み透ってゆく。

煙草くさくなかった?
女はちょっと恥じるように、破けたストッキングの足許を見た。
平気なのか?
ええ。
うつむき加減の胸元に、われ知らず手が伸びてゆく。
ジャケットの下にのぞくビスチェから、豊かな胸があふれそうになっている。
白い肌に透き通る、青白い静脈。
牙がふたたび、うずきはじめる。
・・・!?
さっきまで気がつかなかった。
ダイヤ型の、ヒスイのブローチ。
これは・・・?
ふたたび目が合った。
女の瞳には、深々とした色がたたえられている。
けばけばしいちりちりパーマに、厚化粧。
その奥深く、忘れかけていた初恋が、ありありとよみがえった。
あなたは・・・
しっ。
女はいっそう恥じるように、男に身を寄り添わせ、翳りかけた顔をかくしていた。
ぜんぶ・・・吸っちゃって。もう汚れた女だもの。
ちがう。そんなことはない。
かぶりを振っていたのは、男のほうだった。
「お持ち帰りで・・・いらっしゃいますか?」
入り口にいたなれなれしい男の店員が、男の顔をのぞき込む。
ああ。
男は応えて、店員にチップを握らせて。
ひと言、周囲に聞えないようにささやいた。
やつによろしく言ってくれ。
店員の顔は、相棒のふるいなじみだと、いまさらのように気がついていた。


あとがき
お店のなまえは、でまかせです。(笑)
いかにもありそうな名前でしょ?^^
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コメント

たったひとりの血に
ヴァンパイアが魅了されてしまうこともあるのでしょうか。
その血を飲めないなら塵となって消え去ってもいいとおもうくらいに恋慕う相手。
それならば、相手の女性も同時じエクスタシーを感じたのでしょうね。
「めい くらぶ」
そんな仲間のための最後のお店・・だと決めつけるのは早いのかもしれませんね。
by 祥子
URL
2007-01-20 土 08:02:03
編集
>祥子さま
がさがさと落ち着かない雰囲気のあの店は。
きっと、もっとべつなことのために存在するのでしょう。
「めい くらぶ」
とても、気になるお店です。^^

あの店に紛れ込んだ彼女は、泥中の蓮。
主人公を嘲ったあの相棒は、すべてを知り尽くしながら。
堕ちた初恋人と友人とに、思わぬ逢瀬を遂げさせています。
なかなかの策士なのかもしれないですね。
by 柏木
URL
2007-01-21 日 22:55:08
編集

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